昭和の電車 改訂版(60)ー高松琴平電鉄62号ー

今回の琴電62号も乙訓の長老様の「つれづれ草ー琴電編ー」に出ていました。
長老様が撮っていた62号と京浜電鉄から来た仲間の61号、63号をご覧下さい。

16 thoughts on “昭和の電車 改訂版(60)ー高松琴平電鉄62号ー

  1. 貫通式に改造された後の画像ですが、讃岐うどんツアーに出掛けた時にジャンボフェリーの深夜便を降りてから早朝にどこかの駅で撮影したものです。15年以上前の撮影です。

  2. 893-3さん、
    貴重な写真をありがとうございます。
    これで全世代の写真が揃いました。
    この写真を見ると関先生の仰るとおり平凡な顔ですが、私には二枚窓の顔よりも安心できる顔に見えます。

  3. 米手作市先輩
    昨年末、893-2さん、ブギウギさん、I上さんのDRFC-OB4人で琴電旧型4連撮影の帰り、羽田行き飛行機に乗るために高松空港まで、送っていただいた途中で、「さぬきこどもの国」に立ち寄った際、撮影した62号です。

    • デカンショまつり号さん
      出てくるものですね!
      色と文字位置、書体が復元されています。
      これからも写りの善し悪しには関わらず、ドンドン見せてください。
      関先生、大喜びでしょう。
      ありがとうございました。

  4. 米手様、
    我が後輩達への援護射撃です。
    1981年3月2日、瓦町駅4番線に停車中の62号です。
    ネットで調べてみますと、貫通化は1981年だそうで、2枚窓時代の末期の姿です。窓は嵌め殺し、ワイパーがつけられ、ナンバーの書体も異なっているようです。
    かなり昔にフィルムスキャンしたので、ちゃんと表示されるのか不安ですが・・・。

        • 四方先輩、援護射撃ありがとうございます。さすが四国通いは伊達じゃないですね。ゴーマル以外もきっちり押さえてられますね。同じような画像ですが’75~76年頃の写真が見つかりましたので出しておきます。構図もなにもありません、お許しを。

          • 「隠しもってないで、出せよ!」(笑)。御蔭で、パソコンが言うこときかない時の、対処法の訓練にはなりました。

          • 申訳ありません。昨年夏に画像を保存していたHDがクラッシュしてしまい大枚叩いて復旧したのですが画像がバラバラになってしまい探すのに時間が掛かってしまいます。

  5. 四方さん、お久しぶりです。
    みごとな援護射撃、ありがとうございます。
    原型と比べて変わっているような、いないような、微妙!
    二枚窓の内側にある縦棒はなんでしょうか?

    • 米手様、こちらこそ久々のコメントで失礼いたしました。
      お尋ねの縦棒ですが、乗務員室と客室の仕切りの柱が、太陽の光で反射しているように見えるのですが、いかがでしょうか。

      • なるほど、なるほど!
        市電にもありましたな。893-2さんの写真にも写っています。
        ご両人、土佐電にもコメントお願いします。

        • 今、改めて写真を見直してみましたら、向こう側の客用扉の開口部の柱のようです。向こう側の扉は開扉状態で、柱の中ほどに緩衝材のゴムがついているようです。訂正させていただきます。
          また、土電安芸線については廃線が小学校6年生のときのことで、コメントできず申し訳ありません。

        • 私は廃線時は小学校2年か3年生だったので朝日新聞の「世界の鉄道」でしか見たことがありません。

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