昭和の電車 改訂版(106)ー東急クハ3232号ー

解説を読んでから改めて画を見ると、台枠がゆがんでいるのが判ります。手描きのセイかと思ったのですがわざと歪めて描いてあるのですね!

これも前回投稿時にレスゼロでした。

5 thoughts on “昭和の電車 改訂版(106)ー東急クハ3232号ー

  1. 東急電車は、玉電を除きあまり関心がありません。しかし米手様の危惧されるよう、レス無しは気の毒ですので、再度棚の肥やし作戦を開始。発見したので、お目にかけまする。1枚目は、宮松金次郎氏の作品。昭和29年8月7日に、東急・池上線の雪が谷大塚~石川台で、クハ3232+デハ3205を撮影したもの。関先生の絵とほぼ同角度で捉えられています。ただ絵の方は、旧塗色で、標識灯も1個のみです。その後、新塗色となり、標識灯も増設され写真の姿になったようです。この電車は、昭和33年に付随車化され、車体も更新されました。ぱっと見には、あまりひどく歪んだりしていないようだが、車体裾や、雨樋などを観察すると確かに一直線にはなっていませんね。鉄道模型の組立では、よく水平・垂直をキチンと出さないといけない!、と注意されるが、こう云う実物を見ると安心しますね?!

  2. もう1枚は、亡くなった小生の友人、山本明弘氏の作品です。前掲の写真より少し後の撮影かと思います。場所も不明ですが、行先札より、池上線内で運用中の姿と判ります。こちらの反対側面は、それ程歪んでいないように見えたが、正面のヘッダーなどは、直線ではないですね。経済白書が、「もはや戦後ではない!」と宣言したのは、昭和31年。その後も2年間は、このままで走り続けたとは、東急も西武に並ぶ、相当な倹約家だったのでしょうか。

  3. 困った時の『宮崎繁幹様たのみ』
    今度はどこからも援護射撃はないものとあきらめておりました。
    型式ではなく一両だけの単独指名だったからです。しかも終戦直後の支線となれば、写真がある方が不思議です。本当にありがとうございました。たぶん関先生も驚かれていると思います。
    質問ですが、もしこの投稿がなければこれらの貴重な資料は日の目を見なかったのでしょうか?

  4. 米手さま 何かキッカケがないと、発表する機会は、なかなか無いものです。もちろん自分の関心が高い話題は、小生も記事を書いたり、本を出したりしている訳ですが。今回は、単独指名で難しいと考えられたかもしれぬが、限定されていて探し易かったとも言えます。ドコトカ電鉄の〇X系や、とおっしゃられても、ある程度の知識がないと、イメージが湧きませんから。米手監督による指名打者は重荷ですが、偶の代打くらいなら引き続き、御協力致しますので、デジ青の皆さまどうぞ宜しく。

  5. 宮崎繁幹様
    そう言ってくださると少し気が楽になります。
    準特急さんから「おまえは宮崎さんや河さんのような鉄道界の重鎮を気安く使いすぎる!」と叱られています。でも、埋もれた貴重な記録に少しでも光が当たるなら、それもよしではありませんか?
    無礼で厚かましいのは自覚しております(DRFC名物となっております)。それをお許しくださる諸賢のお慈悲にすがりつつ、これからも続けて参る所存です。よろしくお願い致します。

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