”etSETOra”と”SEA SPICA”

「GO TOトラベル!」の掛け声のもと、コロナのことを忘れたかのように観光キャンペーンが花盛りの昨今です。広島県では「せとうち広島デスティネーションキャンペーン」の一環として、JR西が観光列車”etSETOra”(エトセトラ)と高速クルーザー”SEA SPICA”(シースピカ)を目玉にして、それぞれの運行を開始しました。我が三原市の広報紙10月号の記事をご紹介します。

令和2年10月1日発行 「広報みはら 10月号」より

西は宮島口、東は尾道の間を陸路、海路で巡るというコンセプトです。

陸路と海路で巡る瀬戸内エリア

まずはJRの観光列車「エトセトラ」から。実は以前「せとうちマリンビュー」と呼んでいたキハ47 2両を改装して再登場させたものです。「マリンビュー」時代の姿をご紹介します。

令和元年5月1日 キハ47-7001+キハ47-7002 糸崎駅にて

「マリンビュー」時代は、広島向きの7001が指定席、三原向きの7002が自由席で、快速列車として自由席車には気軽に乗れました。指定席はガラガラ、自由席は混雑と言う光景もありました。ところが今回の改装で2両とも全席指定のグリーン車となり、キロ47-7001+キロ47-7002に改番されました。一方、運転区間も以前は広島・三原間を呉線経由で往復するダイヤでしたが、往路(上り)は広島発呉線経由尾道行きに、復路(下り)は尾道発山陽本線経由宮島口行きと変更され、セノハチを下るコースになりました。さすがに逆回りでは非力なキハ47にはセノハチは苦しいのでしょう。また運転日も従来の土・日・祝に加えて、平日の月・金が加わり、撮影チャンスは増えました。さて運転初日10月3日(土)に早速近場で出迎えることにしました。上りは呉線安芸幸崎での交換シーンを狙いました。

令和2年10月3日 呉線安芸幸崎駅にて 121Mと交換する「エトセトラ」

11:46 広行き121Mとほぼ同時に安芸幸崎駅に到着した「エトセトラ」は交換後すぐに発車するのかと思いきや、約6分間運転停車し、11:52に発車してゆきました。多分三原駅での本線乗入れのための時間調整なのでしょう。記念すべき運転初日の上り列車には読売旅行が募集した大阪出発の1泊2日のツアー客が乗っておられたようです。

キロ47-7002+キロ47-7001が安芸幸崎駅を出発。かつてC59,C62が牽く長大編成列車が走った時代そのままの長い構内で加速してゆく。

初日の尾道駅では歓迎行事が行われたようです。

令和2年10月4日 中国新聞朝刊

さて、午後の下りは本郷・河内間で待つことにしました。

同日 本郷・河内間にて  沼田川沿いを西へ向かう「エトセトラ」

キロ47-7001  改造直後のため下回りも非常にきれい。

下り列車は阪急交通社が募集した大阪発2泊3日のツアー客でした。

令和2年10月3日発行 ちゅーピー子ども新聞より

このような観光列車への乗車経験は殆ど無いのですが、呉線沿線でも海沿いを走る区間は極わずかで、ましてや本線で広島に戻る際にも特別に素晴らしい景観の区間があるわけでもありません。車内でどの程度の沿線案内がなされているかがわかりませんが、景色を楽しむというより、お酒やスイーツ、軽食を楽しませることに力を入れているのが最近の傾向のようです。

元はと言えば40歳代に入ったキハ47が2度の改造・改装を経てグリーン車に格上げされて活躍しているわけですが、何だか「厚化粧で若づくり、意味不明の源氏名をもらった年増芸者」のような印象があります。芸備線や福塩線のような非電化区間を走らせるならまだしも、電化区間というお座敷に、なぜ年増気動車を走らせ続けるのか不思議でなりません。

さてもう一方の目玉、高速クルーズ船「シースピカ」をご紹介しましょう。国鉄連絡船の流れを汲むJR系の航路は宮島航路だけでしたが、新たに広島港・三原港間にJR系の航路が開設され、新造船が就航しました。「エトセトラ」より半月ほど早い9月12日に営業航海が始まりました。就航初日の三原港での様子です。

令和2年9月12日 三原港にて

尾道市向島の造船所で新造された双胴船。広島港を8:15に出港し、途中寄港しながら13:15に三原港着。10分間で下船、乗船して13:25に三原港を出港、少し違う航路で広島港着18:00というダイヤです。9月中は団体客のみでしたが、10月からは一般客も乗船できます。片道6,000円。

三原港桟橋。乗船を待つ団体客。3密はどこ吹く風。定員一杯のように見えました。

就航初日の復路は、阪急交通社が募集した、大阪、岡山、博多発の日帰り団体ツアーでした。「乗り鉄」という鉄道に乗ることだけが目的の旅があるように、「乗り船」とでも言うのでしょうか、この船に乗ることだけが目的のツアーのようでした。約10分間の乗客入換えのあと、広島に向けて出港してゆきました。

三原港を出港した「シースピカ」。後ろは工場解体が進む帝人三原工場。

「GoToトラベル」も「GoToイート」もこれで潤うと喜ぶ人たちがいる一方で、恩恵を全く享受できないと嘆く人たちも多く、明暗が際立ってくるように思われます。「エトセトラ」が尾道まで延長されたことで、観光地としての尾道は「瑞風」停車の流れもあってホクホク顔ですが、三原は通過駅になってしまった感が否めません。

「エトセトラ」は復路の下り列車が休日ダイヤと平日ダイヤの2通りがあり、特に平日ダイヤでは、「エトセトラ」が本郷駅の中線に退避して、普通列車の337Mに追い抜かれるのではないかと予想しています。呉線を広島に向かう姿は撮れなくなりましたが、本線を行く姿を撮る楽しみが増えました。また尾道や宮島口が終点ですが、線路配置の関係で折り返し運転ができないようで、多分松永まで回送して退避の後尾道に戻って来るのではと想定しています。宮島口も同様です。まずは以上を第1報として、また続報したいと思っています。

「瑞風」の運転再開時期がはっきりしませんが、同じく年増の117系改造の「WEST EXPRESS銀河」が12月12日から山陽路を走る予定です。詳しいダイヤが判りませんが年末に向けて忙しくなりそうです。

 

 

 

 

 

 

4 thoughts on “”etSETOra”と”SEA SPICA”

  1. 私事ながら、7日から9日までGoToキャンペーンのお先棒を担いで山陰地方へ出かけます。それにしても列車本数が減ったことにあらためて驚きました。おかげで不本意ながら途中をレンタカーで凌ぐハメになりました。長門市より西は北海道並みです。

    • 米手作市様
      山陰線夜行のハネで正明市に向かわれるのですね。スハネ30かもしれませんね。どうぞお気をつけて。昨今は鉄道とバスで行ける先が限られてしまったと痛感します。

  2. 西村様
    デスティネーションキャンペーン中の広島、にぎわっているようですね。今日もJ西のお知らせには、芸備線で快速列車運転のニュースがありました。キハ40系も再改造されて、「エトセトラ」によみがったとのこと、117系「銀河」と言い、J西は再生が得意ですね。それだけ国鉄時代の車両は、頑丈に造られているのでしょうか。お書きのように、最近の観光列車は、車外の展望を楽しむためと言うより、食事したり、座席でくつろいだりと、車内の快適性を求めているようです。
    車外の展望と言えば、この4月、広島へ行く際に久しぶりに呉線に乗りました。蒸機時代、須波、安芸幸崎付近では、海しか見えない区間があって感動したことがあります。いま乗ると、列車のすぐ横に、けばけばしいリゾート施設や建屋があって、すっかり雰囲気が変わりました。観光列車が、展望重視から、食事重視に移ったのも分かる気がします。

  3. 続けて呉線の話題で失礼します。先ごろ「データで見るJR西日本」が同社のサイトにアップされて見ています。各線区の輸送量を見ると、呉線は広を境界に、輸送量に大きな差があることを改めて知りました。海田市~広の平均通過人員は約29000人ですが、広~三原は約2100人と十分の一以下で、他線区で言うと、氷見線、城端線、境線ぐらいの輸送量です。実際、乗ってみると、その格差ははっきり感じます。観光列車が呉線東部の起爆剤になってくれるよう願うばかりです。

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