都電7000形、8000形

7051 47-8-19
7051と7052の行違い/(47-8-19) 竪川通~大島三丁目

関 三平氏の「昭和の電車」は、地下鉄が3回続いた後、路面電車シリーズになったようである。
次の加越能鉄道デ7050形、鹿児島市電500形に繋がる都電7000形、8000形の解説を試みた。

7000形
昭和28年から31年にかけて93両新製され、年度によりスタイルが多少異なる。
スタイルは正面2枚窓、前中扉と従来の車両とは大きく異なり、中扉の下半分のガラスが近代的感覚を感じさせた。
全車庫に分散配置され、8系統(中目黒~築地)を除く全系統で使用されたため都内各地で見ることができた。
現在も新製車体に載せ替えられた19両が荒川線で活躍している。

土佐電鉄600形、鹿児島市電500形は7000形をモデルに作られた。

7001~7030
28年度車で7001~7020が新製車、7021~7030が1000形、1100形から電装品、台車を流用した改造車であった。
7020は間接自動制御、直角カルダン駆動の試作高性能車であったが、余り使用されず銀座線廃止時に廃車された。それ以外の車両は直接制御であった。
正面2枚窓の中央の桟が目障りのため一部の車両は3窓に改造された。

7001/(47-8-19) 竪川通~大島三丁目
29系統は、葛西橋から亀戸駅前、錦糸堀、両国を経由して須田町間の運行であった。
7001 47-8-19

7002/(42-3-26) /大塚三丁目
17系統は、池袋駅前から、護国寺前、神保町、八重洲口を経由して数寄屋橋間の運行であった。
7002 42-3-26

7007/(47-8-19) 竪川通~大島三丁目
正面窓の中桟が目障りのため3枚窓に改造後。改造は全車には及ばなかった。
38系統は、錦糸堀車庫から境川、門前仲町を経由して日本橋間の運行であった。
7007 47-8-19

7029/(41-3-21) 目黒駅前
1000形1020の電装品、台車を流用した改造車。
5系統は目黒駅前から赤羽橋、芝公園、日比谷公園を経由して永代橋間の運行であった。
7029-2

7031~7050
29年度車で制御方式が間接非自動制御となり、正面窓が少し小さくなった。
45年7032~7034、7036~7042の10両が函館市交通局に譲渡された。

7037/ (42-4-16) 早稲田
39系統は早稲田から本郷三丁目、上野広小路を経由して厩橋間の運行であった。
この車両は函館市電1008となった。
7037 42-3-26

7051~7073
30年度車で正面のスタイルが変化した。
荒川車庫に配置されていた7055~7073は車体を載せ替え、7001~7019に改番の上、引き続き荒川線で使用されているが、8800形の新製等により7004、7006、7008、7009、7011、7012、7014、7015、7017が廃車になった。

7051/ (45-9-24) 上野公園~上野動物園前
20系統は江戸川橋から護国寺前、道灌山下、上野公園を経由して須田町間の運行であった。
7051 45-9-1

7059/(43-4-7) 浅草
24系統は福神橋から押上、浅草、上野駅を経由して須田町間の運行であった。
251-27.ToukyoToden7059yanagishima.68.4.7Asakusa

7068/ (52-2-12) 荒川車庫前
車体載せ替え後7010に改番され、現在も健在である。
7068 52-2-12

車体載せ替え、7010に改番後/ (25-12-6) 荒川車庫前
7010 25-12-6

7074~7093
31年度車で車体は30年度車と変わらない。
7074~7078、7081~7084、7086、7087、7089は車体を載せ替え、7020~7031に改番の上、引き続き荒川線で使用されているが、7020、7021、7023、7027、7028が廃車になった。

7075/ (52-2-12) 荒川車庫前
車体載せ替え後7021に改番されたが平成11年4月廃車になり、豊橋鉄道に譲渡され、モ3504となり現在も健在である。
7075 52-2-12

【参考】函館市電1000形
昭和45年に単車300形の代替車として購入した。
当初は都電時代のままで使用されていたが、翌年10月ワンマン化改造され、その時に正面窓を改造した。

1004/ (50-4-30) 函館駅前
元都電7036。正面窓が大きく変化した。
1004 50-4-30函館

1007/ (50-4-30) 函館駅前
元都電7034
1007 50-4-30函館

8000形
都電の将来性を考慮して、耐用年数を12年程度に抑え、工作の簡易化を図り軽量、安価な車両を新製することになり、昭和31年度と32年度に131両新製された。制御方式は間接非自動制御であった。
7000形同様全車庫に分散配置され、8系統(中目黒~築地)を除く全系統で使用されたため都内各地で見ることができた。

富山地鉄デ7000形は8000形をモデルに作られた。

8001~8031
31年度車で7000形に比べて簡素化された車体はいかにも安っぽく感じさせられた。

8010/(47-8-19) 竪川通~大島三丁目
8010 47-8-19

8026/ (45-9-24) 上野公園~上野動物園前
8026 45-9-14

 

8029/ (42-3-26) 品川駅前
7系統は品川駅前から天現寺橋、西麻布を経由して四谷三丁目間の運行であった。
8029 42-3-26

8032~8131
32年度車で一挙に100両新製された。
系統板が行燈式になった。

8071/ (45-9-24) 上野公園~上野動物園前
8071 45-9-14

8083/(47-8-19) 大島三丁目~大島一丁目
8083 47-8-19

8090/(42-3-26) 大塚三丁目
私事であるが、昭和62年5月から平成21年5月まで23年間、勤務場所がこの場所から徒歩5分の護国寺前であった。
よもや生活拠点が東京に移ること、しかも勤務場所がこの近くになること等夢にも思わなかった。

護国寺前の老舗和菓子屋の女将さんとは顏なじみで、近々付近で撮影した写真を持参して定年退職(畑違いの業種にパートで再就職)の挨拶を兼ねて訪れたいと思っている。
8090 42-3-35

8100/(44-9-23)東京駅丸ノ内北口
31系統は三ノ輪橋から合羽橋、浅草橋、東京駅丸ノ内口を経由して都庁前間の運行であった。起点ま三ノ輪橋では荒川線とは生まれが異なるため線路は繋がっていなかった。
44-9-13 8100

1 thought on “都電7000形、8000形

  1. 私は大塚車庫に多く配置されていた3枚窓に改造された若番が好きでした。当時運転手さんに聞いた話では、二枚窓は夏場に窓を開けるとおなかに直接風が当たり冷えて困ったそうです。若番は左右の窓を開けて乗客に風を提供しつつおなかへの影響が少なかったようです。

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