昭和の電車 改訂版(183)ー近鉄“幻の「しまかぜ」ー

前回に続いてこれも“夢の特急”

12 thoughts on “昭和の電車 改訂版(183)ー近鉄“幻の「しまかぜ」ー

    • 米手作市さま 
       またも押入れの中から出てきた珍しい写真。片側の二輌を外し、中間のビスタカーが先頭になって営業についてるところ。良く出会うことができ写真まで撮れましたね。御幼少のころから良き行いをされてたのが偲ばれます。ビスタカー連接車は付随車なのでこの編成で大阪伊勢間の山越えは大変だったでしょう。検査で二輌が外れていたのなら、ビスタカーが検査のときは前後二輌づつの4輌で営業についてたことがあるのでしょうか。この写真は押入れにありませんか。一度見てみたい10000型の4輌編成です。

      • 大阪通信員さん、
        前にも申し上げましたが、『押し入れ』ではなく『泉屋のクッキー』の箱です!
        言われましたので『泉屋のクッキー』だけではなく『かわみちやの蕎麦ぼうる』の箱まで探しましたがありませんでした。

      • 珍しいかどうかは分かりませんが、教えて頂きたいことが見つかりました。
        1407の写真ですが、車番の下に白線が引いてあります。何の意味でしょうか?教えて下さい。
        因みに「土井の柴漬け」の樽から見つけました。

  1. 関さんがご覧になられたのは、昭和27年2月号のTMSで、その中のプロトタイプ特集に掲載されていました。私が生まれた年でしたので、もちろん原本は知りませんが、”プロトタイプガイド”は8年間連載されていて、それらを集めて昭和35年に「鉄道車両401集」として出版されました。私が持っているのは昭和42年ころに購入した第三版で、結構人気の本だったようです。4両編成で昭和27年から30年ごろ近畿車両で製造予定と、かなり具体的な内容になっていましたが、実現しませんでした。図面もついていて確かに「しまかぜ」に似ています。しまかぜの設計の際に参考にされたと言っても良いようなデザインで驚きました。

    • 大津の86様

      「鉄道車両401集」からの図面のご紹介、ありがとうございます。意外なのは、車体長が17mだということ。2200系はじめ20m車がガンガン走っている大阪線で、かつビスタ1世、2世のような連接車でもないのに17mというのは、当時は、前面が天井までガラス張りによる強度上の制約があったのかもしれません。ヘッドライトが窓下に1灯のみというのは時代を感じますね。あと、関先生の画ではビスタ以降から先日引退した12200系まで続いた近鉄特急色のようですが、もし実現していれば、この当時はまだ2200系、6301系などの塗装で、オレンジ色の部分はレモンイエローだったのかもしれません。

      話がそれますが、「鉄道車両401集」には確か奈良電デハボ1200型も載っており、その解説に「スタイルはまさにデザコン(デザインコンクール)から抜け出したような車で、すでにどこかのモデルラインでデビューしているような・・・」との記述があったように覚えています。現実に、その登場直前のコンクール入選作品で、そっくりの車の図面があったようです。

      • 「鉄道車両401集」に出てくる車両で、新車登場!と書かれているもののほとんどが、60年以上たってすでに廃車になっています。これを機会にまた、パラパラと眺めましたが、面白いですね。

  2. TMSの図案集はコレクションで持っています。
    この時代の近鉄の国鉄を凌駕した発想は面白く、私はこれも、脳裏に浮かびました。実物を一度見たかったものです。

    • KH生さま
       懐かしい近鉄バスです。高校三年生だった1960年に登場し、梅田と奈良や上本町と枚岡の路線バスに就役してました。近鉄上本町駅前で良く見かけました。二年前に近鉄が初代ビスタカー10000型を登場させたので、当時近鉄直営だったバス部門も近畿車輌に頼んでで二階建てバスを試作したのでしょう。規制に縛られず夢が実現できる楽しい時代でしたね。トレーラーバスやトロリーバスとともに昔の大阪のバスが思い出されました。

      • 頭にカールを巻いて赤ちゃんをねんねこで背負った大阪のおばちゃんに見えました。

  3. この近鉄特急のデザイン、ルーツはここにあるように思えます。
    Milwaukee Road の Skytop Lounge です。

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