昭和の電車 改訂版(203)ー名鉄モ5200型ー

前回では反応がなかったので自前の写真を添付致します。ただし、5500系です。

6 thoughts on “昭和の電車 改訂版(203)ー名鉄モ5200型ー

  1. 最末期の昭和61年に撮りましたが場所は失念しました。この5200と5000は機器を5300に譲って平成を待たず廃車となりました。その5300&5700も最近廃車となり、戦前からの名鉄らしさともいえる無料の優等列車用ツードア転換クロス車の系譜は消滅してしまいました。

  2. 米手作市様
    ブギウギさんの走行カラー写真に対して私のは平凡な白黒駅撮りです。5200系は卵形の5000系に続いて1957(昭和32)年2連で登場し、のちに中間にモ5150を入れて4連化されたそうで若干編成美が崩れています。5200系の正面はやはり男前で国鉄の153系に影響を与えたとも言われていますが、個人的には京王5000系も真似たのではないかと思っています。
    1978.5.6金山橋 急行美合行き5203・5153・5154・5204

    • 準特急さん、ブギウギさん
      きれいな車両ですね。昭和三十年代初頭に作った車両とは思えないスマートさに感心します。私の撮った写真は中学の修学旅行時に東京へ向かうスハ32の窓から撮ったものです。
      2003年にDRFCの研修旅行で撮った写真を貼ります。

      • 新岐阜駅での洗車風景ですね。私も見たことがあります。新岐阜から名古屋の短大に1966年頃通学していた妻に聞くと、その頃も棒付きタワシで電車の前を洗ってたと言ってました。どうして名鉄は駅で洗うんでしょうか。線路にマットを敷いてあるから常設で規則になっているのだと思います。名鉄沿線に特にイナゴが多いという訳でもないでしょう。反対側は豊橋駅ででも洗うんですか。

        • 撮った時は「ジャマやな~!」と思っていましたが、そう言われると貴重な一コマに思えてきました。投稿してよかったです。

  3. 準特急様の写真は一段下降窓時代ですね。後年ユニットサッシに改造されたのはキロ28など国鉄急行型グリーン車のように鋼製車の一段下降窓は腐食対策に難があったものと推察しています。米手様の5500系のリバイバル塗装は撮りたかったのですが、行けずじまいでした。
    さて、当方の記述に足らずがあるので補足します。機器を5300に譲った鋼体の一部は、国鉄101系の機器を取り付けて冷房化、豊橋鉄道1900として再生し、昇圧の平成9年まで活躍しました。写真は豊橋付近です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください