2012年 秋のみちのく一人旅  Part8 C6120との対面

第8・9日目 10月16・17日

10月16日 ウェスパ椿山11:12(快速 リゾートしらかみ)→12:16東能代
東能代13:59→17:02酒田17:22→20:17新発田20:27→21:03新潟

10月17日 新潟8:23(快速あがの)→8:37新津9:10→10:05長岡10:20→11:47
直江津12:08→14:08富山14:13→15:28金沢15:30→17:00福井17:46→18:39
敦賀18:49(新快速)→20:42京都20:46→20:57長岡京

▲ 東能代駅で予期せぬ出会いがありました。10月20日、21日と秋田~東能代を走行するイベント列車「あきた路」の試運転が行われていました。聞けば、機関士、助手とも初めての路線を走る場合は、5日間の試験走行が義務付けられているそうです。

昨夜は、久しぶりにゆっくりとできましたので熟睡でした。夜明けとともに起き上がり、昨日は入れなかった浜辺の露天風呂で日本海を見ながらの長湯をしました。
今日は、10:55にホテルを出る送迎バスに乗って駅へと向かいますので、十分に時間があります。朝食もゆっくりと食べて、出発時間までまた露天風呂に入りました。
▲ 駅前広場には、かつて五能線を走った78653号機が展示されていました。
観光客が記念写真を撮るには周りの景色とも合って綺麗ですが、風雪の強い場所です。長く保存することを考えれば、シェードに入れてあげて欲しいなと思いました。
▲ 時刻表をご覧のように、定期列車は5往復しかありません。これでは、日常の地域住民の足とはなりえないですね。

シーズンですので、この駅には駅員さんがおられましたが、切符の販売はしないようです。指定席券は車内で購入しましたが、座席番号は記入されていません。空いているので自由に座ってくださいとの事。勿論、鉄ちゃんの希望席は運転席後です。

▲ 今日から2日間は乗り鉄旅に徹しようと思っておりましたが、12:16、東能代駅に入線間際に待機線を見ると、青い12系客車6両編成が止まっています。ホーム端には数名の鉄ちゃんと警備員が立っています。ひょっとしてと思い機関区方向を見ると、大きな黒い塊が煙を吐いているのが見えました。ハドソン、C6120号機です。

秋田まで乗車予定でしたが、汽車の煙を見て血が騒がない鉄ちゃんはいません。後はどうにでもなると、降りてホーム端まで走りました。

C6120号機は、転車台手前に止まっていました。既に転車台での機回しは終ったようです。これからどうなるのかと、警備員が持っておられた駅での運行予定表を見せてもらうと、動き出すのは、1時間後の13:20からです。十分に時間があります。駅を出て、転車台へと向かいました。
▲ 久しぶりに見る勇士は、磨かれ黒く輝いていました。終焉は1973年の宮崎機関区でしたが、長くはみちのくの地で、特急「はつかり」や「はくつる」を牽引して花形として活躍しました。
動態復元なったのは昨年であり、 JR東日本管内のイベントで活躍しております。
今回は、奥羽本線秋田駅等の7駅が開業110周年を迎えていますので節目として、また「プレ秋田デスティネーションキャンペーン」の記念イベントとして運行されることになりました。
C6120号機は、みちのくを去った1971年以来、41年ぶりの復帰運転です。警備員の方からは、切符は発売5秒で売り切れとなったと聞かされました。人気の高さが分かります。

C6120号機近くで止まっている消防車は、蒸気機関車の給水用です。2台が用意されていました。転車台は残っていましたが、蒸気機関車用の給水設備は撤去されてしまっています。SLを動かすには、こんな準備も必要なのですね。ご苦労様です。 

ここで、帰宅は延期してこのまま撮り鉄に転じようかと迷いました。20、21日の本運転の撮影は、殺到する鉄ちゃんや沿線住民に揉まれるのがイヤでパスしましたが、目の前にC6120号機を見ますと、試運転でも撮ってみたくなります。しかしネックとなったのは、既に発券使用を開始している秋の乗り放題パスで、変更や延長ができません。今日の深浦からの使用にすれば良かったかと悔やんでも仕方ありません。また撮る機会もあるだろう、ここで見られただけでもラッキーだったと諦めることにしました。
五能線、津軽鉄道、弘南鉄道については、下調べもしていましたが、C6120号機が走るのは土崎駅で初めて知りました。総体的な下調べ不足でした。

警備員のお話では、18日も招待客を乗せてプレイベントで走るそうです。C6120号機専属の機関士と助手も上記しましたように未運転区間ですので、5日間の試運転走行と安全のために当地の熟練した機関士が3名同乗されるいるとお聞きしました。

▲ 時刻表を見ますと、13:59当駅発の列車に乗ると、当初の予定通りの行程で新潟に着ける事が分かりました。客車を牽引して1番線ホームへと入換する直前までは撮れますので、今回はこれで我慢しました。

東能代から乗車した電車には、警備員が同乗してC61が走行する沿線の直前安全チェックをしていました。また各踏切では、警備員2名が配置され、安全警備にあたられていました。総数は、数100名がおられたのでは・・・。多分、各地区からの応援ももらっているのでしょうね。SL運行は、お召し列車並みの警備体制です。
ヘッドマークを付けない試運転列車ですが、線路際には三脚をセットした鉄ちゃん多数を見かけました。こんなのを見ると、やっぱり、撮りたかったなあと2度目の後悔です。

▲ 1969年(昭和44年)8月に撮影しました奥羽本線で活躍するC61型機の勇姿です。
勾配区間は、難所の矢立峠で翌年迂回する新線が開通するまでは秋田側、青森側からも25‰の登り勾配が続き、D51の補機を付けていました。8両ものC61型機が旅客輸送に活躍していました。
左は、移動する際に停車した長峰駅でのカットです。

16:48、秋田から羽越線に入線した546Mは、少し遅れて山形県へ入り日本海沿いを走ります。買い込んだビールとお酒をたらふく飲みながら、つまみは車窓から見る絶景の日本海です。女鹿~吹浦では雲一つない空の下、夕陽が沈んで行きました。もう1日遅くの復路にしていたら良かったなあと、3度目の後悔をしました。

16日は新潟のSホテルに宿泊して、翌17日は、9本の列車を乗り継いでの帰宅となりました。乗継時には、駅売店や駅近くのスーパーで、京都では味あえない地元の食材を買い求めては、ビールを飲みながらの乗り鉄旅を堪能しました。

21時過ぎに自宅に帰ると、「まあ、今回はえらく早くに帰ったのね。」と、感心のお迎えです。そう言えば、帰る日を連絡していませんでした。今年は1年の1/3以上は、自宅にはいませんでした。存在感が薄れてきているようです。これから年末まで、中国、タイ、再び中国へと鉄ちゃん旅に出かける予定をしています。その内、私の籍を抜かれそうですが、不在の間、家を守ってくれるカミさんに感謝、感謝です。

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