2014年 遥かなる東欧の旅 Part31 バルカン諸国一人旅 フェリーに乗ってカドゥキョイへ

02_102_2▲ 13:01 ガラタ橋の袂から出るフェリーで、ご一緒になったとっても可愛いお嬢さん。
カモメにパンくずを投げながら、一緒にしませんかと声をかけてくださいました。今からカドゥキョイに住まれる友達の家に遊びに行かれるとかで、英語の会話勉強をしたいと乗船中は指さしながらイスタンプールを案内してくださいました。わずかな間でしたが、楽しい時をいただきましてありがとうございました。

第15日目 3月1日 その1
① スルタンアフメット12:43(トラム)→12:52エミノニュ
② エミノニュ13:00(フェリー)→13:20カドゥキョイ

0708▲ 8:00 ホテル7階にあるレストランでバイキング朝食です。小さなホテルですが品数はまずまずです。野菜はキュウリぐらいしかありませんが、バルカン諸国でも新鮮野菜は出たことがありませんので、食べる習慣がないのでしょうね。たっぷり、ゆっくりといただきました。

今日で旅も15日目を迎えました。まだゆっくりと休んだ日はありませんので身体が悲鳴を上げてきています。昨夜からの雨もまだ降っているので止むまでゆっくりとすることにしました。
12:35 食後は部屋で写真の整理や洗濯です。少し朝寝をしてから外を見ますと雨が上がったようです。出かける事にしました。

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▲ ホテル最寄り駅のスルタンアフメット電停です。トラムの電停ですので、ホーム幅はそんなにありませんがご覧のように自動改札機が設置されています。

15_3▲ 8:52 トラムに乗ってエミノニュ電停を降りると目の前がフェリー乗り場です。目的地別に待合室が分かれていますので、カドゥキョイ行きを改札口前の係員に確認してからの乗船でした。今日は、イスタンプールのアジア側を訪れます。

15_1 16▲ 13:00 エヴリヤ・チェレビー埠頭を出港しました。
バックに見えるドームは1663年に完成したイエニ・ジャーミィ(モスク)です。

船内中央の売店。わずかな運航時間ですが、スナック類や飲み物が充実しています。
05▲ 13:05 後ろに見える橋は、旧市街と新市街を結ぶ大動脈のガラタ橋。長さ490m、幅42mで中央部以外は上層が道路、下層がレストラン街になっています。1845年に初代が完成、今の橋は1994年12月に完成した5代目だそうです。

06▲ 新市街沖を行きます。丘に建つ塔は昨夜訪れましたガラタ塔です。

04▲ 13:07 紀元前7世紀に最初の都市ができて以来、最大級の国際都市として繁栄したイスタンプールには両側に城壁が残ります。

20▲ 13:15 見えてきたのは、アジア側の鉄道駅、ハイダルパシャ駅です。
初代の駅は1872年に建てられましたが、輸送量増により手狭となりました。第3帝国戦略計画の元、2人のドイツ人建築家によりネオ・ルネッサンスドイツ様式で建築されたのが現在の駅です。1908年8月19日に営業を開始し、1909年11月4日に公式に落成式が行われたそうです。
これを見ていますと、駅は偉大な存在だと改めて思わざるを得ません。

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22▲ 12:20 シルクロードの最終地、イスタンプールのアジア側のカドゥキョイに到着しました。多くの乗客が下船していきます。案内していただいたお嬢さんとはここでお別れです。

24▲ 最初に目にした屋台はお花屋さん。贈り物や自宅に持って帰るのでしょうかね。

2526▲ 広場にはドルムシュ(dolmuş)と呼ばれる乗合ミニバスが客待ちをしています。
撮っていましたら運転手さんから俺を入れて撮ってくれとオーダーがありました。

昨年夏はインドネシアでも一人で乗りましたが、どこでも乗せて、どこでも降ろしてくれますので結構便利なんですよね。今回は近場なので乗れませんでしたが次回は乗ってみたいものです。

ハイダルパシャ駅へと歩くことにしました。  Part32へ続く

4 thoughts on “2014年 遥かなる東欧の旅 Part31 バルカン諸国一人旅 フェリーに乗ってカドゥキョイへ

  1. 15年ぐらい前にイスタンブールに駐在した趣友からイスタンブールの都市交通事情を詳細に話してもらった事がありますが、あまりの様変わりに驚いています。プラットホームの削り取りによるノンステップトラム導入には敬意を表したいですね。日本では福井鉄道、越前鉄道の直通運転が取り沙汰されています。これに応用すると良いですね。更に金沢です。市内交通が元城下町ですから輻輳しています。路下電車建設の上、郊外2線を引き込めばどうでしょうか。静岡、豊橋、熊本その他、イスタンブールのように思いっ切った事が日本でも出来るのでしょうか。

    • 乙訓の老人様、コメントをいただきまして、ありがとうございます。
      私もイスタンプールの英断には驚きました。写真でもお気づきの通り狭い併用軌道です。トラムがなく自動車ばかりだとすぐに渋滞して動かなくなります。トラムを復活させて本当に良かったと思います。これができるのだったら事情のよく似ている京都でもやれば良いのにと思いました。
      これをするには、交通機関の見直しという市民大多数の要望と市当局の強い決断と姿勢が必要です。トラムが走りやすく、市民が利用しやすくすれば方向性が出てくると思います。ザグレブ等、市内に車は殆ど走っていません。市内移動にはトラム利用が安くて早くてはるかに便利だからマイカーは利用しません。低床車にして老人や障碍者が乗りやすく、サイクルトレインを走らせて、深夜も走ると言った具合に移動する側の希望に沿って実行して行けばと思います。
      福井は楽しみですね。ただ直通運転が始まっても低床車は3両増備程度ですから直ぐには理想的な形にはなりません。全車入れ替えてしまうぐらいでないと効果はでないと思われます。定着するまで時間がかかりそうですね。富山ライトレールも自転車がいつでも詰めるようになってもらいたいです。折角の低床車ですからもっと使いやすくしてもらいたいです。日本のどこでもやればできる所はたくさんあります。

  2. イスタンブール、3年前に妻と観光ツアーで訪れました。懐かしいですね。当時は、アンカラからイスタンブールまで夜行寝台利用というツアーがあり、鉄として飛びついて申し込みました。最近の旅行会社のパンフレットを見ますと夜行列車を使うツアーが見当たりません。いずれ、ぶんしゅう様からレポートがあるかもしれませんが、こういった夜行列車は現在もあるのでしょうか。夜のアンカラのホームで機関車の撮影をしておりましたら、大学鉄研同期の仲間とバッタリ。食堂車で夜遅くまで酒を酌み交わした思い出があります。

  3. クモハ73106東ウラ様、コメントをいただきまして、ありがとうございます。
    アンカラからイスタンブールまで夜行寝台に乗られたとは羨ましいです。もうこの区間には列車はありません。次の投稿に書いておりますのでご覧ください。早めに出すことにします。

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