水害からの復旧は道遠く

ローカル線の存在理由の中で大きな比重を占めるのが高校生の通学です。芸備線や福塩北線では高校の登校日に合わせて臨時列車が設定されていました。そのローカル線が寸断され、復旧の目途が立たないとなると、学校に行けない高校生が続出するのは当然の帰結です。

平成30年7月18日 中国新聞朝刊

家族が自家用車で送り迎えできるのはごく一部で、学校の近くに下宿するなどしなければ通学できず、復旧の目途が立たないとなると本人も家族も大変な負担を強いられる状況です。

山陽本線は今日から福山・三原間が運転再開しました。しかし山陽本線三原・海田市間と呉線三原・呉間は不通のままで、見通しが立っていません。福山・三原間が開通したとは言え、実質は福山・糸崎間で、糸崎・三原間は本数が少ないのです。糸崎・三原間は広島方面からの糸崎行きと呉線からの糸崎行きで本数を確保していたため、こんなことになっています。糸崎を境とする岡山支社と広島支社の境界の影響が出ています。糸崎・三原間の区間運転を増やすとか、代行バスを走らせるとか できることがありそうなのですが、そんな気配が無いのが残念です。

各線区の不通区間の状況を取材に行こうかとは思いますが、不要不急の外出は控えるべきと考え、家でおとなしくしている毎日です。しばらく休業状態だった模型製作も再開したりしています。真っ赤に錆びたレールが輝きを取り戻すのはいつになるのでしょうか。

水害からの復旧は道遠く」への3件のフィードバック

  1. 西村雅幸様
    糸崎~三原間の列車激減について岡山支社と広島支社の境界域の問題は当事者でないので何とも言えませんが特に同じ会社内であるのなら顧客ニーズに向けて手を打ちたいところですね。鉄道業でなく他の産業なら何かしら動くでしょう。

    • 準特急様
      コメントありがとうございます。三原市は東は備後国、西は安芸国という2つの国にまたがった特異なまちで、何か見えない垣根を感じます。国鉄時代から今に至るまで垣根は残っているのでしょう。

  2. 西村さま
    三原~糸崎間がそんな状況になっているのですか。ここ暫くのダイヤ改正毎に岡山方面の列車で糸崎乗換が増加の傾向にありましたが、現下の危急存亡の時でさえ思考パターンを変えられないようですね。糸崎終着の下りをもう4分三原まで延長すれば済む話だと思うのですがね。車両や乗務員の問題から国鉄時代のように組合がウンと言わないからなんてことは考えられませんから、要はヤル気が無いのでしょう。今回の線路災害復旧を早々に長期間先になると発表するなど、極論すれば最近の「このまま廃止に」の動きと符合しているようにさえ思えますね。山陽線など一部幹線を除いてはそんな魂胆が見え見えと言われても仕方ないように思います。その山陽線の復旧も何故11月になるのでしょうかねえ。とにかく仮復旧での徐行運転ならもっと短くなると思いますがねえ。旅客輸送や物流輸送を担っているという自覚があるのか不思議でさえあります。まあ新幹線は動いてるし、てなところかもしれませんね。
    尤も国や自治体に災害復旧費に関する確たる考えがないのも一因で、そのための駆け引きが始まっているとみることもできます。過疎化による三江線の廃止や北海道ローカル線の例と同様、一連の災害復旧をみても30年前のJR化は国の責任を放棄した政策であったことがわかるような気がします。

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