2018年夏、酷暑の旅 Part5 長崎市電を撮る その4 浦上駅前~長崎駅前

第2日目 8月28日(火) その4

▲ 11:45 浦上車庫で見たい全車両は見る事はできませんでしたので次回のリベンジに回してまて路線図左側の繁華街方向に行くことにしました。下車したのはJRとの乗換駅の浦上駅前です。到着したのは1966年(昭和41年)アルナ車両製の500形503号です。
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2018年夏、酷暑の旅 Part4 長崎市電を撮る その3 長崎駅前~赤迫②

コンデジ1台を持っての気軽なロケハン移動ですが、暑さが厳しくなってきました。熱中症にならないようにできるだけ木陰を探しながら撮り鉄ですが我慢できなくなったら空調の効いた市電に乗って移動することにしました。今回は千歳町から浦上車庫へのレポートです。

第2日目 8月28日(火) その3

▲ 10:58 千歳町に向かう3系統の蛍茶屋行きの1953年(昭和28年)日立製の300形304号です。
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2018年夏、酷暑の旅 Part3 長崎市電を撮る その2 長崎駅前~赤迫

無事に台湾紀行を終えて先日帰国出来ました。詳細は長崎の旅の紀行記投稿が終えてからご報告させていただきますのでよろしくお願い申し上げます。

第2日目 8月28日(火) その2

9:58 暑くなってきました。一旦ホテルに戻ってコンデジ1台を持って赤迫までロケハンです。長崎駅前からは空調の効いた超低床車3002号に乗車しました。

▲ 10:01 片側3車線の広い浦上街道の中央を走ります。宝町を過ぎたあたりで1系統1500形1507号と続行する3系統超低床車3003号とすれ違いました。

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めずらしい客車 Ⅲ

河 昭一郎さんは「客車は門外漢ですから手当たり次第に撮っています」と謙遜されますが、手当たり次第ならもっとオハ35やオハ61があってもいいと思うのにそれがどうして、なかなかのクセモノ車輌を選別して撮られています。

昭和40年代になると客車も改造や格下げ、それに台車履き替えなどが出てきてそれらを国鉄は律儀に形式を変えたものですから覚えられなくなったものです。今回はそんな客車たちも出てきます。

「客車」の定義はなにか?とのご質問がありましたが、私は“コホナオスマカ”が付いている車輌と考えております。

カニ22 1 東シナ 1965-3-20 品川駅

▲カニ221はパンタの付いた客車、といってもディーゼル発電機と電動発電機を積んだ「電源貨物車」
1960年「はやぶさ」用に作られた。東海道本線と全線電化が完成した山陽本線では架線から電気をとって電動発電機を回して発電。鹿児島本線ではディーゼル発電機を使って発電し電気を供給する。そのためにPS18を2基屋根に搭載する。パンタはEF58やEF65などの機関車からリモコンで上下させる。しかし、軸重が16tもあり熊本以南では路盤を強化しても最大で70kmの制限を受けるため、実際には路盤強化したら75kmで走れる長崎本線の「さくら」に使用された。68年にはMGとパンタを外して軸重を軽くしてカニ21と共通運用できるようになった。

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めずらしい客車 Ⅱ

会友・河 昭一郎さんのパソコンが故障して復旧にしばらくかかっていましたが、この度無事復旧しました!(JRより早い!)
ご本人によれば、「客車は門外漢なので玉石混淆。取捨選択は米手に一任する」との事ですが、さすがは『国電の大家』、眼力は一流です。全部掲載したいのですが枚数が多いので、かつて掲載したもの、キズが多いもの、複数あるものなどは省きました。
その写真はスキャンされたものが送られてきましたが、最初の一枚が懐かしい茶色の客車でした。こんな昔の写真なのにカラーとはめずらしい!と感激しましたが、進むにつれてなんかおかしいと思い出しました。そこで河さんに「カラーですか?」とうかがったところ、「とんでもない、白黒ですよ。いろいろ調整した」とのこと。
分かりました!これはスキャナーをカラーモードにして白黒をスキャンすると出る現象です。しかし、これほど当時の色が再現されるのは偶然ですからご覧に入れます。

 

オハフ61698 1962 3 29 京都駅

ネガや写真をスキャンするときはモードを「カラー」ではなく「グレースケール」にすると純黒調に近い調子になります。でもこの写真はあまりにもカラー写真に近いので、あえてそのままにして掲載しました。

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 北海道の鉄道被害を憂う

久しぶりのデジ青投稿です。ここしばらくの日常生活の中で、いちばん驚いたのは、4日の台風21号の強風でしたね。ホントに生きた心地がしませんでした。本日の役員会後の飲み会でも、その話題で持ちきりでした。関西在住の皆さんのところは、いかがでしたでしょうか。
関西では、このところ天変地異の連発です。大阪府北部地震から始まって、40度近い猛暑、西日本豪雨、そして今回の台風による強風です。人間誰しも、天変地異には遭遇するとの思いは持っていても、その被害者にはならないという、変な安心感を持っているように思います。しかし今回は、私自身も、危うく関西空港での閉じ込めや、家の倒木を経験、はたまた信号機が90度曲がったままになっていて、危うく交通事故に巻き込まれそうになったことなど、身を持って災害の危機を感じました。
そして、ここへ来て、北海道胆振地方東部地震です。あのJR北海道も一時は全道すべてで運休でしたが、昨日あたりから徐々に動き始めました。各線の被害状況は不明でしたが、先ほど、JR北海道のホームページを開くと、全路線の運転計画があり、初めてその全容を知りました。私が真っ先に心配したのは、廃止が予定・計画されているローカル線の状況でした。案の定、HPでは、すべて「運転再開の目途が立っていない区間」に指定されていました。本州3社に比べて、著しく脆弱なJR北海道のこと、軽々しくは言えませんが、「被災→運休→廃止」の道を辿るのではと危惧しています。
今回の地震で震源に近かった日高本線の鵡川は、思い出の地だ。2010年、ぶんしゅうさんとクルマで北海道を回った時、鵡川の道の駅で、二人一緒にクルマの中で寝て、翌日、日高本線の撮影に向かった。朝は鵡川駅に向かい、列車の交換を撮影した。女子高校生の乗り降りもあって、アクセントを添えることができた。HPでは、日高本線で、災害不通が長く続き、もともと廃止予定の鵡川~様似は、「通常時からバスで運行中」とあり、まるで鉄道には触れていない。存続予定の苫小牧~鵡川は「運転再開の目途が立っていない区間」であり、日高本線全体が廃止に憂き目に会うのではと心配している。

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2018年夏、酷暑の旅 Part3 長崎市電を撮る その1

安倍総理から関空の第2ターミナルからの国内線再開が6日中に確定されると発表なりましたが7日朝ではまだ1部のフライトだけです。石垣島から帰るジュニア夫婦もピーチのフライトが休止のためにJTA(日本トランスオーシャン航空)の那覇経由名古屋便に変更したそうです。
私の次回の旅の台湾行きのフライトも再開されるのかどうかまだピーチからの
発表がありません。ぬか喜びだったのかと不安がつのります。

と、投稿原稿を書いていましたら8日夕刻ピーチのHPが更新されて9日から関空~高雄フライトが確定されました。本当に飛ぶのか疑心暗鬼でしたが今日9日確かに発着が行われました。これで安心と思っていますが明日の関空へのルートはJR関空快速でりんくうタウンまで行ってリムジンバスで第2ターミナルへ向かいます。十分に余裕を持って出た方が良いよと、石垣島からの帰途途中で飛行機が遅れ名古屋泊まりを余儀なくされたジュニアーからの忠告が入りました。
【長崎市電】
1915年(大正4年)11月16日、病院下(現;大学病院前)~ 築町(現;新地中華街)
3.667㎞が開業、以降第2期、第3期と延伸されて1921年大正10年4月30日までに主要路線が出来上がっています。
1933年(昭和8年)大橋まで延伸、1934年(昭和9年)蛍茶屋まで延伸、1950年(昭和25年)大橋~住吉まで延伸、1960年(昭和35年)住吉~赤迫、1968年(昭和43年)には思案橋~正覚寺(現;崇福寺)で延伸が完成して現在の路線網11.5㎞となっています。
1984年(昭和59年)6月1日から続いた
均一運賃100円は日本一安い路面電車と話題になり賞賛されていましたが相次ぐ消費税アップ、またバリアフリー化等の利用者へのサービス向上のために2009年(平成21年)10月1日より120円に改定されました。

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2018年夏、酷暑の旅 長崎へ Part2 ようやく旅立ち

台風一過の翌日を迎えました。テレビで被害状況を見ながら情報収集をしていますが関空の被害は想像を絶しています。取り残された利用客は5日朝から連絡橋の片側路線を使ってリムジンバスでりんくうタウン側に運ばれています。また神戸空港へ輸送する高速船「神戸-関空ベイ・シャトル」の臨時便で神戸空港島に順次運ばれているそうですが未だに全員を輸送できず終日続く様子です。

心配するのは5日後の9月10日にクモハ73106さん、不銹鋼號さん、大津の86さんたちと台湾への撮影旅行を予定しているからです。東京からは飛行機は飛ぶでしょうが関空からのフライトの大津の86さんと私は関空が機能しない限り動けません。予約していますホテルもキャンセル不可の期間に入っていますので行けないとなると被害甚大です。復旧への目途がいつ分かるのか出発日まで不安な日々が続きます。

第1日目 8月27日(月
① 長岡京 14:35(快速) ⇒15:01 新大阪 15:08(さくら561号) ⇒17:41 博多

② 博多 17:55(かもめ35号)⇒19:25 長崎

14:10 眼科での診察治療を終えて最寄りの長岡京駅に向かいます。様々の時間帯での接続列車を調べておきましたので、19:25には長崎に到着出来ます。窓口でジパング倶楽部会員証を出して3割引きできっぷの購入です。運賃・料金合わせて12,290円です。ただ、恥ずかしながら山陽新幹線からJR九州特急に乗り継ぐ場合は乗り継ぎ割引が効かないのは分っていませんでした。当初の予定だと阪九フェリー(5,180円)利用だったので余分な出費が出ました。
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徐々に復旧が進む中国路の鉄路(その6)

西日本豪雨災害から2ケ月、関空線の不通に続いて、今度は北海道で大きな被害が出ているようで、災害列島であることを再認識させられます。当地中国地方は徐々に復旧が進んではいますが、避難所生活を余儀なくされている方もまだまだ多く、心が痛みます。鉄路の近況をお知らせします。

平成30年9月5日 中国新聞朝刊

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2018年夏、酷暑の旅 長崎へ Part1 台風に翻弄される旅立ち前

今年は台風の多い年です。今日も台風21号襲来でJR西日本は京阪神地区の列車は8時以降順次運行を取り止めるとの発表がありました。各私鉄もほぼ同様な対応になるようです。今は青空も見えていつもと同じ状況ですが、今年最大で25年ぶりの最強台風だそうでどうなるかとても心配です。

と、朝に投稿原稿を作成しながら思っていましたら午後2時を過ぎた頃から突然に風雨が強くなりました。今まで経験したことがない激しさです。外を見ると木々は折れていきトタン屋根が木の葉のように舞って飛んでいます。約3時間近く続き、後は嘘のように静かになりました。テレビを見ているとあちこちで車が飛ばされてぶつかっています。また関空の連絡橋にタンカーが激突して橋がずれて、関空は孤島となって利用客3,000人と従業員2,000人の合わせて5,000人の方々が取り残されています。明日以降に無事な連絡橋の片側路線を使って脱出させるようですが停電で空調も止まっているターミナル内で一晩過ごすのは地獄でしょうね。体調を崩されないように、お見舞い申し上げます。
米 原稿は9月4日に作成しております、

台風で迷惑を受けたのは私も一緒で21号前の20号で大変でした。ご報告をさせていただきます。

【 台風20号に翻弄させられた旅立ち 】
8月7日に青春18きっぷを購入して候補にしていた訪問地の選択に入りました。結果、混み合うお盆が終わった頃に出かけようと決めました。目的地は今まで3回は参りましたが鉄ちゃん活動はしていなかった長崎市電筑豊電鉄の撮影です。

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