2012年 秋のみちのく一人旅   Part6   リンゴ一杯の弘南鉄道 大鰐線

第6日目 10月14日

① 弘前中央 8:00→8:18 義塾高校前 12:46→12:51 石川プール前
② 石川プール前 6:36→16:42 義塾高校前(徒歩)→16:52 石 川17:09→17:15弘前
③ 弘前バスセンター 17:50(Bus)→18:05 土手町十文字

【津軽フリーパス】

昨日、今日と切符は「津軽フリーパス」を青森駅で買い求め利用しました。弘南鉄道の1日切符だけでも1,000円しますので、青森→弘前の切符650円が安くになります。沿線のバスや、今回は行きませんでしたがフリー切符のない津軽鉄道(金木往復1,060円)にも使えて安くて便利です。乗り鉄には便利ですが、撮り鉄をする方には2日間はすこし足らないようです。 続きを読む

2012年 秋のみちのく一人旅   Part5   リンゴ一杯の弘南鉄道 大鰐線

第5日目 10月13日

① 青森9:08→10:11大鰐温泉
② 大鰐10:30→10:58弘前中央11:30→11:44津軽大沢13:44→13:57石川プール前
③ 石川プール前16:38→16:58弘前中央

▲ 弘南鉄道大鰐駅では、可愛い園児たちが遠足へと電車に乗って出かけようとしていました。乗客激減で廃止の噂が絶えないローカル私鉄ですが、園児にとってはお友達とみんなで一緒の大事な”でんしゃ”です。

 


朝、総本家さんと津軽新城へ行こうと約束したのにまた不覚にも寝過ごしました。急げば間に合ったのですが、窓の外を見ると、激しくアラレが降っています。今は出られないと、行く気をそがれてしまいました。

悪天候が収まってからバスに乗って青森駅へと向かいましたが、着く頃には、天候は一転してまばゆいばかりの青空が拡がってきました。 続きを読む

大阪通信員だより 浜大津の巻

日本晴れの10月27日、浜大津スカイプラザへと向かう。一年ぶりの再訪である。京阪電鉄京津線開業百周年の写真展と模型運転会が行われているのだ。訪れた目的は、クローバー会西村雅幸氏の新作による江若鉄道・京阪電鉄京津線の浜大津駅の精巧なジオラマを見学するためと会場警備である。

昨年は、江若鉄道三井寺下駅構内の忠実な再現と今津駅にいたるジオラマであったが、多数の要望に応えて今年は浜大津駅が主役となった。昭和中期の複雑な浜大津の駅と線路はもとより周辺の街並みを細かく再現したものである。江若線・京津線の車輌も在籍車をほぼ全て揃えてある。江若の車輌は狭い窓が多くならび、それも二段窓だ。カッター片手に奮闘される老眼を寄せ付けない西村氏の姿とあきれを通り越した奥様の様子が浮かぶ。
十人近い江若OBの古老やご家族も見えられ、回転する転車台や開閉とともに警手が飛び出してくるカラクリ踏切を見て、警手は?ちゃんやったなあ!このあたりで大ケガをした仲間がいたんや!など話の花が咲いていた。この後でOB昼食会があるとのこと、これも昨年の催しが種をまいたのだらう。もちろん通信社の取材もあり、京都新聞社をはじめとして数社の小姐記者が西村氏をアタックしていた。当クローバー会会員もヒマのある方が随時来場され、感心している様子だった。

通信員も、警備をお手伝いすることで、西村氏の楽屋裏をのぞくことができ、ジオラマ製作途上の走り書きから経費明細まで雑多な資料を几帳面に保存されたファイルを拝見した。エンジニア気性がほとばしるものであった。
なお、昨年の江若展をご覧になった「レイル」誌の前里孝編集長が、是非とも江若特集をと企画されクローバー会福田静二氏の暗躍を得て、「レイル84号」として今月発刊されている。江若鉄道の記録の集大成として、クローバー会会員の記事や写真の実力をめでるものとして、是非一家に一冊購入いただき書架のこやしとしていただきたい。

催しは11月3日4日にもおこなわれるので、詳細は掲示板25486号を精読ください。
「そうだ浜大津いこう!」

 

2012年 秋のみちのく一人旅  Part4 奥羽本線撮影、鉄道写真展in青森

第4日目 10月12日

① 青森 7:37(JR)→7:4 6津軽新城
② 戸田見通 11:42(弘南バス)→12:05 青森

「鉄道写真展in青森」の準備も終りましたので、総本家さんに了解をいただき、準特急先輩のお奨めの 奥羽本線津軽新城から南方面へと撮り鉄に出かけました。
歩くこと約30分余りで撮影地に到着しました。山間に築堤があってなかなかの撮影地です。
8:31、最初に来たのは「快速リゾートしらかみ」の弘前までの回送です。

▲ 続いては、コンテナ貨物ですが20両もの長編製でフレームに入りきれません。この後もコンテナ貨物はよく来ました。いずれも長編成です。これ程、貨物輸送があったとは、気づきませんでした。
▲ 9:42、今日の本命の「特急あけぼの」が参りました。電源車を入れての9両編成ですが、綺麗に全編成がフレーム収まりました。

続きを読む

あの感動を再び! 浜大津イベント明日開幕

昨年、多くの人々に感動を提供しました江若鉄道をふり返るイベント第2章の「浜大津駅」が、今年も明日からスカイプラザ浜大津で開催されます。会場には、西村君が苦労を重ねて製作されたかつての「浜大津駅」がジオラマで再現されています。問題だったクロスポイントは林君の超力作でもあります。これは他では絶対に見られません。
会員諸君、是非とも会場にお運びいただき、力作をご覧ください。
開催日は、10月27日、28日と、11月3日、4日の土日のみです。
皆様方のご来場をお待ち申し上げております。よろしくお願いします。



2012年 秋のみちのく一人旅  Part3 弘南鉄道弘南線、黒石線、鉄道写真展in青森

第3日目 10月11日

① ホテル(徒歩)→弘前 10:00(弘南鉄道)→10:29 黒石
② 黒石 10:50→11:00 津軽尾上 12:30→12:48 弘前
③ 弘前 12:56(JR)→13:48 青森

▲ 平賀駅の改札鉄柵によじ登って、ED333の入換え光景を見ていた坊や。自分にもこういった時がありました。41年経った今、この子は鉄ちゃんに育ったのでしょうか?

朝起きて、窓の方を見ましたらまだ明けている様子はありません。まだ早いかなと思いながらゆっくりとシャワーを浴びてからTVをつけると、何と7時半です。嘘だろう、まだ暗いじゃないか。どうして?と、カーテンを上げると、すっかり明るくなっています。よく見ますと、寝る前にピッタリと閉めたカーテンは、遮光ロールスクリーンになっていて日中でも部屋内を暗くすることができるようになっています。おまけに目覚まし時計をセットするのを忘れていました。今日乗車する列車は8:09発で今からの用意では、駅まで遠いので間に合いません。翌日の移動に便利な駅近くのホテルにすればよかったと嘆いても始まりません。朝から大失敗です

大湊線に行く次の列車は、10:21発。復路時間を調べると青森着は16:06となって、今日のイベント準備お手伝いには遅すぎます。これでは大湊に行くわけには行きません。
気を取り直して、リンゴを求めての弘南鉄道ロケハンに切り替え、後の移動に便利なように弘南線黒石まで行くことにしました。
ホテルで朝食を食べてから駅に向かいましたが、雨が降ってきました。上手くいかない時は、こんなものです。傘をさして駅までトボトボと歩きました。
続きを読む

青森余話

「クローバー会写真展in青森」も無事終了した。この写真展で嫌な顔一つせずに頑張った総本家青信号特派員さんはその後「ダイレクトに行って帰っただけでは鉄道ファンの名が廃る」と「東日本被災地の鉄道は今」を発表されている。私も写真展の前後に少しばかり撮影してきたので発表したい。

かつて青森駅は数々の優等列車が発着し、賑わいをみせていたが、今は津軽海峡方向を除けば寂しい限りである。そのような中、昭和の面影を残す唯一の本州内定期ブルートレイン「あけぼの」の発車待ちの姿を夜間撮影した。18時22分発で写真展終了後の宴会前の丁度よい撮影時間帯でこのためわざわざ三脚を持参した。2012年10月12日2022列車EF81139[青森車両センター]↓

青森から二つ先の奥羽本線津軽新城は手頃な撮影地。と言っても30分ほど歩く。このお立ち台は2度目でみちのく一人旅 のぶんしゅう旅日記さんをご案内する。二人以上で撮影すると気が散っていい写真が撮れないことがある。この日も「あけぼの」登場前にクラブのこと、海外旅行の話、はたまた神足会の話題などを喋くりまくっているうちに列車がサーと現れる。このあたり2~4両編成が多い中で寝台特急は長編成である。急いで望遠から広角に戻すもピンボケ。地元の人に声をかけられたり、あまり喋っていると失敗が多いが、プロでもないので、私は気の置けない仲間との撮影の方が好きだ。2012年10月12日津軽新城~鶴ケ坂2021列車EF81139[青森車両センター]↓

青森から上りの「あけぼの」は上越線経由で上野着は6時58分のラッシュ前。都心に近い家の建て込んだ所を避けるには初夏の日の出の早いころ高崎近くが望ましい。私は2年前の朝3時に車を出して、これもお立ち台のオカホンこと、岡部~本庄間で撮影した。2010年7月20日AM5:35 2022列車EF641031[長岡車両センター]↓

青森駅構内では連絡船に貨車を詰め込んだり、引っ張り出したりするキューロクの姿があった。写真展開催中に元国鉄の方からT先輩の 写真を見て、「キューロクは後ろに無蓋貨車をつないでいたが、これはキューロクが誤って連絡船の中まで入って行って船が沈んでレールに段差ができて戻ってこれないと困るので緩衝役としてつないでいた」とおっしゃられた。これは何という形式の貨車であったのであろうか。宇高連絡船にも同じものがあったのであろうか。戦前の稚泊航路(稚内~樺太大泊)はどうであったか。関釜連絡船は両岸ではゲージが異なるのでなかったのではないか。台湾は遠過ぎて連絡船の制度はなかったのではないか。何れにしてもよくわからないのでどなたか教えていただきたい。私の撮影は1965年8月31日早朝の9665で後ろの貨車は緩衝役なのか普通の無蓋車なのかよくわからない。T先輩には今回の写真展PRにも使われた雪のキューロクを拝借した。↓

最後の締め括りは青森駅で撮影中の総本家青信号特派員さんの勇姿。勇姿というよりも連日の準備作業等でお疲れ気味の撮影姿かもしれない。いろいろとご苦労様でした。2012年10月12日青森駅の青い森鉄道クハ700-4↓

 

 

 

2012年 秋のみちのく一人旅  Part2 秋田臨港鉄道、五能線、津軽鉄道

第2日目 10月10日

① 新潟 23:30(新日本海フェリー)→5:50 秋田フェリーターミナル(徒歩)→6:35 土崎
② 土崎6:41→6:48 秋田 8:25(快速リゾートしらかみ)→12:06 五所川原
   津軽五所川原1 2:35(津軽鉄道)→13:11 津軽中里 14:25→14:48 毘沙門
15:49→
16:05津 軽五所川原  
③ 五所川原 16:11→17:01弘 前

▲ 5:50、一晩でしたが船旅を楽しみ、朝焼けの秋田港には定刻着きました。
快速リゾートしらかみに乗車する秋田駅に向かうまでは十分な時間があります。目の前のある秋田臨港鉄道を見てみたいと下船してから向かいました。

秋田港駅は、1907年(明治40年)開業と古く、約105年の歴史をもっています。 続きを読む

2012年 秋のみちのく一人旅  Part1 北に向かって

第1日目 10月9日

① 長岡京 8:10(快速)→8:17 京都  8:22(新快速)→9:50 敦賀
② 敦賀 9:53→12:25 金沢
 13:42→14:37 富山 15:05→16:56 直江津
③ 直江津 17:31(快速くびき野)→19:29 新潟/
新潟駅  20:42(Bus)→
④ →20:58 末広橋(徒歩)→21:20 新潟港フェリーターミナル23:30→


インドネシアから帰国以降は、青春18きっぷを使って、北タンゴ鉄道、北条鉄道、三岐鉄道、播但線、加古川線等々、近辺のローカル鉄道の秋の撮影への新たな撮影ポイントを求めてのロケハンを続けて参りました。また大好きな中国鉄路の終焉を迎えている蒸気機関車を求めての長期撮影の旅も計画が出来上がりました。航空券の手配も終えていましたが、現地での反日運動の勃発激化が同行者のヤル気を失い、家族からもいつもと違って心配で安心して送り出せないとの状況になって、やむを得ず延期を強いられてしまいました。

ガックリとしていましたが、その前に予定していました大事なクローバー会の「鉄道写真展in青森」があります。お手伝いがてらに出かけるて見ることにしていました。当初は久しぶりにぶんしゅう7号に乗って北上を目指すつもりでしたが、都合で使用できなくなりました。お誘いしておりましたS崎先輩申し訳ありません。
車が使えないので、向かうに行くについて安いきっぷはないかと探してみますと、今年は、10月6日~21日まで利用できる「秋の乗り放題パス」が発売されています。ただ、青春18きっぷと違って、バラバラ使用ができない連続3日間使用との制限が設けられていて、1日当りの単価運賃も少し高い(7,500円÷3日)です。しかし、これを使用するしかわずかな収入しかない年金生活者には無理だろうと決めました。

出発日は、これも都合で10月9日となりました。鈍行で行く長岡京から青森へのルートは東京圣由と日本海沿いがありますが、どちらのルートを選んでも途中で泊まらなければなりません。どこで泊まろうかと考えていますと、北の大地に行った時の船旅が思い浮かびました。ビジネスホテルは4,000円前後は必要です。それなら新日本海フェリーに新潟~秋田の乗船で、移動と宿泊、そして船旅も味あえます。運賃は、4,000円とリーズナブルです。
秋田には5:50に着きますので、五能線や津軽鉄道にも乗車してのロケハンが出来ます。
これでおおよその予定ができましたので、後はインターネットのNAVITIMEで確認をとりながら詳細を詰めていきました。
▲ 青森手前の弘前までのルートです。切抜きの赤文字は乗継駅です。Busも入れると乗り継ぎ回数は14回でした。既にこのルートで行かれた方もあろうかと思いますが、青春18きっぷでの旅にも応用できますので、一度お試しください。
続きを読む

蒲田の電車?

先日終わったNHKの朝ドラ「梅ちゃん先生」は、タイトルバックが楽しみでした。
そのタイトルバックは精巧にできた蒲田の町並みのジオラマで、人気があったようで、ジオラマを作った方が東京で作品展を開くとのニュースが、今日のネットで流れていました。

> NHK連続テレビ小説「梅ちゃん先生」は好評のうちに9月末で終了したが、そのタイトルバックに使われたジオラマ(立体模型)が、日本橋高島屋(東京都中央区)に展示されている。制作したのは、懐かしい街並みや庶民の暮らしをいきいきと再現するジオラマ作家、山本高樹さん(48)。初の本格的個展「昭和幻風景 ジオラマ展」が同店8階ホールで開かれている。<

毎日気になっていたのは、ジオラマで国電のような茶色の電車が2両で鉄橋を渡るシーンがあるのですが、この電車は何か?と言うことでした。窓は2段の引き上げ式、クハとクモハでどちらも2扉。場所は蒲田ですから国電か目蒲線でしょう。時代は昭和30年頃という設定ですからもちろん私は知りません。
このタイトルシーンは数組あるようで、夜のシーンでは、窓が少し大きく、はめ殺しのR付のようにも見えました。模型が2セットあるのかもしれません。

さて、この電車はなんでしょうか?推理できないでしょうか?教えて下さい。

西村雅幸君の力作、再び!

昨年、浜大津の「スカイプラザ浜大津」で展示されて大絶賛された、江若鉄道の精巧なジオラマがさらに精巧にバージョンアップされてかえってきます。今回は浜大津駅の再現で、会員諸兄の資料やアドバイスをはじめ、前回の展示会で集まられた江若鉄道OBの方々より資料のご提供を受けて、より精巧な浜大津駅が再現できたそうです。

今回は、京阪電鉄京津線開業100周年を記念するイベントで、京津線関係の珍しい写真や資料なども展示されるそうです。今回の見所は、駅付近のジオラマのみならず、当時の江若鉄道の車両群と、京津線を走った20型以降の車両達がOB会員達の協力で復元されたことです。

会員諸兄にお願いします。是非ともお出で頂き、素晴らしい作品を見て下さい。そしてご意見や思い出話を聞かせて下さい。遠く三原から来てくれる、西村君にエールを送ってあげて下さい。

10月27日(土)~28日(日)、11月3日(土)~4日(日) 10:00~17:00
浜大津駅隣接 スカイプラザ浜大津6F 
※申し訳ありませんが入場料200円が必要です。

以前に西村君が投稿した「お知らせ」を再度掲載してご案内いたします。

>昨年同様、スカイプラザ浜大津にて土曜、日曜だけの計4日間ですが、浜大津ターミナルの復元ジオラマ展示と江若、京阪の模型運転を行います。今回も多くの会員諸氏のご協力のおかげで 準備も最終段階に入っています。
場所は京阪浜大津駅の隣のビル6階で、開場は10:00~17:00です。皆様にお会いできるのを楽しみにしております。なお11月3日には京阪のイベントが錦織車庫で開催され、毎年多くのファンや家族連れでにぎわうようです。

被災地の鉄道は いま -1-

先日の青森写真展では、設営・受付のために現地に3日間滞在しましたが、ダイレクトに行って帰って来るだけでは、鉄道ファンの名が廃ります。青森へ駆けつけた各会員も思い思いに寄り道したようです。私の場合は、被災地の鉄道の乗車に一日を当てました。これまで被災地を訪れることは控えてきましたが、大震災から一年半が経過し、もう邪魔にもならないだろうと考え、現地の鉄道・代行バスを実体験することにしました。

10月9日、早朝の仙台から乗車が始まります。

仙石線

5時30分、新宿から乗ったJRバス東北の夜行バスが、早着も延着もなく、ピッタリ仙台駅東口に着いた。駅でもらった代行バスの時刻表をもとに、今日一日の乗車経路を再検討すると、代行バスの連絡が意外にうまく行くことが判明した。    早朝の仙台駅、震災の傷跡など微塵も感じられなかった

仙台(仙石線)→松島海岸(代行バス)→矢本(仙石線)→石巻(石巻線)→渡波(石巻線)→前谷地(気仙沼線)→柳津(代行バス)→気仙沼(大船渡線)→一関(東北本線)→盛岡(宿泊)と約300キロを列車・代行バスで回れる。手にした切符は「秋の乗り放題切符」だから運賃の心配も要らない。

仙石線は、現在、高城町~陸前小野間の11.7キロが震災の影響により不通で、その前後の区間、あおば通(仙台)~高城町、陸前小野~石巻で列車が運行されている。あおば通(仙台)~高城町は、仙台の近郊区間であり、震災前と同数の列車が確保されており、快速列車も運転されている。いっぽう陸前小野~石巻は、震災前の半分程度の列車であり、すべてDC列車(キハ110)となっている。代行バスは、駅員配置駅の松島海岸(高城町のひとつ仙台寄り)~矢本(陸前小野のふたつ石巻寄り)、鉄道営業距離で18.2キロを43分程度で運転している。代行バスの本数は、一日20本で、朝夕は一時間2本、昼間は一時間1本のネットダイヤで、列車との接続はとくに考慮されていないが、たまたま乗った列車とは、うまく接続していた。

仙石線始発のあおば通りまで行って、快速に乗る。仙石線用に改造の205系のうち、5編成の石巻方先頭車はクロス、ロングの両方に使えるデュアルシート車で、ここでは“2WAYシート”の愛称が与えられている。▲▲快速は高城町までだが、代行バス乗り場のある一つ手前の松島海岸で下車、乗車列車は、石巻出身の石ノ森章太郎のキャラクターラッピング車。

代行バスに乗ってしばらくは、松島海岸が続くが、陸前大塚付近から津波の被災区間となる。辛うじて残った家は1階部分が壊滅 ▲▲野蒜駅舎は改築されて、まだ真新しい駅舎だったが、被害を受けてベニヤ張り

不通区間のなかでは最も津波の被害の大きかった野蒜駅、まだ架線柱は傾いたまま

石巻方の代行バスの接続駅となる矢本。朝ラッシュ時、代行バスへ向かう乗客 ▲▲朝の代行バスは、3台続行で次つぎ発車、バスは近隣のバス会社から総動員している。中心はミヤコーバスだが、乗ったのは日本三景交通という貸切専業のバスだった

代行バスをはさみ仙台~石巻間を乗車すると、接続がうまく行っても2時間程度掛かってしまう。震災前は1時間20分程度であり、とくにラッシュ時のダメージは大きい。そこで、仙台~石巻間を東北本線・小牛田・石巻線経由で結ぶ臨時直通快速を朝夕に各1往復を運転している。この列車は途中ノンストップで小牛田にも停車しないため、1時間05分で、震災前より逆に短時間で走っており好評のようだ。

矢本駅に停車する石巻行き7723D列車、石巻方の営業区間は陸前小野~石巻間だが、代行バスの接続が矢本のため、矢本始発の列車が多い

不通区間の中では、とくに野蒜付近の津波被害が大きかった。震災当日、野蒜で交換直後の上下列車が行方不明になり、うち1本が津波で流された。地元自治体からは、高台への線路移設の要望も上がっており、現在、復旧工事は全く着手されていない。

ところが、青森からの帰宅後に、JR東日本仙台支社から、東北本線と仙石線を接続する計画が発表された。両線が近接している塩釜~松島間(東北本線)と松島海岸~高城町間(仙石線)を接続し、約400メートルの路線を新設するというもの。工事は、不通になっている仙石線の高城町~陸前小野間の復旧工事と並行して行い、2015年中の全線復旧にあわせて使用を開始とアナウンスされている。完成すると、東北本線と仙石線を経由した仙台~石巻間の直通列車が実現する。震災前より、さらに10分程度短縮する見込みである。東北本線が交流、仙石線が直流のため、気動車を使用する。出自の違いから、たまたま並行していた両線が有機的に結びつく訳だ。

8時9分、石巻に到着、かつては仙石線石巻駅と石巻線石巻駅は別にあって、乗り換えの際に戸惑ったものだが、今は統合されている(写真右)。秋の青空もと、駅前にバスがポツンと一台止まっている。左のピンク色の建物は廃業したさくら野百貨店の建物で、1階にスーパー、2階以上は石巻市役所として使っている。一見、平和そうに見えるが、震災時、駅前も1階部分が津波浸水にあったという

 

八月だ、もっと熱くなろう! 赤道直下のインドネシアSL撮影の旅 Part17          ジャカルタ鉄道博物館(Museum Transportasi)

第12日目 8月15日

① ジャカルタ空港 9:25(Bus)→10:50 カンプン・ランプータンターミナル
② 11:00(Taxi)→ 11:15 タマン・ミニ・インドネシア・インダー
③  タマン・ミニ・インドネシア・インダー14:30(Taxi)→18:04 ジャカルタ空港
④ ジャカルタ空港21:55(JL726)→7:25成田空港
⑤ 成田空港 8:27(京成アクセス特急)→10:18羽田空港
⑥ 羽田空港11:30(JL115)→12:35伊丹空港→長岡天神

今日から帰宅まではいつもの一人旅です。O氏からジャカルタには、鉄道博物館があって結構多くの蒸気機関車が展示されています。行って見てみる価値はあるよと入国時に聞いていましたので、行ってみることにしました。

と、いってもインドネシアで一人で行動するのは初めてです。どういって行けばいいのか分かりません。Taxi料金は安いと「地球の歩き方」には書いてありましたので、最悪Taxi。もしBus便が分かればもっと安いBusと決めて、空港内のバス乗り場で調べてみますと、鉄道博物館近くまで行くBusが見つかりました。

さすが国際空港です。切符売場では英語が通じました。切符(約210円)を買ってBusを待ちました。

10:50、乗ったBusはノンストップで鉄道博物館近くのカンプン・ランプータンターミナルまで直行しました。走行距離は約50キロ、所要時間は途中で渋滞もあり1時間25分でした。

ここからはTaxiですが、中国同様にメーターでは乗せてくれません。どこに行きたいかは地図で示して、料金交渉は数字を書いての筆談です。500,000Rp.提示を200,000Rp(約170円)に値切って交渉成立で向かいました。 続きを読む

八月だ、もっと熱くなろう! 赤道直下のインドネシアSL撮影の旅 Part16       PG.SRAGI(スラギ製糖工場)

神谷武志企画のテレマカシーツアー  第11日目 8月14日

am: Nirwana Hotel 7:30(約14キロ)→8:13スラギ製糖工場9:32→
pm: →(約115キロ)→14:47セマラン空港17:30→18:35ジャカルタ空港Jakarta Airport Hotel

今日は、神谷武志企画のテレマカシーツアー最終日です。A班とB班の行程を跨いで11日間は、私的には短い旅でしたが、初めてのインドネシアとあって見るもの聞くもの驚きの連続と、参加されておられた皆さんの撮影レベルが極めて高く大変勉強をさせていただきました。何よりも巨匠広田尚敬先生の衰えを感じさせない円熟なった鉄道への取り組み方には、今後の自分を見つけていく指針になりました。広田先生、企画をしていただきました神谷さん、そしてご参加されました皆様方、お世話になりまして本当にありがとうございました。

8:13、今日はいつもと違ってゆっくりとホテルを出てスラギ製糖工場へ着きました。
ヤード内では、3人乗り、4人乗りは当たり前のバイク(スクーター)が走っています。世界的に見てもインドネシアの二輪車保有台数は、中国、インドに次ぐ世界3位で、低廉で手軽な移動手段として需要が高いそうです。年間販売台数は、約800万台、9割を日系4社が占めていて、ホンダとヤマハがシュア争いをしています。売れ筋は、排気量100~125ccで日本円で10~15万円です。
続きを読む

急ぐ時は 在来線に乗ろう

連日掲示板を占領してスミマセン。私の暮らす広島県三原市は山陽新幹線が停車する街なので、それなりの街だろうと思われるでしょうが、こと新幹線に関しては僻地並みの街です。JR西日本に知り合いがいないので、この掲示板に愚痴をこぼすことにします。時々、京都、大津に出かけるときに新幹線を利用するのですが、いつも腹立たしい気分で乗り降りします。九州新幹線開業や当地の乗降客減少もあって、度重なるダイヤ改正ごとに不便さが増しているように思えてなりません。上り下りすべての時間帯とは言いませんが、基本的に1時間に1本しか停まらないのです。例えば下りで例をとると、関西方面から三原に帰るときには岡山か福山で必ずこだまに乗り換えねばなりません。マアこれはよしとしましょう。この乗り換えが問題です。要は1時間に1本しかないので、中途半端な列車に乗ると随分待たねばなりません。大阪からさくら563号で16:31に福山に着くとすると17:22発のこだま749号まで51分待ちです。それではたまらないのでもう1本あとのさくら565号にすると17:03福山着で19分待ちでこだま749号に接続です。こだまは殆どが8両と長くなりましたが、1両に数名という感じです。これで目と鼻の先の三原にさっと着けば良いのですが、17:22に福山を出てノロノロと進み17:31新尾道着、「お急ぎのところ恐縮ですが、17:42の発車まで11分停車します」ということで、少なくとも2本の通過列車を待ち、やおら出発してまたノロノロと備後トンネルを抜けて17:49に三原着となります。営業キロ30.7Kmに27分かかります。表定速度68Kmです。もともとのさくら563号で16:31に福山に着き、山陽本線の465Mに乗り換えれば17:09には三原に着きます。まさに「急がば回れ」の世界です。のぞみの増発で長距離客は速くて便利になる一方でこういうことも起きているわけです。それではと他の交通機関にしようと思っても新幹線に乗るしかないので、苦々しい思いでキップを買います。隣接駅間は特定特急料金ということで福山-三原間だけ乗ると830円となっていますが、特急料金を返してくれと言いたくなります。競合路線の多い関西の私鉄ではかつて優等列車のあいだをすり抜けて走る高加速高減速のスーパーカーやラビットカーなどが次々登場し、サービス低下を抑えようとしのぎを削ったものでした。空気を運んでいるようなこだまに代わって、ロングシートの両開き車でもいいのでMc2両の高加減速ワンマン車を開発しようというようなアイデアは出てこないのでしょうか。15分程度なら座れなくてもいいのです。あるいは山陽本線に急行電車を復活させてくれた方が利用客が増えると思います。最近もうひとつ腹の立つことがありました。三原から確か新神戸以東に行く際に新幹線を往復利用すると三原駅駐車場が72H無料になるサービスがありました。田舎のこととて、駅に向かうにはマイカーか何千円かを払ってタクシーを呼ぶのです。関西に行くときにはこの72H無料(確か3000円分)は有難かったのですが、このサービスがなくなり 新横浜、東京往復のみになってしまったのです。まさに航空機との競争だけを考えて、どうせ他に手段のない関西行きの客は逃げないだろうという匂いがプンプンして気分が悪い昨今です。準特急さま、美しい日本はどこに行ってしまったのでしょう。うら若き女性車掌さんやみどりの窓口の女性に愚痴を言っても始まらないので、掲示板を利用させて頂きました。悪しからず。

青森写真展によせて      佐竹保雄

さまざまな方との出会いがあった一日だった

(佐竹保雄さんから青森写真展見学のレポートが届きました)

鉄道記念日の10月14日、南草津図書館の講演会も無事終わり、翌15日早朝、山科を出発して東京経由東北新幹線で、夜には青森に着きまし た。16日10時には同志社鉄道同好会OB会写真展「青森を走った汽車・電車」をギャラリーに見に行きました。

同志社校友会青森県支部事務局長桜 庭潔氏が、私に頭を下げて「京都から遠い青森までよくぞ鉄道の写真の撮影に来ていただき有り難うございました」と挨拶されましたのでびっくり しました。会場の道路側はガラス張りで外から中の写真がよく見え、特に入口左のD51重連のパネルは人目を引きます。この写真展は年代の古い道路側の写真がいいと多くの入場者が言っているとのことでした。

午前中は入場者はほとんど無く、同志社校友会青森県支 部顧問佐藤光彦氏(ブルーオーシャンKK代表取締役社長)を電話で呼び出してくれ、いろいろ楽しくお互いの学生時代の昔話をしました。午後にOB会の山田氏、夕方に津田氏が来る。入場者は10数人はあり、Hさん親子が私に会いに来てくれました。事務局長と二人のときは同志社大学のことやいろいろの話ができて大変楽しく、あっという間に17時になり退場しました。                                   雪のD51重連の大型ポスターが目を引く           ドアを入ると、そこには懐かしい写真があふれていた   

井笠バス 続々報

当地備後地方では井笠鉄道バスの突然の廃止が大問題になり、連日新聞、テレビで採り上げられています。廃止系統、廃止停留所、減便などをめぐり、丁度投票を控えた岡山知事選の争点にまで波紋がひろがっています。井笠のあとの運行継続を急に要請された中国バスさんも辛いことと思います。ところでこの中国バスは尾道鉄道の流れをくむバス会社です。まだ鞆鉄道バスも健在ですので、井笠、鞆、尾道と鉄分が残っている備後地域です。マア 一地方のバス路線のことなどには興味のない方も多いかと思いますので、このシリーズもこれで終わりにしますが、どういう展開になってゆくのかを見守ってゆくことにします。

中国新聞 福山エリア版

同日の中国新聞 井笠エリア版

クローバー会活動報告(最終回)

先日ご報告しました、草津市立南草津図書館における佐竹先輩の講演会に対しまして、本日、今井知春館長様より当会への礼状並びに記録写真三枚、第9回草津街あかりイベントのパンフレットをお送り頂きました。

お礼状の内容は、81名もの市民の方々が来られたこと、講演会の運営に会員が協力したことなどに対して感謝のお言葉です。

謹んでお手伝い頂きました会員諸兄並びに、全ての会員の皆様にご報告させて頂きます。

このような場を設営下さいました今井知春図書館長様には、改めましてお礼を申し上げます。
ありがとうございました。
                  同志社大学鉄道同好会クローバー会 会長 田野城 喬

左メニュー撤去のお知らせ

こちら管理人小西です。
掲示板改修後より、Firefox、ChromeではなくInternetExplorerを利用しているユーザーでは、正常に掲示板が表示されていないことが判明しました。
以前から左に表示されていたメニュー(左フレーム)と改修後の掲示板との相性が悪いのが原因でしたので、フレーム構造は時代に合わないなどその他の理由もあり、左メニューはこの際撤去しました。会則や沿革、活動記録、青信号へのリンクは、掲示板上部のメニュー「クローバー会」に移動しました。

また、現在コメントを投稿するには登録ユーザである必要がありましたが、FacebookやTwitterアカウントを持っていれば、未登録ユーザでもコメント投稿できるようにしました。