昭和の電車 改訂版(161)ー阪神電鉄国道線71型ー

国道線についてはこの記事以外にもtsurukameさんや特派員さんから投稿がありました。

4 thoughts on “昭和の電車 改訂版(161)ー阪神電鉄国道線71型ー

  1. 阪神国道線の金魚、乗った記憶はありませんが、1972年10月浜田車庫の見学会があって私も参加しました。それまで中津付近で並行する阪急電車から見たことがあり、一度まじかで見たいと思っていたところでした。この見学会に参加したのは今も当会の会員のF氏、Y氏他7人、記念写真を見ると、案内してくれた社員の方も一緒に写っています。この後続いて阪堺電車の大和川車庫に行って、ここでも社員の方と一緒に記念撮影しています。この当時気軽に車庫見学ができ、対応する社員の方も親切に対応していただいていたのだと思いました。少し話がずれましたが、金魚鉢電車の思い出の一つです。

  2. 懐かしいです。昭和35~36年頃、自宅最寄りのバス停森小路八丁目から大阪駅迄、市バスもしくはトロリーバスで天神橋筋六丁目付近を通りかかって茶色の路面電車を車窓から眺めていました。バスは現在大阪メトロ谷町線とニアリーな路上を走っていました。なんでこんな場所から始発が出ているのか不思議に思っていましたね。後で阪神国道線と知りましたが、変な所から変な所を結んでいた路面電車です!

  3. 大津の86さん、
    栢山トーマス様、
    思い出をありがとうございます。
    私には国道線の思い出がないのです。子供の頃に車で通った時に突然道路中央に“電車が置いてあった”のでビックリしたことが唯一の思い出です。それがどこだったのか、大阪の地理に詳しくないので分かりませんが、国道二号線だったのでしょうか、うらさみしい、ほこりっぽい道だったように思います。

  4. 金魚鉢は最終日に友人と見に行きました。適当な写真しかありませんが阪急神戸線の梅田~中津間に近年まで阪神国道線の架線柱の跡が残っていたように思います。翌日からバスターミナルになるので路盤が工事中だった野田駅にて。

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