1987年を振り返る(その3)

9月6日、秋田の大学の友人を訪ねることになり、青春18利用なので、大垣夜行340Mで東京まで出て、上野から常磐線に乗り換え、北上する。日立電鉄に乗るため、大甕で降りる。上野から鈍行では約2時間半の道のりである。

1987.9.7 鮎川から大甕まではほぼ常磐線と並走

(日立電鉄から弘南鉄道大鰐線へ)

日立電鉄は、鮎川から常北太田まで18.1キロを運行していた電車線で2005年3月31日でもって廃線となっている。今にして思えば、もっと行っておくべきであったが、1992年には元営団地下鉄銀座線の2000型が入り高性能化されたことも足が遠のいた一因かもしれない。

1987.9.7 モハ14 鮎川 元相模鉄道(神中鉄道)のキハ1000型(1935年製)をモハ13型として電車化した。同型の車両は4両いた。

1987.9.7 左がモハ10、右がクハ2503 鮎川 モハ10は、日立電鉄の自社発注車(1943年製)、クハ2503は、相模鉄道から入線した。

1987.9.7 クハ2503 鮎川

1987.9.7 常北太田

1987.9.7 常北太田

日立電鉄を後にして、東北本線を鈍行でひたすら北上し、青春18利用だけではこの日のうちに秋田にたどり着けないので、盛岡から、たざわ13号で秋田入りした。翌8日、奥羽本線を北上し、弘南鉄道大鰐線を訪れた。今でこそ、といっても大分になるが東急ステンレスカーに統一されてしまっているが、この頃は、百鬼夜行と言えるくらい、多彩な出自の旧型電車が運行されていた。

1987.9.8 モハ3403は元東急 中央弘前付近

1987.9.8 クハニ1271(元買収国電サハニ71でその源流は伊奈電気鉄道サハニフ404、1929年製)

1987.9.8 クハニ1271 大鰐

1987.9.8 モハ3403 大鰐

1987.9.8 クハ2251(元国鉄モハ1201、源流は富士身延鉄道モハ101、1927年製)

1987.9.8 クハ1610(元国鉄クハ16222、1927年製)

1987.9.8 モハ108(鋼体は京急400型だそう)

1987.9.8 モハ108 大鰐

1987.9.8 モハ105(元秩父鉄道デハ14) 大鰐

1987.9.8 旧型国電17メートル車の世界

1987.9.8 中央弘前

2020.8.23 中央弘前、駅舎は変わっていないが現在の方が閑散としている様に見えた

2020.8.23 大鰐

その後、日光線に寄った後、また大垣夜行から近鉄ノンストップ特急に乗り換え帰阪した。日光線の165系もノンストップ特急も撮っていない。ノンストップ特急は、アーバンライナーの登場前で、記憶はあいまいだが18400系が使われていたのではないか、と思う。今ならガンガン撮るが、当時は移動の手段としか捉えてなかったようだ。

大鰐線は、33年ぶりに訪れたが、1987年よりも乗客が少なくなっているように見えた。電車はステンレスで輝いているが、元東急7000系ももはや製造から60年近く経ち非冷房。これはこれで貴重な存在と言える。

1987年の写真は、色調が怪しく恐縮至極である。ネガを実家の押し入れに箱に入れてしまっていたので湿気にやられたようである。別場所に保管していたスライドはそんなに退色していない。フィルムの保管は気を付けねばならないが後の祭りであった。

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1987年を振り返る(その3)」への5件のフィードバック

  1. 1981年と83年に東北を回っています。最初が学生時代、次が社会人1年目の夏休み。
    被写体の対象は非常に近く、1980年代いっぱいの地方の日常と生活の質、暮らしの中の電車たちの更新は進まず、古い車両がいっぱい走っていました。冷房がまだ国鉄でも進んでいなかったから。

    それと写真に写る中高生の通学風景は、都会は今も多いけれど、地方は未成年人口が2020年代の今は激減しています。これは地方で1年働いてみると衝撃に近いです。
    添付の写真は1983年8月の水郡線上菅谷。常磐線から日立電鉄に乗り、さらに乗り換えての風景です。日立電鉄が無くなった時もショックでしたが、ここにあったニコンの工場も閉鎖されたのでは。3ー40年で国内の空洞化は驚くほど進んでいます。

    • K.H.生様
      お付き合い頂き有難うございます。仰せの通り地方の疲弊感は半端ないと思います。今残っている地方の電鉄も東京から来た同じ車が多いですが、贅沢は言ってられません。地域の足を守る必死の努力に敬意を表するものです。

  2. ブギウギ様
    思い出の写真有難うございます。常磐線沿線は常総筑波、鹿島参宮、茨木交通、流山等々くせ者が多く見られ楽しい路線でした。日立電鉄は2005.3.31をもって鉄道廃止となりましたが、ブギウギさんが敬遠された京王重整備改造の営団(現東京メトロ)2000系を終点鮎川付近で2004.1.4に撮っていますのでご笑覧ください。左は並行して走る常磐線です。

  3. もう1枚の色違いの赤色ですが、終点鮎川から2~3駅歩いた大沼付近で2214+2003の常北太田行きです。最初の写真の黄色い車両は3025+3023の同じく常北太田行きです。銚子にも同じようなのが行ってましたね。京王の車両が伊予鉄から来ていますので出番があるのかどうかといったところです。

    • 準特急様
      コメントを頂戴し有難うございます。第三軌条の車両をパンタグラフ集電に大改造してまで導入するのは車両の大きさが丁度よかったのか、と推察します。他には名古屋市交から来た琴電志度線の600型700型が一大勢力となってます。それにしても京王重機整備のきめ細かなカスタマイズには感心します。

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