京王2600系

京阪500型は人気者であったが、京王2600系は人気者(?)であったかどうか。デジ青[14402]「元京王電車」2011年7月27日のコメントにでんかんしょまつり号さんから京王2600系は好きな電車なので公開せよと言われた。何れ、迷図作家関先生より紹介があるからその時に公開しようと思っていたが、どうも不人気なのか出てこないので今回発表することにした。私はこの電車は米手作市さん流の言い方をするなら不細工な電車と思っている。乙訓の老人さんは京阪500型は戦時中他の車両がへたった時に頑張った功労車と言われたが、京王2600系も功労車である。軌道イメージの強かった戦前の京王線14メートル車から脱皮するべく、新生京王帝都電鉄(1948年6月1日東急から分離独立)最初の新造車両として1950年に日立製110KW×4のデハ2601~2610の10両、翌年日立、日車製サハ2651~2655の5両計15両がつくられた。1950年生まれということは阪急京都線複電圧クロスシート車(一部ロングシート車あり)710系と同じ生まれ年である。710系はナニワ工機製全金19メートル車170KW×4(一部150KW×4あり)のMT編成で大阪~京都間ノンストップ特急に使われていた。この電車はスタイルがよく歌劇特急にも使われたことで京都線のプリマドンナとも言われた。一方、京王2600系は大型新造車とは言え、長さは半鋼製16.8メートル車で幅も2640ミリと狭く、車内は木製床で見劣りがした。正面非貫通3枚窓は湘南電車初期型に似るという人もいるが、ノーシル、ノーヘッダーに京王独特の前照燈2基(当初1基)の姿は不細工に感じた。台車も日立KBD-102という見慣れないウィングバネであった。阪急京都線710系は神宝線810系と共に阪急標準車両となり、特に810系は宝塚線の車両限界拡大に寄与したが、京王2600系も当時の京王線車両の大型標準化に寄与した車両と言える。しかし、両者は横綱と平幕か十両くらいの差に感じた。

1968年8月18日 まだ相模原線がない頃の京王多摩川支線からの2606他4連(回送?)が調布駅に進入するところ。この風景は昨年8月の調布駅付近の地下化により消滅した。▼

s-1968.8.18調布2606

1972年5月21日 代田橋付近を行く各停高幡不動発新宿行き後2604他6連▼

s-1972.5.21代田橋2604

1977年の12月の廃車が近づいた頃 2600系3連+2701の北野行き▼

s-1977.11.28高尾山口2600系4連 1977年11月23日 高尾~高尾山口 お別れ装飾電車▼

s-1977.11.23高尾山口2600お別れ

 

8 thoughts on “京王2600系

  1. 京王2600系は、つい最近「エンドウ」から16番の模型3連が発売されました。いかがでしょうか?価格は、231,000円です。私は、喉から手が出るくらい欲しかったのですが、価格面で断念しました。この価格でしたら、台湾に3回行けます。

  2. 16番とは凄いですね。2600系の悪口を書きましたが、京王としてはエポックメイキングの車両でレールランドに保存されてもよかったと思います。この時代の各社は吊り掛けからカルダンへ、半鋼から全金へ、台車もウイングバネやゲルリッツ等々技術進歩過度期の車両をつくり、興味深いものがあります。関東は車両の近代化・高性能化が関西に比べて遅れていたようで、京王2600系の後に続く2700系も吊り掛け、木製床であったと思います。東武に至っては吊り掛けモーターの7800系を昭和30年代半ばまでつくっていたと思います。西武も新造カルダン車の制御車の台車はTR11だったと思います。ほとんど記録していないのが残念です。

  3. 準特急様

    デカンショまつり号です。

    デハ2600の記事。待っていました。
    特徴のある車両ですよね。特に、前面三枚の車両は数多くありますが、非貫通で、真ん中の窓が極端に小さい車両は、比較的少ないのではないでしょうか?
    私が鉄道に興味を持ち始めたころ、高幡不動と多摩動物公園間で、2600系3連に2701を加えた四連で活躍していたことを思い出します。どちらかというと馬面ですから、ステップも張り出していたのでしょうね。
    まだ、カメラを手にする前でしたので、残念ながら、一枚も写真を撮っていません。
    せめて、模型ででも楽しみたいですが、HOで製品化されているなら、鉄道コレクションでも発売してほしいものです。

  4. デカンショまつり号さんの言われる2701はカラーの最初の写真に写っている新宿寄りの車両で、これはこれでそこそこのスタイルをしていましたが、2両目の2600はパンタを下して3M1Tを2M2Tにして各駅停車で運用されていました。何れにしましてもガラクタ編成でした。

  5. 準特急様

    阪急710型は加速性能も良く、急行で運転して気持ちの良い電車でした。ブレーキは中継弁付きA弁で抜けがよく、P6と違い下手くそでも止めることが出来ました。中継弁といえば1600型も抜けがよく止めやすかった思い出があります。この電車は動力系はP6でしたね。京王2600型と直接関係のないことで失礼しました。

  6. マルーン様
    イヤーそういう話は大歓迎です。お客さんはP6はリベット付きでごっつい電車ということを感じる人は感じていたかもしれませんが、710もP6も同じような電車と思って見ていた人がほとんどだったのではないでしょうか。その点P6近代版の1600は1300と同じスタイルで車内もほぼ同じなので吊り掛けとカルダンの駆動装置の違いはあるもののお客さんは1600は710よりは上等な電車と思っていたのではないでしょうか。そのうちに質問を用意して逆瀬川に押しかけますので宜しくお願い致します。

  7. 70年代後半は、単身赴任の父に会いに行ったり、大学受験で数回東京に行きました。
    当時は井の頭線にも京王線にもグリーンの電車がわずかに残っていました。
    急速に近代化の進んだ首都圏で、戦後の空気を残した電車に遭遇できたことは、運が良かったと思います。アコモデーションも性能も、過渡期の車両でしたが、今の緩い空気の全く無くなった東京エリアでは、想像できない旧いシネマのような記憶です。

  8. 思い出のコメントを有難うございます。
    古い話ですがローレル賞を受賞した井の頭線3000系、京王線5000系が出る前の車両はグリーン車でした。但し、京王線の2700、2000、2010系の一部や220系はアイボリーに赤い帯でした。これらはおっしゃられるように戦前の車両の220系を除き過度期の車両でした。ターミナルの新宿駅は板張りのホームで阪急梅田や南海難波と比べると雲泥の差でした。大手私鉄の中では最も貧弱な部類に属する京王の中で2600系はそれでも京王大型化の第一陣となった車両です。

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