鏡に映った”汽車”

 新年あけましておめでとうございます。本年も珍奇な投稿をしますがよろしくお願いします。

 ところで、ついに越年してしまった「備後・備中に消えた鉄道を訪ねて」であるが、いまだに新山の井笠鉄道記念館から進む気配はない。とにかく先に進めなけらばならないところであるが、ちょっとだけ寄り道。

 探し物をしていると一枚の写真が出てきた。このような写真を撮った覚えがない。どうもオヤジが撮ったようだ。

鏡に写った電車001

よく見ると鏡に映っているのはかつて北陸鉄道で走っていた「しらさぎ号」のようだ。さらに注意深く見てみると、大井川鉄道のどこかの駅で、向うから来るC56バック運転の”汽車“を撮ったようだ。ところで、鏡に「しらさぎ号」が映っているのは偶然だろうか?それとも意識的に撮ったものだろうか?この写真を見て、実は私もこのような写真をよく撮ることがある。これは遺伝なのだろうか。それで「鏡に映った”汽車”」の写真を数枚選んでみた。これらを見ると偶然ではなく意識的に鏡に映るように撮ったような気がする。ひょっとしたら鏡に映った「しらさぎ号」も多分意識的に撮ったものかもしれない。

 それでは一枚目の写真を。これは大糸線でのキハ52の運用がなくなるということで撮りに行った時に撮影地まで行こうとした”汽車”がキハ58と28の編成で、これも撮ろうとしたが混雑をしていてどうもうまくいかなかった。ちょっと上を見てみると鏡があり、うまい具合に”汽車”が映っている。そこを写真一枚。

鏡に写ったキハ28

これを見ると混雑具合がよくわかる。さて、このキハ58、28はどこから来たのか。乗ってみると謎が解けた。ワンマン運転の時に使用する料金表示に猪谷とあったから高山線で運用しているキハ58,28の出稼ぎであった。大糸線大騒ぎの一コマである。

 次の写真は完全に狙って撮ったものである。この写真は以前に「19184 鉄路の北前船と六文銭の里を走る電車 その4 再び直江津から敦賀へ」で使っている。

鏡に写った北陸線特急

この時は偶然に鏡に”汽車”が映ったように書いていたが、実は鏡に”汽車”が映ったものが撮れるようなポジションで撮ったのである。大変、おかしな姿勢でないと撮れない。長い間、”汽車”が来るまで、この姿勢をするのはかなりしんどいものであった。しかし、そこはうまいことしたもので、近くに踏切があり”汽車”が来ると警報がなる。そうするとそのしんどい姿勢でかまえればよいのである。しかし、”汽車”が速いのでシャッターを押すタイミングが難しく、一度は撮り損ねた。(シャッターを押そうと思っている間に、通り去ってしまった。)そして、再び踏切でカンカンカンと鳴る。無我の境地でシャッターを押したのがこの写真である。この時はフィルムカメラであるので現像して見るまでうまく撮れているかわからない。当たるも写真、当たらぬも写真である。フイルムカメラはこのようなハラハラ、ドキドキが楽しみの一つであった。デジカメはすぐに見ることができるので、こんな楽しみ方はなくなった。しかし、そのうちにデジカメらしい違った楽しみ方があるかもしれない。

 それでは最後に最新作を。これは昨年にDRFC現役生主催の「信楽高原鐵道応援ツアー」に参加した時、貴生川集合までの時間で近江鉄道を訪れ、日野駅で撮ったものである。

鏡に写った近江電車

駅で交換する”汽車”を撮るためにポジションを決めていると、乗って来た”汽車”が鏡に映っているのを見つけた。これであればいっぺんに二つの”汽車”が撮れる。一石二鳥である。日野駅の雰囲気もいいい。上下のホーム位置が構内の踏切をはさんで、ずれているのが面白い。地上ホームであった京阪四条駅も道路の踏切をはさんで位置が違っていたが、周辺が田んぼなので日野駅は別にホームをずらす必要がないと思うのだが。何でやねん。

 これで「鏡に映った”汽車”」の写真はおしまいである。ちょっと待って。電車やのに何で”汽車”かって。それぞれ動力によってディーゼル列車とか特急電車とか普通電車とかにすればよいのであるが、昨年にある本を読んでから”汽車”という言葉を使うのもいいなあと思っていた。その本というのは「佐藤喜一著 鉄道の文学紀行 茂吉の夜汽車、中也の停車場」である。この著者の方は1930年生まれであとがきによると鉄道屋になりたくて大学は技術系の学部を選んだのであるが、文学も好きであったので転轍機を切り替えて文学科を卒業して高校教師になったという。この本は2006年発行であるがどうも再版されていないようで、今は古本を購入するか、図書館で所蔵していれば借りて読むしかない。私は近くの図書館で見つけてパラパラとめくっていると、替佐駅という活字が目にとまった。飯山線狂化合宿のことが頭にあったので借りて読んでみると面白く、鉄道趣味でもこんな趣味があるのかと思った。考えてみると鉄道趣味の懐の深さを感じてしまう。そして、”汽車”については「はじめに」のなかにこのように書かれてある。

「日常の足は〈汽車〉とは言わないが、非日常の世界へ人びとを運ぶ列車は、動力のいかんにかかわらずすべて〈汽車〉だった。 三つ子の魂百までとやら、だから今でも〈汽車〉なのである。「のぞみ」「はやて」であろうと、「あずさ」「しおさい」であろうと、断固として〈汽車〉なのだ。」

今回はなんでもかんでも”汽車”を使ったが、これからは”汽車”という言葉をできるだけ使って行こう。ところで乙訓の長老様であれば”電車”となるのかな。

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