【73927】はじめまして。

はじめまして。
初めて投稿させていただきます、同志社大学鉄道同好会の渉外担当です。

我々の活動をより知っていただきたく思い、アカウントを制作していただきました。

早速ですが・・・

本日、国立京都国際会館にて「地下鉄に乗って国際会館に行くっ!」というイベントが行われました。
当会も出展し、京都市内の路線をイメージしたプラレールやNゲージの体験運転を行いました。

IMG_1271

20160730_105541

IMG_20160730_104721

今後もイベントの告知や報告などを随時投稿させて頂きたいと思います。
よろしくお願いいたします。

同志社大学鉄道同好会
渉外担当


【73905】温泉直行便は高速線

国鉄福島駅から飯坂温泉に直行する飯坂西線は、福島市を取り巻く農村地帯を結ぶ飯坂東線とは別の性格を有し、独立したものであった。そこで西線を独立させ高規格路線に仕立て直したのであった。長岡車庫では西線の車両とは言わず高速線の車両と言っていた。先日、瀬古龍雄氏の調査記述をピク誌477号で発見、それを参考に話を進めることにしよう。写真3枚は第2次世界大戦前後、福島に疎開された野崎さんが昭和23年頃に撮影されたもので、映りは悪いが貴重なものである。 記事の続きを読む


【73884】ほろ苦い「或る想い出」

先に「或る列車」を投稿したが、実はこれに関し、ややほろ苦い想い出がある。50年近く前だったか―記憶は定かでないが、ある時ある人(故人だから実名を出しても差し支えないか。確か茅ヶ崎在住だったかの松本一なる御仁)から、「或る列車」に関しての図や資料類の提供を頂けないかとの要望を受けた。どんなルートで、どこで知ったのか、手書きガリ版時代の「青信号」4号(号数は青信号特派員氏が先般教えて下さった)の小生の記事を見たらしい。他人では絶対になし得ない精密な模型を作りたいとの意気込みで、それはご奇特なと全面協力した。今だから話せるが、勤務中に業務用の4×5スピグラ(当時20万円したプレスカメラで前板だけだがあおりが利く。米国グラフレックス社製でボディは木製、レンズはコダック製エクター5吋=ピントの良さは抜群)で鉄道趣味26号「或る列車」公式写真を複写。その他昭和3年版の客車形式図下巻からの形式図コピーに、小生撮影や所蔵写真など、できる限りのものを揃えて差上げた。

初対面ではあったが真面目そうな人で、腕は確か=モデルマニアというより、職人という感じだった。実は彼は自分用ではなく、某大金持ち氏のお抱え職人であり、抱え主の趣味というか、要望で次々と大サイズの精密模型を作り続けていたのであった。もうお分かりかと思うが、某大金持ちとは、これも故人の原信太郎氏(コクヨ重役)である。

芦屋六麓荘の広大な原邸内に、ちょっとした体育館?ぐらいの別棟があり、ここに彼の口癖である「博物館」が展開していた。1番軌間の線路が敷き回され、2階やらあらゆるアングルでそれを見ることが出来る。電車は架線集電で、スパーギヤ1段駆動。直流モーターだから、手で押すと、モーターが発電機になり、その発生電流で、隣の線にいる別の電車も少しだが動く(事実だった)のがご自慢であり、車輌数は数知れず。彼の好みの電車等が山ほどあり、「或る列車」もそのコレクションの一環であったとは、これも遙か後日知ることになる。模型列車走行中、原氏(常に和服で白足袋姿であった)は、一人ハモンドオルガンを弾き、ご満悦であった。

松本氏は阪国の「金魚鉢」も作りたいというので、当時小生が住んでいた伊丹の中野=尼宝線沿線に好事家が保存しているのを教えた。彼は寸法を実測しに行き、その成果も原コレクションの一員になったのであろう。こんな実情を知ったのは、恐らく20年以上後だったか。別段騙されたというわけでもなく、まあお人好しにもホイホイと全資料を、熨斗を付けて呈上させて頂いただけの話だが、やはり何か少しほろ苦い想いも正直消し難い。

こんな個人的なことを今更思い出し、わざわざ記すのは、「或る列車」に関し先日デジアオにアップしたことに重なり、偶々だが、横浜の原鉄道模型博物館での「原信太郎世界の旅展」中に、「いま話題の『或る列車』模型を見てみよう」なるコーナーがあって、展示されていると漏れ聞いたからである。原氏の模型観は独特(模型観だけではないが)で、室内等にはあまりこだわらなかったようだから、職人松本氏も小生の(50年前)資料で十分だったのであろう。ついでながら、東武鉄道がオランダはマドローダムの有名な野外ジオラマ―やはり1番軌間ぐらいの模型鉄道が走りまくっている―の日本版コピーの如き庭園鉄道を展開しているが、その車輌全部が松本一製だそうな。彼は確かOJ軌間だったかで、津軽鉄道DC201のキットも発売したことがあったはず。

 


【73866】脱線しにくい台車のこと(続報)

荒木祥智様から試験台車を履いているのはJR東のサハ204-105だと教えて頂き、早速(遅れ馳せながら)確認のために山に登ってきました。まずは全景から。

平成28年7月25日 三菱重工三原 和田沖工場試運転線風景

平成28年7月25日 三菱重工三原 和田沖工場試運転線風景

標準レンズで撮るとこんな感じで、車両の位置が判りにくいでしょう。中央やや左寄り 川沿いの木立の手前にマルーン2両+アルミ色1両が停まっています。 記事の続きを読む


【73844】台湾の旅その4(CT273追っかけ2日目)

今日も約束していた8:30の5分前に古さんは来てくれました。CT273の運行は昨日と反対方向で台東発は9:50、少し時間あるので台東の旧駅に寄ってみました。ここはかつて東部幹線の終着駅で、町の中心部にありましたが、南廻線の開通後、旧卑南駅から旧台東駅の間は盲腸線となり、2001年にこの区間は廃止されて卑南駅が今の台東駅となりました。それから15年経ちましたが現在の台東駅の周辺は民宿がぽつぽつ立っているだけで賑わいはありません。旧台東駅はバスターミナルとなっていてその横に昔のホームと車両が保存されていています。

IMG_6228k↑ホームは看板がそのままに残されています。 記事の続きを読む


【73822】北陸鉄道モハ5000型

数年前に山中温泉へ行きましたが、こんな電車が走っていたとは知りませんでした。
それにしてもこの当時の電車はよく似ていますね。よく似た電車の写真展でもしたらおもしろいでしょうね。

北陸鉄道モハ5000型_NEW


【73781】備後の小ネタ2題

相も変わらず新聞ネタで失礼します。

1.広島県立歴史博物館の鉄道展

福山駅のすぐ北側にある同館で7月22日から9月11日まで開催される企画展「ひろしま鉄道ヒストリア」の紹介記事です。同館は何年かに一度鉄道展を開き、図録も出されています。今回もあるのでしょうか。鞆鉄や両備鉄道のコーナーも気になります。私は講演会のある日に訪れるつもりです。

H28-7-21 中国新聞朝刊

H28-7-21 中国新聞朝刊

記事の続きを読む


【73670】台湾の旅その3 (CT273追っかけ初日)

昨日約束していた通り8:30にタクシーがやってきました。ドライバーは古さん、娘さんが高校生だと言っていたので40代後半でしょうか。もと観光バスの運転手をしていたそうで、そのためか安全運転で対応も大変丁寧、停車するとすぐに運転席から降りて後部のドアを開けてくれます。いちいち開けなくてもよいよと言うのにこの習慣は最後まで続きました。

ホテルを出るとまず台東駅に行き、朝早く高雄を出られたクモハ73106東ウラさんとデカンショまつり号さんをピックアップして途中Kさんから頂いた撮影地ガイドを逆にたどって確認しながら玉里に向かいます。途中池上の駅弁博物館に寄って昼食の弁当を買い込みました。台東から玉里まで約80km、1時間40分の道のりを寄り道しながら、11時ごろ最初の目的地玉里の南、超有名撮影地赤い鉄橋のところに着きました。すでに車が何台も停まっていて50人位いたでしょうか、待っている間にもどんどん増えて最終的には100人くらいが到着を待ち受けました。

IMG_6068k

↑ 台湾の鉄道迷(鉄道ファン)は結構女性が目につきます。

記事の続きを読む


【73651】デジ青、無事再開!

7月12日朝、デジ青の突然の消滅でご心配をおかけしましたが、今朝ようやく再開復旧なりました。当初は原因不明、管理者のジュニアーが海外への新婚旅行中、サーバー会社とはサポートのない契約上もあって、解明に手間取りましたが、何とか復旧への糸口を探し当てました。
2日間、皆さま方にはご心配をおかけいたしまして申し訳ございません。日頃から予期せぬことが起こる可能性がある事は分っていましたが、タイミングが悪かったです。
現在、完全復旧なったものか確認をしておりますが、ここがおかしくなっていると気づかれた方がおられましたら、コメントに書き込みください。よろしくお願い申し上げます。