はじめまして。

はじめまして。
初めて投稿させていただきます、同志社大学鉄道同好会の渉外担当です。

我々の活動をより知っていただきたく思い、アカウントを制作していただきました。

早速ですが・・・

本日、国立京都国際会館にて「地下鉄に乗って国際会館に行くっ!」というイベントが行われました。
当会も出展し、京都市内の路線をイメージしたプラレールやNゲージの体験運転を行いました。

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今後もイベントの告知や報告などを随時投稿させて頂きたいと思います。
よろしくお願いいたします。

同志社大学鉄道同好会
渉外担当

温泉直行便は高速線

国鉄福島駅から飯坂温泉に直行する飯坂西線は、福島市を取り巻く農村地帯を結ぶ飯坂東線とは別の性格を有し、独立したものであった。そこで西線を独立させ高規格路線に仕立て直したのであった。長岡車庫では西線の車両とは言わず高速線の車両と言っていた。先日、瀬古龍雄氏の調査記述をピク誌477号で発見、それを参考に話を進めることにしよう。写真3枚は第2次世界大戦前後、福島に疎開された野崎さんが昭和23年頃に撮影されたもので、映りは悪いが貴重なものである。 続きを読む

ほろ苦い「或る想い出」

先に「或る列車」を投稿したが、実はこれに関し、ややほろ苦い想い出がある。50年近く前だったか―記憶は定かでないが、ある時ある人(故人だから実名を出しても差し支えないか。確か茅ヶ崎在住だったかの松本一なる御仁)から、「或る列車」に関しての図や資料類の提供を頂けないかとの要望を受けた。どんなルートで、どこで知ったのか、手書きガリ版時代の「青信号」4号(号数は青信号特派員氏が先般教えて下さった)の小生の記事を見たらしい。他人では絶対になし得ない精密な模型を作りたいとの意気込みで、それはご奇特なと全面協力した。今だから話せるが、勤務中に業務用の4×5スピグラ(当時20万円したプレスカメラで前板だけだがあおりが利く。米国グラフレックス社製でボディは木製、レンズはコダック製エクター5吋=ピントの良さは抜群)で鉄道趣味26号「或る列車」公式写真を複写。その他昭和3年版の客車形式図下巻からの形式図コピーに、小生撮影や所蔵写真など、できる限りのものを揃えて差上げた。

初対面ではあったが真面目そうな人で、腕は確か=モデルマニアというより、職人という感じだった。実は彼は自分用ではなく、某大金持ち氏のお抱え職人であり、抱え主の趣味というか、要望で次々と大サイズの精密模型を作り続けていたのであった。もうお分かりかと思うが、某大金持ちとは、これも故人の原信太郎氏(コクヨ重役)である。

芦屋六麓荘の広大な原邸内に、ちょっとした体育館?ぐらいの別棟があり、ここに彼の口癖である「博物館」が展開していた。1番軌間の線路が敷き回され、2階やらあらゆるアングルでそれを見ることが出来る。電車は架線集電で、スパーギヤ1段駆動。直流モーターだから、手で押すと、モーターが発電機になり、その発生電流で、隣の線にいる別の電車も少しだが動く(事実だった)のがご自慢であり、車輌数は数知れず。彼の好みの電車等が山ほどあり、「或る列車」もそのコレクションの一環であったとは、これも遙か後日知ることになる。模型列車走行中、原氏(常に和服で白足袋姿であった)は、一人ハモンドオルガンを弾き、ご満悦であった。

松本氏は阪国の「金魚鉢」も作りたいというので、当時小生が住んでいた伊丹の中野=尼宝線沿線に好事家が保存しているのを教えた。彼は寸法を実測しに行き、その成果も原コレクションの一員になったのであろう。こんな実情を知ったのは、恐らく20年以上後だったか。別段騙されたというわけでもなく、まあお人好しにもホイホイと全資料を、熨斗を付けて呈上させて頂いただけの話だが、やはり何か少しほろ苦い想いも正直消し難い。

こんな個人的なことを今更思い出し、わざわざ記すのは、「或る列車」に関し先日デジアオにアップしたことに重なり、偶々だが、横浜の原鉄道模型博物館での「原信太郎世界の旅展」中に、「いま話題の『或る列車』模型を見てみよう」なるコーナーがあって、展示されていると漏れ聞いたからである。原氏の模型観は独特(模型観だけではないが)で、室内等にはあまりこだわらなかったようだから、職人松本氏も小生の(50年前)資料で十分だったのであろう。ついでながら、東武鉄道がオランダはマドローダムの有名な野外ジオラマ―やはり1番軌間ぐらいの模型鉄道が走りまくっている―の日本版コピーの如き庭園鉄道を展開しているが、その車輌全部が松本一製だそうな。彼は確かOJ軌間だったかで、津軽鉄道DC201のキットも発売したことがあったはず。

 

脱線しにくい台車のこと(続報)

荒木祥智様から試験台車を履いているのはJR東のサハ204-105だと教えて頂き、早速(遅れ馳せながら)確認のために山に登ってきました。まずは全景から。

平成28年7月25日 三菱重工三原 和田沖工場試運転線風景

平成28年7月25日 三菱重工三原 和田沖工場試運転線風景

標準レンズで撮るとこんな感じで、車両の位置が判りにくいでしょう。中央やや左寄り 川沿いの木立の手前にマルーン2両+アルミ色1両が停まっています。 続きを読む

台湾の旅その4(CT273追っかけ2日目)

今日も約束していた8:30の5分前に古さんは来てくれました。CT273の運行は昨日と反対方向で台東発は9:50、少し時間あるので台東の旧駅に寄ってみました。ここはかつて東部幹線の終着駅で、町の中心部にありましたが、南廻線の開通後、旧卑南駅から旧台東駅の間は盲腸線となり、2001年にこの区間は廃止されて卑南駅が今の台東駅となりました。それから15年経ちましたが現在の台東駅の周辺は民宿がぽつぽつ立っているだけで賑わいはありません。旧台東駅はバスターミナルとなっていてその横に昔のホームと車両が保存されていています。

IMG_6228k↑ホームは看板がそのままに残されています。 続きを読む

備後の小ネタ2題

相も変わらず新聞ネタで失礼します。

1.広島県立歴史博物館の鉄道展

福山駅のすぐ北側にある同館で7月22日から9月11日まで開催される企画展「ひろしま鉄道ヒストリア」の紹介記事です。同館は何年かに一度鉄道展を開き、図録も出されています。今回もあるのでしょうか。鞆鉄や両備鉄道のコーナーも気になります。私は講演会のある日に訪れるつもりです。

H28-7-21 中国新聞朝刊

H28-7-21 中国新聞朝刊

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台湾の旅その3 (CT273追っかけ初日)

昨日約束していた通り8:30にタクシーがやってきました。ドライバーは古さん、娘さんが高校生だと言っていたので40代後半でしょうか。もと観光バスの運転手をしていたそうで、そのためか安全運転で対応も大変丁寧、停車するとすぐに運転席から降りて後部のドアを開けてくれます。いちいち開けなくてもよいよと言うのにこの習慣は最後まで続きました。

ホテルを出るとまず台東駅に行き、朝早く高雄を出られたクモハ73106東ウラさんとデカンショまつり号さんをピックアップして途中Kさんから頂いた撮影地ガイドを逆にたどって確認しながら玉里に向かいます。途中池上の駅弁博物館に寄って昼食の弁当を買い込みました。台東から玉里まで約80km、1時間40分の道のりを寄り道しながら、11時ごろ最初の目的地玉里の南、超有名撮影地赤い鉄橋のところに着きました。すでに車が何台も停まっていて50人位いたでしょうか、待っている間にもどんどん増えて最終的には100人くらいが到着を待ち受けました。

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↑ 台湾の鉄道迷(鉄道ファン)は結構女性が目につきます。

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デジ青、無事再開!

7月12日朝、デジ青の突然の消滅でご心配をおかけしましたが、今朝ようやく再開復旧なりました。当初は原因不明、管理者のジュニアーが海外への新婚旅行中、サーバー会社とはサポートのない契約上もあって、解明に手間取りましたが、何とか復旧への糸口を探し当てました。
2日間、皆さま方にはご心配をおかけいたしまして申し訳ございません。日頃から予期せぬことが起こる可能性がある事は分っていましたが、タイミングが悪かったです。
現在、完全復旧なったものか確認をしておりますが、ここがおかしくなっていると気づかれた方がおられましたら、コメントに書き込みください。よろしくお願い申し上げます。

ブリル3軸台車

日本のボギー客車は当初台車共の輸入で、すぐ車体の国産化がなされたが、中には台枠だけの輸入もある。概ね1906年の私鉄国有化直前時点では、ボギー客車といえども台車とも国産化が通常だった。例外は九州鉄道が1907年7月1日の国有化前に発注した、連結器と車体幅以外100%米国スタイルの豪華5輌編成で、米国ブリル社からの輸入であった。到着したときは国有化後で、そのまま鉄道院の記号番号が付された。
「或る列車」鉄道趣味28号より
「或る列車」鉄道趣味28号から バッファーが独特な形状である 続きを読む

台湾の旅その2(南廻り線で台東へ)

2日目は朝ゆっくりとして9時35分の自強で枋寮へ、駅前のコンビニで弁当とビールを買っていると日本人の同業者に会いました。やはり普快車に乗って台東へ行くらしく、駅に戻る道でももう一人日本人に会い、私入れて3人の日本人が乗車しました。IMG_6000k

↑ 枋寮駅にて、3両編成の普快車

普快車に乗り込むとクーラーはなく、窓も締め切った状態だったので車内は完全に蒸し風呂状態、天井の扇風機も熱い空気をかき回すだけで役に立たず、窓を全部開け放ちましたが風は入ってきません。走り出してようやく人心地着きました。 続きを読む

はにかみの国、ミャンマーへの旅 2016年 準備編 ショック!ヤンゴン市電運行停止

家の事情で海外遠征をしばらく封印してきましたが、ようやく解けました。それでは終焉近くになったインドネシアジャワ島に走るシュガートレインを撮りに行きたいと神谷さんツアーに申し込みました。お聞きしますとジャワ島だけでなく、帰りにはタイにも飛んでC56も撮影すると言われました。バンコクまで行くんだったら広島市電が走るミャンマーヤンゴンはLCCに搭乗して約1時間半の近さで、チケット代も往復1万5千円前後の安さです。
ヤンゴン行きは2013年に続いて2回目です。これは行ってみる機会が訪れたと、早速計画を練って航空券やホテルの手配、そして先日ミャンマーのビザ申請を行いました。

ヤンゴン市電07▲ YouTubeに「ミャンマー初!路面電車がやってきた」を見つけました。
ヤンゴン市電06
ただ広島市電の走っているヤンゴン市内線がどこを走っているかよく分りません。中華特急の蔵重さん訪問記を再読しながら探しますと環状線の走っているまだ海よりに貨物列車が走っていた国鉄臨港線があって、ここから以前はDC1両が運行している記事がありました。臨港線はその後電化されて路面電車が走れるようになりました。
このために日本から輸出されたのは、広島で走っていた昭和25年製の旧大阪市電1831772号、昭和38年製の旧西鉄1101,1201の3005号3006号の3両です。今年2016年1月10日に発車式が行われ運行が開始されました。 続きを読む

黒部の黒薙で見たものは

 クローバー会富山ツアーの1日目はトロッコ乗車組として黒部峡谷鉄道に乗って黒薙に行くことになった。目的は温泉に入るために行くのではない。とにかく、行ってみよう。何かがあるかもしれない。

web黒部峡谷鉄道宇奈月駅

宇奈月駅からトロッコに乗り込む。いざ、黒薙へ・・・

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地方私鉄での京王帝都5000系

京王帝都5000系の譲渡先の姿としてデジ青【73063】で一畑電鉄のそれを取りあげたが、今回は一畑以外の残りである。全部網羅といきたいところであるが個人の力では限界があるので補足写真があれば幸いである。

まず一畑と同様に車両カラーがバラエティーに富む富士急である。最初は元京王帝都5000系の富士急1000、1200のオリジナルカラーである。1000、1200は車内シートのロング、クロスの違いである。この1208の編成は既に廃車されているが、もとJR205系である6000系入線により他の元京王車にも廃車が出ている。ところで最初に説明すべきであったが京王は日本では数少ない1372ミリゲージのため他社譲渡に際しては台車を履き替えたり改造しておりここでは営団(現東京メトロ)3000系のFS510である。

2010.5.21 寿-三つ峠 大月行き1308+1208 ▼s-10.5.21三つ峠1308+1208大月行き

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お入用の方あらば

1967年~85年ごろの、新聞、時事通信ファクシミリニュース(報道機関用)等のスクラップブックが3冊あります。小生の趣味として、経営不振私鉄廃止(頸城鉄道自動車、寿都鉄道、南部鉄道、阪神国道線等々)、江若鉄道廃止、国鉄赤字、第3セクター転換関連などです。神戸新聞に連載された「私鉄を走る」(片上、下津井、北丹、別府等)、日経連載「ローカル線」などなど。小生傘寿が目前(目出度いことなんぞなーんにもないが)ですので身辺整理の一環として、お引き取り下さる奇特なお方はいらっしゃいませんか。できることならば「着払い」でお願いしたいのですが。
尼港線

 

台湾の旅その1(高雄軽軌)

6月9日は台湾の鉄道記念日に当たる鉄路祭でこの時期いろんなイベントで記念列車が走ります。今年はCT273と呼ばれるC57が走ることになりました。準特急先輩のご紹介でお近づきになったクモハ73106東ウラさんよりお誘いいただき、運転される6月25,26日に合わせて台湾に行ってきました。メンバーはクモハ73106東ウラさんと昨年もご一緒させていただいた不銹鋼號さんに加え、DRFCきっての台湾通デカンショまつり号さんの4人、私は一足先に6月23日に出発しました。
まず目指したのは高雄軽軌、ここは昨年12月より一般の試乗ができることになり、1月に台湾に行った時に試乗しましたが、出発直前の高雄軽軌のWebで6月20日から試乗区間が延長されるというニュースを見てもう一度訪問しようと思いました。ところが出発の前日もう一度このWebページ見ると削除されていたのです。とりあえず現地で確かめるしかないと思いホテルに荷物を置くとすぐに地下鉄凱旋駅最寄りの前鎮之星駅に行きました。ホームの案内を見ると以前と全く同じ、C1籬子内からC4凱旋中華まで30分おきの運転となっています。どうも何か不具合があって予定が変更になったようです。しばらくしてやってきた車両はラッピングされていて内部が全く見えません。IMG_5965k

↑5連接車のガラス面全体がラッピングされていて車内は見えず。

よく見ると細かい水玉模様で絵が作られていて、車内からは少し暗いものの外はよく見えます。 続きを読む