貝島炭礦 大之浦炭砿専用線
私鉄・専用線の蒸機は、国鉄以上に忘れ去られた感がありますが、紫の1863さんらの暖かいコメントにも励まされて続けます。筑豊の中心部に貝島炭礦大之浦炭砿専用線がありました。長らく出炭を続け、閉山による蒸機の廃止は昭和50年代に入ってからで、九州では、国鉄にはすでに無く、最後の蒸機となりました。しかも蒸機は、コッペル、アルコと言った輸入機です。魅力一杯の貝島ですが、アプローチが問題でした。国鉄最寄り駅は、宮田線の終点、筑前宮田ですが、一日数本の閑散線、そこからさらに先とあっては使いづらく、雑誌を読んでも西鉄バスを推奨、網の目に張り巡らされた、複雑な西鉄バスの路線、しかも飯塚、直方からは直通は無く、乗り換えが必要と言う難関ルートでした。当時の乏しい資料を何度も読み解いて最寄りの「長井鶴」バス停に降り立ったのが、昭和43年3月のことでした。▲長井鶴のすぐ近くに貝島の六坑駅があり、機関区もあって運輸上の中心となっていた。ここから、国鉄筑前宮田駅までの専用線が、当時のメインの路線、石炭を満載した自社の石炭車を多く連ねた、先頭32号 後補機22号の列車。