ターンテーブル上の前中扉バス
市電伏見線が廃止されたのが昭和45(1970)年、その市電ルートをトレースする代替バス81系統が新設されたほか、そのほかの系統も中書島を経由・発着するようになります。市電乗り場は、京阪中書島駅の北側の一線分のみスペースしかなく、バスの折り返しには十分なスペースがありません。昭和48年11月、近くに横大路車庫が開設された際に、終端部分にターンテーブル(転回場)が設けられ、バスは一回転して向きを変えて乗り場に着くようになります。ほかにも京都周辺でも、狭くて方向転換が困難な終点にターンテーブルがありますが、社用地内が多く、ここ中書島は、乗り場のすぐ横から自由に観察ができました。
▲まだツーマンが多かった時代、当時のバスは10年程度で新車に置き換えられていた。狭隘区間があったりして、新車ワンマン化が困難な事情もあり、ついにツーマンの新車が昭和47年にデビューしている。それが「京2・799」のいすゞBU04で、798~800の3両があった。この時期の市バス新車は、すべて前後扉にあって、3両だけの貴重な前中扉、しかも好みのNSK“カマボコ”スタイル、しかも行先は「淀」一字のみ、長い行先名の多い京都には珍しい潔さだ(昭和49年)。










本日、常磐線でE493系の試運転があるという情報をいただき、車で30分ほどの常磐線牛久~竜ケ崎市に行ってきました。JR東日本の機関車を置き換えるため登場した事業用車のE493系が死重のEF8198をけん引して、水戸まで往復したようです。機関車を置き換えるため登場した車両が機関車をけん引する姿は滑稽でもありました。それにしても顔は201系そっくりです。











