昭和の電車 改訂版(13)ー阪堺電車デト11号ー

申し訳ありませんが、私には全くお手上げです。
どなたか、お助けください。

 

7 thoughts on “昭和の電車 改訂版(13)ー阪堺電車デト11号ー

  1. 前回(2011年1月18日)では、やっぱり長老様が解説されていました。
    『・・付け加えるとすれば台車がブリル27GE1改であることでしょう。改とはこの台車新造時、枕バネ上部にコイルバネがあり、当節の空気バネのごとく、ふんわか気分の乗り心地であったと伝えられている。それがアダとなったのか、その後に取り外され満員電車対応台車となったようだ。それでデトとなり砂利運びに適応出来たとか。おそらくこの台車は1911年、阪堺電車開業時のものと思われ、長崎電軌168号の台車と共に、日本に残る明治遺産であろうと思われる。
    デト運転台下を覗いて下さい。主電動機が外吊りになっている。これも特長の一つ。台車のホイールベースを短くして、急カーブ対応の市内電車用であった。』とありましたがその時も他にはだれからもコメントがなかったので寂しい思いをしたものです。

  2. デト11の台車は村田式台車(ボギー台車)を考えるうえで重要なものです。乙訓の長老様から村田式台車を調べてえ~な、と言われて調べていくとデト11がはいているブリル27GE1台車を改造したものと言われています。私はいろいろ考察した結果、改造したものでないと推察しています。まずはブリル27GE1台車を見なければいけないので、阪堺線の電車祭りでイベントの舞台にデト11が引っ張り出されると聞いて行ったのですが、垂れ幕なので見ることができませんでした。そのことを乙訓の長老様にいうと写真があるからと、見せてもらいました。今もそのプリントを大事に保管しております。その写真が下の写真です。村田式台車とブリル27GE1台車を比較すると枕バネの釣り機構が同じ考え方で設計されていることがわかりました。これについてはブリルのカタログを乙訓の長老様よりコピーをいただき調べてみました。詳細は2013年7月23日投稿「信貴電の不思議 村田式台車を考察する その2」を読んでいただいたらと思います。ちょっと長いし、わかりにくいかもおしれませんが。

    • どですかでんさんの物知りにはいつも感心しております。「村田式台車」なるモノがあることさえ知りませんでした。「村田銃」は知っていますが・・

      • 私も乙訓の長老様から聞いたのが最初でそれまでは何も知らなかったのです。最近は便利なものでネットで検索すると関連する文献がわかり、文献を所有する図書館で調べればいいのですから。最初に村田式台車のことがわかったのはピクトリアルNo.727に載ってある吉川文夫さんの記事で「信貴生駒電鉄開業時の車両101形を探る」です。これもネットで文献を検索して、図書館で閲覧しました。乙訓の長老様のきっかけがなければ村田式台車など、今でもなんのこっちゃということだと思います。

  3. デト11は、私も撮っていました。ちょうど西暦2000年のことですが、乙訓の老人様が所属されていた趣味団体が、あびこ車庫を見学することになり、「お前も付いて来い!」と引っ張ってもらい、愛嬌のあるデト11を写しました。あれからもう20年が経ちました。デト11はいまでも元気なようで何よりです。

      • 特派員さん、
        写真ありがとうございます。
        見比べると、マークが代わっていること、尾灯が変わっている、排障器が違うことぐらいで、ほぼ原型!見比べるのは楽しいですね。

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