保存蒸機とその現役時代(11)

最近、何かとトラブルの多いJR北海道であるが、今回もその北海道の保存機関車とした。

まず、宗谷本線の和寒駅に近い郷土資料館恵み野ホール前に展示されているD51337。 晩年の北海道スタイルそのものである。↓

s-13.7.2和寒D51337

s-13.7.2和寒D51337説明板

この機関車は1966年9月6日稚内6時45分発324Dで旭川に向かう途中、和寒で撮影したものと思う。思うといういい加減な表現で恐縮であるが、和寒で6分停車の間に交換する321列車C5548を撮影しており、その時に側線にいたD51337[名寄]を撮影した記録メモがある。しかし、D51の写真にはターンテーブルが写っており、名寄で撮影した可能性もある。和寒にターンテーブルがあったのかどうか定かでない。現地のファンに確認を求めたが古い時代のことであり、名寄か和寒かは確認できていない。↓

s-66.9.6和寒D51337

次は保存機は全国で2両のみというD50である。梅小路に保存されいるD50140は鳥栖で現役時代を、梅小路保存はDRFCの皆さんと2011年11月に扇形庫で撮影している。もう1両はD5025で石北本線北見駅から7~8分にある三治公園という小さな公園に保存されている。屋根はないが比較的きれいな保存状態であった。説明板によると1924年(大正13年)9月川崎造船で製造、D50全380両のうちの1両とある。さらにRM誌によると1954年に内地から北海道岩見沢機関区に配属され、1968年追分機関区で廃車となり、1970年に保存されたとある。古い話であるが当初はD50でなく9900型の9924としてデビューしている。2013年7月2日北見市三治公園保存機D5025↓

s-13.7.2北見D5025

s-13.7.2北見D5025横

1966年9月3日室蘭本線登別~富浦間を行く上り貨物のD5025[鷲別]↓

s-66.9.3登別D5025

 

 

2 thoughts on “保存蒸機とその現役時代(11)

  1. 準特急さま
    名寄か和寒かとお悩みのようですが 和寒だと思います。名寄なら背景の丘陵がもっと遠いはずで、スキー場の草地が見えるのも和寒と思われます。塩狩峠越えには上り下りとも正位で補機が付いていましたので、ターンテーブルがあったと思います。余談ながら 冬季に塩狩駅前のユースに泊り 割り当てられた燃料だけでは寒さがしのげず、余りの寒さに夜中にこっそり燃料(オガ炭)を失敬し、暖を取ったことを思い出すのが塩狩、和寒です。 

  2. 西村雅幸さん! いつも有難うございます。和寒が塩狩峠の補機の出発駅であったことは頭にありましたが、西村さんの直ぐ後に渡道し、その和寒が特急停車駅にもかかわらず無人駅であったため、昔、ターンテーブルがあったのかどうか心配になってきました。メモには確かに和寒となっていたこともありこれで悩みが解消しました。和寒の後、名寄駅進入手前車窓右手の名寄公園の丘にキマロキ編成の保存が見えたので急遽訪問しました。59601とD51398はともに現役時代未撮影でした。この日は岩見沢、神居古潭、和寒、名寄と4か所の訪問でした。ところで私はユースには泊まらなかったですが、塩狩峠で撮影したことがあります。和寒か名寄かの確認を求めた地元名寄の若いファンは塩狩峠で撮影中に熊を見たそうです。北海道ですからヒグマで、蛇より怖いです。

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