2014年 ドイツ、メルヘン鉄道の旅 Part16 ハルツ狭軌鉄道 その2

3433▲ 交換待ちに蒸気機関車運転席を見ていると、お招きをいただきました。

外観はご覧のとおり、どの蒸気機関車も磨かれて黒光りする美しさですが、運転席内もこれでもかと磨き上げられています。ほとんどの機器が新品かと見間違うほどです。

35床に落ちた石炭がらも放置されず清掃されてて、とても蒸気機関車の運転台とは思えません。
ここまでするには、毎日の整備にありったけの時間と手間をかけているのでしょうね。鉄道員、そして機関士としての誇り高いドイツ人気質に感服です。

第9日目 6月2日 その3
① ヴェルニゲローデ13:25(8937)→15:30ブロッケン
② ブロッケン→ヴェルニゲローデ

01_地図1
11 12▲ 15:02 ブロッケン山から下りてきた99-236牽引の列車と交換後にシールケ(Schierke) を発車しました。ブロッケンまでは13.6キロ、標高差440mを無停車で上ります。

13▲ 15:13 ブロッケン山への道路K1356と交差しましたが走っている車はありません。道路は緊急用なのでしょうね。

14▲ 15:24 突然に待避線から編成が見えました。スイッチバックになっていました。ここで列車交換が行われています。

51.788038, 10.593680

この辺りから森林限界(ティンバーライン;背の高い樹木が生育できなくなる標高ライン)になってきました。枯れ木が多くなり、背の低い低木帯に変わって行きます。
15▲ 15:26 線路に沿って道路が続きます。結構多くのドイツ人が歩いておられます。
ヨーロッパの人たち、特にドイツ人は休日ともなれば街じゅうこぞって森にでかけます。ドイツ語ではこれを「ヴァンデルング」と呼び、家族で友人と、あるいは一人で森林の中をひたすら歩く。これが、何よりの楽しみなのだそうです。法律条項にも”森林は、保健休養目的による森林への立ち入りが許されること。”とうたわれているぐらいです。
鉄道に乗って山頂まで行き復路は徒歩で楽しんでおられるのでしょう。登山口のシールケまでは約14キロで、丁度良い距離なのでしょうね。蒸気機関車を撮りながら歩くのも良いですね。

16▲ 15:32 地図をご覧のとおり、線路はぐるりと山をループしながら上がって行きます。左手山頂付近にTV塔とレーダーサイトが見えてきました。東西冷戦時代は、軍の要衝で一般人は山自体入山できなかったそうです。要衝要衝要衝
ここブロッケン山の標高は1,142m、今日は曇りながら一応視界はありますが、年間300日は霧に覆われるそうです。霧に人の影が反射して起こる「ブロッケン現象」は多発するこの山から名付けられたそうです。このTV塔は世界で初めてTV電波が発信された(?)との話もあります。確かベルリンオリンピックが最初のTV中継だったと思いますが、本当なのでしょうか?

17▲ 低木帯に入り周りの樹木は明らかに変わってきました。山頂駅はもうすぐです。

19▲ 15:37 山頂駅に着くとすぐに機回しが始まりました。

25▲ ヴァルプルギス(毎年4月30日)の夜に魔女たちが集まって饗宴をする山と言われているブロッケン山です。魔女のモニュメントや看板が掲げてあります。只今の温度は11℃、肌寒く薄いダウンを着てしのぎました。

大津の86さんが以前来られた時は一面真っ白で何も見えなったそうです。それに比べたら今日は最高ですと張り切って撮影場所を探しに歩き回られました。
20▲ 16:19 最初に登ってきたのは、99-236号機が牽引する次の8937列車です。

21▲ 16:38 折り返し下ってくる8936列車です。もっと近づいて自由なアングルで撮りたいのですが柵があります。ここから先は入ってはダメとの表示でもあります。

22▲ 16:59 99-7237-3号機牽引の8945列車です。低木帯を登って行きます。

23▲ 17:16 折返しの8934列車です。

24▲ 17:38 99-7234-0号機牽引の8945列車は今日の最後の撮影列車でした。

26▲ 17:46 往路でお世話になった99-7234-0号機に復路もお世話になります。

27▲ 18:06 復路では往路で見た待避線にやはり入りました。木々の隙間から最終の8939列車が山頂へと向かっていくのが見えました。

32▲ 18:44 Schierkeに戻ってきましたが、この時間にもなると、乗降客の姿はありません。

31▲ 保線小屋?なのでしょうか、こんな小さな小屋ですでが木造りであったり花のプランタ-が窓際にあったりで外観は綺麗じゃなければ家ではないとの拘りのドイツ人気質が見えてきます。

30▲ ちょっと変わった連結器です。このタイプは初めて見ました。

 

40 36 37 38

▲ 20:08 今日はまだ陽がある時間から夕食を取れました。このレストラン、生ビールはご覧のように模型SLが運んでくれます。さすが料理はお嬢さんが持ってきてくれますが、これが結構いけました。

窓からは機関区で蒸気機関車の入替作業が始まっています。追いかけるようにしてカメラを構えておられる日本人2名がおられます。先日も一緒に蒸気機関車を撮った方々でした。
明日は朝から、途中からはTaxiをチャーターをしての撮り鉄です。傑作が撮れるように祈っての就寝でした。  Part17へ続く

3 thoughts on “2014年 ドイツ、メルヘン鉄道の旅 Part16 ハルツ狭軌鉄道 その2

  1. ぶんしゅう氏が「ちょっと変わった」と感じられた連結器は、その実ごくごく通常のピンリンク式(これは和製英語で米語ならLink & Pin)なのですが、両側に何やらが付加されているだけです。ピンリンクだけなら遊間が大きいので、引き出しの際のショック消滅のため、鎖をフックにかけ、かつターンバックルで遊間を無くすのですが、そのままだとカーブで外側のみに負荷が偏り、切断の危険があります。そのためイコライザーで、常に左右均衡に負担分散する仕掛けです。以前小生が「おじん2人ヨーロッパ軽便」を長々と連載している中で、例えばオーストリア国鉄のマリアッツェル線がそうでした。ただし電気機関車のイコライザーは台枠端梁内に納められて外からは見えませんが。

    ブロッケンを上るハルツ山岳鉄道を訪ねたのは1993年だったと記憶しますが、当時まだ東ドイツの名残が随所に見られました。バンコック乗り継ぎの安チケットのお蔭か、携行荷物がどこやらへ行ってしまい、フランクフルトで手続はしたものの、手ぶら同然で当然着替えも雨衣もなく、6月というのにTシャツ1枚で震え上がったものです。客車にはスチーム暖房が入っていました。

    ハルツ山上は見通しの良好な日が少なく、そのためリアルタイムで山上のパノラマ風景が確認できるサイトがあり、もちろん日本でも(当然時差はありますが)モニターできます。

  2. ぶんしゅう様
    今回御一緒させていただいて、一寸の停車時間にもカメラを抱えて走り回られていましたが、記事を拝見して、それ以上に枕木から連結器、トイレまで記録に収められて、帰国後のフォローもされているのには脱帽です。ハルツは今回2度目の訪問でしたが、御一緒させて頂いたおかげで前回とは全く違って、密度の濃いものとなりました。ありがとうございました。一緒に行動しながら、こんなこともあったんだと知らないことも多く、今後の連載を楽しみにしています。

    • 大津の86様、遅くになりましたが、コメントをいただきまして、ありがとうございます。只今、大型台風が早朝4時に過ぎ去ったばかりの台湾台中におります。優等列車は全線運休で区間車だけ間引きで動き出しました。帰国は明日以降になりそうです。
      ドイツでは大変お世話になりましてありがとうございました。これも大津の86さんのご引率のおかげだと感謝しております。すっかりドイツの鉄路が好きになりました。毎年は行きたいと思うようになりました。またご都合がつきましたらご引率いただければ幸いです。ハルツはディーゼルトラムも走っていますので次回は全線乗り鉄もしたいです。
      よろしくお願い申し上げます。

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