【81902】東海道の電車を楽しむ-その6-

Wikimediaでは東海道の中間点を28宿見付と29宿浜松の中間(247,75Km)としている。それに合わせると現在のJR線では、東京~京都間513.6Kmの中間点256.8Kmは浜松257.1Kmが該当する。図らずも江戸と京都の中間点が良く似た位置にある事が分かった。その中間点から5宿離れた34宿吉田からの東海道は北に経路を取り西に向かっている。明治維新後建設された東海道線は浜辺(常滑)を辿り宮宿(熱田神宮)に向かった。後発の名古屋鉄道は旧東海道のルートを追うようにして名古屋から延伸してきた。そのため両線が肩を並べる熱田神宮前では国鉄線の経路80.7Kmに対し名鉄線62.2Kmとなり、その差は18.5Kmとなる。さて現在、JRと名鉄は豊橋~名古屋間で熾烈な速度競争をしているが本稿では取り上げない。

さて江戸時代の東海道は34宿吉田から35宿御油、36宿赤阪、37宿藤川、38宿岡崎と続く。岡崎は徳川家康が城を開山した地として知られている。続いて39宿地鯉鮒(ちりゆう:知立)となり、40宿鳴海、41宿宮(みや:熱田神宮)と続き一服となる。ここで渡船のお世話になり桑名に向かうのであった。現在のJR東海道線は吉田の宿(豊橋)から浜辺に向かい、蒲郡から西北に進路を取るや田圃、住宅、工場などの集落をひらい抜け、熱田神宮を前にして旧東海道の経路に沿って名鉄に合流している。

名鉄豊橋駅終点には特急をはじめ、最大8両編成が到着する。

豊橋駅を出ると名鉄とJRは共用複線区間を分岐点目掛け走り出す。途中駅はJRが自社線各停のみ客扱いを行う。

先日まで119系が主力であった飯田線も313系に代替わりした。戦後の一時期は多種多様の車両で眼を見張ったものだ。

その昔、飯田線本長篠と田口間に人と材木運搬用の電鉄があった。その線で走った車両を今も保存展示をしている施設(奥三河郷土館)がある。

保存車14号は旧豊川鉄道モハ10型を廃車、その後に簡易鋼体化の上で再起させたもので、保存状態はとてもよい。

田口鉄道モハ101形36号は買収国電の一員で、戦後豊橋鉄道発足に伴い移籍され相棒の37号と共に電動車として復帰した。1993年解体待ちの姿。

新しい舞木検車場(1997年竣工)を見学しようと、JTB例会翌日に向かった。その時に田圃の向こうが旧東海道だと教えられた。白色構築物は検車場、走るパノラマカ-は岐阜行き急行。

見学後、旧東海道37宿藤川に辿り着き、宿場記念館の見学となった。写真後方に藤川駅がチラリ、走る電車は普通・本宿行き。

38宿岡崎を基点とする愛知環状鉄道はユニークな方式で誕生した。廃線となるところを地元の要望から第3セクター方式で再起することになった。当時の新聞によれば100を越える民間企業の出資があり、内19法人が沿線に分散する「大学」だとのこと。車両も新たに100、200型は片運、300型両運の3形式が準備され、1988年1月31日に岡崎~高蔵寺関(岡崎~新豊田間は旧国鉄線)45.3Kmが開通した。

2005年愛知万博で愛知環状鉄道は会場へのコースとされ、新造車2000形が増備された。万博終了後、旧型は一掃され一部は福井電鉄で再起した。

愛知万博は土産を残してくれた。時代の先端を行く浮上式の乗り物で、HSSTリニアモータースと言うらしいが、詳しいことは知らない。

名古屋で評判になる「電車」は名古屋鉄道所属のものと言っても良いだろう。それを追うのはJR東海の313系かな?

堀田駅で特急退避の急行8連だが、半分は知立で解結され何処へ行くやら?

知多半島向けての各駅停車だが、元特急車もクロスシートのまま走るのが嬉しい。

今は無くなった気動車特急「北アルプス8500形3連」。こちらが本家と胸を張れずに終わったのが悔しい。

名鉄には「芋虫」と言われた私鉄最初の流線型があった。広見線で走っていると教えられ車で追いかけた。その後三河線に転じたとの情報で、知立から豊田までかぶりつきで景観と乗り心地を楽しんだ。

 

 

東海道の電車を楽しむ-その6-” への3件のコメント

  1. 乙訓の老人様
    宿場町と名鉄線を同時に伝えていただき有難うございます。そのあたりに興味があるので楽しく拝見をさせていただきました。名古屋-豊橋間は景色、車両共に断然名鉄の方が魅力的です。例えばJR線は三ヶ根あたりで当時の国鉄の新幹線0系と東海道線80系、EF58急行客車、EH10貨物等を撮ったことが1回だけありますが、名鉄線は伊那、国府、名電赤坂、名電長沢、本宿、岡崎公園、宇頭、知立等で降りています。特に御油~本宿あたりは山間部でいい所ですね。御油という響きが好きなのですがここの東海道の松並木は必見です。江戸時代のような感じがします。また、この35番の御油宿と次の36番赤坂宿は2km足らずで東海道の宿間距離では最も短いものだそうです。次に名鉄電車はパノラマカーがいなくなって以降興味が薄れたとほとんどの人が言います。老人さんの撮られた芋虫や850などの流線形吊り掛け車、名岐のスター800、5000、5200、5500等の初期高性能車、中でも5500はハンサムに見えました。それに比べJR東海のオレンジ色の車両は速くて綺麗ですが両数が多く画一化されたイメージであまり好きにはなれません。名鉄の最近の車両も同じことが言えそうです。要するに車両が統一されることはメンテ現場や乗客にはいいことですが、鉄ちゃんは変化を求めるので飽きてくるのではないでしょうか。失礼しました。

  2. 準特急さん、お早うございます。豊橋~宮:間のJRの距離を誤り80.7Kmとしましたが、時刻表の標記から計算すると67.2Kmとなります。従って名鉄62.2Kmとの距離の差は5.0Kmとなりますので訂正いたします。ご指摘を頂いた準特急さん「有難う!」。  乙訓の老人

  3. 乙訓の老人様
    「豊橋-名古屋間で熾烈な速度競争をしているが本稿では取り上げない」とされていますが、距離が80kmと62kmでその差が18kmもあれば勝負にならないですね。老人様の勇み足、ご愛嬌と思っております。鉄道趣味者はライバル競争が好きですが、私はJRは元々国鉄で線路があちこちとつながっておりそれは便利です。同程度の料金やサービスなら行先が多岐にわたるJRが有利であるのは間違いありません。一方私鉄(民鉄)はその競争的区間では料金、速達性(到達時間)、快適性(車両、駅)、便利さ(列車頻度、駅商業施設等)等々で負けてはならないのですが、最近はインフラの整ったJRの方が逆に勝っていて、私鉄は一部では競争を諦めているようにも見えます。特に到達時間が以前と比べて落ちているように感じます。

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