京阪電車 現代版「標準化編成」

また、京阪ネタで恐縮ですが…。

半世紀以上前、500型から1200型まで様々な形式をまじえて組成した「標準化編成」が複々線上を疾走していました。特急用の1900系も新旧入り混じりバラエティに富んでいました。
編成の固定化が進むとこのような「標準化編成」も姿を消したかのように見えましたが…。

現代版「標準化編成」といえようなものを1枚。
2002年に支線用として4連で登場した10000系。
ターコイズグリーン一色塗りで登場し、注目を浴びました。
思えば、この頃から塗装変更の検討が始まっていたのかもしれません。
結果はこのようなカラーリングになりましたが…。
輸送需要の変化で8連が余剰となり、一方で7連は経年が高いものが多い。
というわけで、7200系や9000系をからめて組成変更。1編成ずつ、2016年、2017年に7連化。

7200系や9000系はクーラーが3台。一方で10000系は2台。
また、裾に目をやれば、前者は丸めてありますが、後者は丸めていません。
床面高さが10000系は20mm低いとのことですが…。
さらに言えば、窓柱が9000系は連結面側が狭く。
いかにも「寄せ集め」の編成です。「よく似た車体」なので、混結したのでしょうが…。ちなみに、VVVFインバータの素子は元7200系からの編入車はGTOからIGBTに交換して編成内で装備を揃えました。

写真の「快速急行」は、平日ダイヤ枚方市9:16→淀屋橋9:42のD0901A列車。
枚方市で特急の接続を受けて、続行で淀屋橋を目指すものです。
7連なので、ベテランの2600系であったり、最新の13000系もあり、何が来るかはお楽しみ。
余談ながら、20分前のD0803Bも同じような性格。こちらは中之島行き。
また、その20分前のD0801Aも通勤車7連。何が来るかはお楽しみ。

10000系が入るのがわかったのですが、列車が来る直前だったので、こういうところでしか撮れなかったのが少し残念。とりあえず、1枚。
今度は2600系も狙ってみたいところですが、いつ実現するのやら…。

※写真は 2017-11-15 京橋にて撮影。

3 thoughts on “京阪電車 現代版「標準化編成」

  1. こぱんだの保護者さま
    はじめまして。1970年にDRFCを卒業した1900生と申します。いつも京阪電車の記事を楽しく拝見させて頂いております。投稿文中の10000系ターコイズブルー色などについて少しコメントさせて下さい。
    同色の決定には当時京阪車両部に在籍したDRFC・OBのぷるぷるさんが関わったと聞きました。思い切った色にしたねとの小生の感想に、ワンマン運転車を認識してもらうためだとの説明を受けた記憶があります。この場では詳細は語れませんが、塗色に関しては結構保守的な考えが多かった時代でありながら、よくぞこんな色になったと驚いたものです。
    当時は塗色変更の考えはなかったと思いますが、彼の中には近い将来にはとの想いがあったのかもしれませんが。
    塗色変更といえば1990年に沿線の鶴見緑地において花と緑の博覧会(花博)が開催されましたが、この時に花博PR用に3編成を塗り替えたのはご存知でしょうか。花博のコンセプトに因んで赤(太陽)・グリーン(花)・ブルー(水)のデザインでした。これも決定までに一騒動あったように聞いています。機会があればお話しましよう。
    次に8連→7連化による半端車の件ですが、当初は取り敢えずT車を1両抜いて不足気味の7連を増やしていました。最初は確か6001と6002の編成だったと思います。それはいいのですが、小生は抜かれたT車の走行距離のアンバランスが気になっていました。尤も京阪も思いは同じだったようで、これは1年ほどで6003・6004と一時7連化の編成が変更され、1・2の編成は8連に復帰したので一安心したものです。ところがダイヤ改正の度に7連が不足し、7200や9000まで狩りだしての編成タライ回しでは段々対応しずらくなってきたことや、抜かれた半端車が一編成分に近くなるに及んで、いよいよ2600系や2200系の置き換え計画が整い、その際に半端車を組み込んで解消するという方策が採られました。何をどう組み込んだかは投稿にあった通りです。仰るように最近の京阪も標準化が進んで面白くなくなってきましたが、こういう寄せ集め編成が出現すると何となく楽しくなってくるものですね。
    ところでこぱんだの保護者さまは500・1200・1900などにも触れられており、これらから察すると失礼ながらそこそこご年配のお方かと拝察致しますがいかがでしょうか。本欄への投稿やコメントには別段年齢などは関係ないのですが、ある程度の年代をお教え頂ければ今後の話題についての参考になりますので、お差支えのない範囲でヒントを戴けましたら幸いです。

  2. コメントありがとうございます。
    私は1988年度生でして…。「標準化編成」はリアルタイムで見たことはありません。いや、見たかったと思いました。

    冒頭の文章は、『私鉄車両発達史1 京阪電車』の読み過ぎかもしれません。
    1990年頃に発売されて、ラッシュ時間帯の京橋駅での編成記録の記事が出ておりまして、すり切れるほど読んでおりました。大先輩の作ですが、何気ない記録の重要性がよくわかり、私の趣味活動において大きな影響を及ぼしました。

    P42に1100+1500+1200+500+1500+1000という記録が出ていて、「標準化編成」…というくだりが印象に残りました。

    10000系のカラーリングのいきさつについては、当時の『鉄道ファン』の記事に「全ての面でイチから見直した」という趣旨のことが書かれていたように思います。個人的には京阪電車は緑の濃淡というイメージがありまして、一色塗りは何とも言えない気分でした。
     
    長文失礼いたしました…。

    • いやいや、乙訓のご長老さまの呪縛の影響を受けておられましたか。そういえば確かにそのような表現がありましたね。当時は繋げる電車はなんでも繋いだいわゆるガラクタ?編成も多く、小生には標準化の意味がもひとつわからなかった憶えがあります。たぶん同系の電車で編成されていて比較的!整ったというほどの意味かなと理解していました。殆ど1両単位で運用されていた時代は今から思うと面白かったと思いますね。見ようにもよりますが、実質的な標準化編成は淀屋橋延長後数年を経て登場した2200系あたりからではないかと思っています。2000系スーパーカーでも運用は1両ごとに近い状態でしたから。つまり編成単位の運用に移行してから本格的な標準化が始まったと思うのです。
      既述のように最近の動静には疎くなっていることもあり、視点を変えた新鮮な観察に基づく今後のレポートを楽しみにしております。

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