市電が走った街 京都を歩く トロバス編⑤

その後のトロバス

トロバスの営業は、昭和44年9月限りで終わり、翌日から、トロバスと同じ区間を走る、代替バスの77号系統が新設されて走り始めました。トロバスの活躍は、もう見られないかと思われましたが、そのあと、保管されていた車両1両が意外な使われ方をして、再デビューを果たします。それは、京都市が開発・研究を進めていた電気バスに改造されたことで、「みどり号」の愛称で、京都の中心部を走ることになり、3年ぶりに、京都に電気で走るバスが走ることになりました。
下鴨神社前付近の河原町通を走る、もとトロバスの電気バス「みどり号」、カラーは市バスと同じながら、ボディはトロバスそのもの。300形318号を改造して生まれた。

京都駅前に着いた4号系統の電気バス「みどり号」。2Vのバッテリー250個を両サイドなど9ヵ所に分散して取り付けた。一回の充電で約60キロ走行できたが、充電に半日掛かるため、午前中のみの運転で、午後からは車庫で充電に専念する。

当時、自動車の排気ガスによる空気汚染が社会問題化しており、大都市部では電気バスの研究・開発が進められ、京都市でも、昭和46年に交通局内に電気バス委員会が発足していた。京都ではトロバスを改造して試作車を造ることになり、白羽の矢が立ったのが、保管されていた昭和40年製の300形ラストナンバー車、318号だった。地元の日本電池で改造され昭和47年10月にデビューし、「みどり号」の愛称が与えられた。形式はTB13で、「京22か・689」が登録ナンバー、八条車庫に配置されて、京都駅八条口~深泥池の4号系統専用で、一日2往復した。実用化された電気バスとしては、大阪、東京に次いで、3例目だった。河原町丸太町で、市電とすれ違う「みどり号」。車内外とも古さは否めないが、騒音のない静かな車内は、未来の乗り物を予感させた。▲葵橋東詰を行く。最高速度は55キロで、とにかく遅くて、後から来た市バスが追い越していくシーンを何度も見掛けた。▲昭和47年10月31日付けの新聞、「無公害のエース」「いける!」の讃美が踊る紙面。稼働したのは5年足らずで、昭和52年10月に廃車となり、のちの電気バスの試金石となった。

保存されたトロバス前記でトロバスの保存車はないと記したが、これは間違いで、京都市北区にある大宮交通公園には、100形105が保存されていた。私は撮っていないが、藤本哲男さんが、以前の本欄で紹介されている。写真は、京都市内の児童公園でたまたま見つけたトロバス316号の保存車、「フレンド号」として子どもたちの遊具代わりになっていたため、車内外は相当荒れていた。撮影場所は、よく覚えていないが、前後に嵐電四条大宮~西院での撮影があるので、壬生にあった公園であることは間違いない。

 

 市電が走った街 京都を歩く トロバス編⑤」への8件のフィードバック

  1. すばらしい、の一言!
    よくこれだけトロバスの記事と写真を集めていたものだと感心します。
    とにかく脱帽です。
    ありがとうございます。

    • 私が投稿して19分後の超速攻コメント、ありがとうございます。記録したと言っても、これでほぼ全部ですから、大きなことは言えません。でも撮影のきっかけになったのは、DRFCの面々と一緒に行った撮影会であり、これもDRFCの皆さんのお蔭と思っております。

  2. 総本家青信号特派員様

    電気バス=電池バスでしょうかね。
    昨今ではハイブリッド車⇒電池(電気)自動車の流れでしょうか。
    『電池』は結局耐用時間の短さがネックですね。それにプラスして充電時間の長さが課題でしょうね。
    日産が400キロ耐用のEVを出しましたが、充電には確か半日以上かかるとか。
    排ガス問題では効果が有るのは確かですが、普及させるにはハードルが高すぎますネ。
    何より車両価格が高~いのが我々には最大のハードルです。
    アレ、『鉄』を逸脱して電気自動車の評論になってしまいました。(笑)

    • いつもコメントをいただき、ありがとうございます。この当時の電気バスは、まさに電池をたくさんつないで走らせた、電池バスでした。今は、各地でリチウムイオンの電気バスが走っていますね。京都でも、京都急行バス(通称「京急バス」)が中国製の電気バスを走らせています。京都市交通局でも、三菱重工と共同で、2、3年前に大型低床式の電気バスの実証実験を行いました。中心部を数日間デモ運転したものの、それ以降は話題にすら上がりません。充電設備のこともあって、京都のような混雑の激しいバス路線での、実用化は難しいのでしょうか。

  3. 素晴らしい記録の数々を有り難うございます。
    トロリーバスは都会のものという印象でした。学生時代にも乗車する機会もなく、どんどん廃止されていきましたね。
    いつかどこかで乗りたいと思っていましたが、なかなかその機会がありませんでした。
    3年前でしたか、ザルツブルグでトロリーバスが走っていて、人生一度きりの体験をしました。何と加速性能が良いことか、それとも運転が荒いのか分かりませんが、よろけてしまいました(笑)

    • コメント、ありがとうございます。われわれの現役時代、神戸を除く六大都市と川崎市でトロバスが走っていました。ただ私も京都だけは乗りましたが、ほかの都市は、見たことも乗ったこともありません。結局、日本では、道路幅と交通量の問題で、メインの乗り物にはなり得ませんでしたね。目を転じると、中国や北朝鮮、ヨーロッパの各都市では、現在でも走っています。ディーゼル発電も行うハイブリッド型が主流のようで、さらに進化した、ガイドウェイ方式もあるようです。

  4. こんにちは。検索でたどり着きました。
    懐かしい「みどり号」の画像ありがとう御座います。
    当時4号系統の定期券で通学しており「みどり号」に乗っておった者です。当時小学3年生8歳でした。
    妙な音がするこの電気バスが不思議にお気に入りで、運行時間を覚えて狙って乗ったものでした。
    「みどり号」の運行が終了した後も私のEV好きは継続し、
    2000年に改造EVを自作して車検も通し、現在でも使用しています。
    貴会の益々の御発展を祈念致します。
    ありがとう御座いました。

    • 鈴木一史様
      「みどり号」の記事をご覧いただき、ありがとうございます。4号系統の沿線にお住まいだったのですか、私も同系統の沿線に住んでいて、市電と絡めて、よく撮っていました。私も何度か乗りましたが、ノロいけれど、ウィーンと走って、未来の乗り物の予感がしました。他の写真も見つかりましたので、貼りました。当欄の読者のなかには、「バス」の愛好者も多いと感じています。新たなテーマでまた連載を始めたいと思っています。

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