八月だ、もっと熱くなろう! 2013年 赤道直下のインドネシアSL撮影の旅 Part10 カニゴロ(PG KANIGORO)製糖工場

第7日目 8月2日 その2 カニゴロ(PG KANIGORO)製糖工場

01_カニゴロへの地図

02_昼食飲茶1チェプー森林鉄道訪問後は南へと向かいました。
午後からは、カニゴロ製糖工場、次にパゴタン(PG.Pagottan)製糖工場を訪問してタクシマド製糖工場にて夜撮となります。

14:00、途中、お腹が減ってきましたので中華料理屋を探してもらって入りましたが、何とインドネシアでは珍しく、飲茶があります。
これは感激です。

お給仕していただいたのは、インドネシア美女のお二人。
いっそう美味しく、いろいろと注文して、たらふく食しました。

15:07、昼食後は、チェプーから約80キロにあるカニゴロ製糖工場に着きました。

続きを読む

【しまかぜ】次の日

しまかぜ乗車はその豪華さ、乗り心地の良さに感動し素晴らしい体験ができました。世話役の皆様お疲れ様でした、本当にありがとうございました。さて【しまかぜ】次の日ですが、長老を筆頭にシルバー世代4名(長老、I氏、F氏、W)の乗車・撮影会となり、せっかく伊勢まで来たので「ナロー」に乗ろうということで近鉄内部・八王子線と三岐鉄道を選びました。朝8時にホテルを出発し近鉄四日市から出発です。四日市乗車

四日市8:25発で西日野に向かいます。西日野ではすぐに折り返し日永で撮影します。

日永①

この線の車両はカラフルで一両毎に色が違うかなと思えます。この後日永8:54の四日市行きを写していましたがちょうど幼稚園の通園時間らしく先生を先頭に「カルガモ」の親子が電車の前を横切って行く姿が撮影できましたが、私は手ブレでピンボケとなってしまいました。※幼稚園児でありWeb上で公開するのはこの理由も含めて遠慮します。この日は朝から雨で傘をさして電車(262)の前を横切る姿は本当に可愛かったです。ここでATSの車上子と地上子をみてください。地上子は線路の外側にあります。日永②

この後は内部まで乗車し、近鉄のオリジナル車(I氏間違ってたら修正願います)を写して四日市へと戻りました。四日市からは近鉄5200で桑名に向かいます。しまかぜ当日も松阪から四日市までは5200でしたが名古屋線は5200が多いですね、今年の3月から大阪線でも多くなったように思います、全部で何編成なのか要確認です。ちなみに松阪から乗った急行の中で「車内検察」がありました。ICカードをどうするのか?と思っていましたが端末にかざすと乗車駅等が判るようです。IT技術は大したものですね。内部・八王子線はどんな目的で建設されたのかという話も出ていましたがナローでよく残っていると思います。近鉄も伊賀線や養老線は手放しましたがこの線はよく残していると思います。さて、この後の三岐は別稿とさせてください。

山陰線・山口線の復旧について

「しまかぜ」イベントは大盛況だったようで何よりです。今後一層現役生との交流が活発になることを期待します。ところで 毎度の新聞切り抜きで失礼します。平成25年9月7日の中国新聞朝刊からです。

平成25年9月7日 中国新聞朝刊

平成25年9月7日 中国新聞朝刊

両線あわせて150ケ所にのぼる被害からの復旧は容易ではないでしょうから 年内復旧を目標というのは無理からぬことでしょう。SLやまぐち号の部分運行はこれから検討のようですが、仮に新山口-地福間の運転としても、津和野以外にはターンテーブルはなかったと思いますから、片道はバック運転となります。しかしながら当節 連結解放、機回しはもとより長距離のバック運転なぞするはずはなく、後部にDD51をつないだプッシュプル運転での復活となることが予想されます。ともあれSL山口号はあとまわしにしても 生活路線としての1日でも早い復旧が望まれます。なお三江線のことに言及されていないのは気になるところです。

写真展「鉄路輝く」 公開中!

クローバー会が過去に行いました第1回から第4回までの写真展の全作品が、ホームページ上にアップされています。

トップページ「クローバー会」「リンク」「クローバー会写真展鉄路輝く」で見ることが出来ます。Tsurukameさんの寝食を忘れた作業のお蔭で、このたび、すべての写真をアップできました。ぜひご覧になって、写真展の感動に浸っていただければと思います。

こうしてみますと“壮観”の一語です。よくぞ、これだけ撮ったものと感心します。

われわれが“しまかぜ”で楽しんでいる間にも、作業を進めていただいたTsurukameさんには、改めて御礼を申し上げる次第です。

103_0492P1020156写真展の感動をぜひホームページで。 2006年第1回(上)と2009年第2回写真展

マルーンさん乗車の「伊勢志摩ライナー」

130901036

大阪難波行き「伊勢志摩ライナー」、6編成すべてが、18年ぶりのリニーアルを行い、うち3編成は、写真の“赤”塗装になった。

“しまかぜ”関連の話題をもうひとつ。

私のところに来たメールによると、かのマルーンさんは、伊勢神宮に参られたあと、宇治山田15時41分の「伊勢志摩ライナー」に乗って帰還されたと言います。列車が宮川鉄橋を渡るとき、撮影する鉄道同好会の一群を発見、手を振って、エールを送ったとのコメントがありました。

これがその、マルーンさんの乗られた「伊勢志摩ライナー」です。残念ながら、仔細に見ても、手を振るお顔は認めることができませんが、撮影の一群は、現役、OBともども、鉄道写真の話題で盛り上がりながら、楽しく撮影を終えました。

なお、宮川鉄橋は、小俣駅下車、徒歩5分で到着できます。午後は、バリ順となり、手すりが多少目障りですが、背景もよい撮影好適地です。

 

保存蒸機とその現役時代(12)

デジ青[37564]「保存蒸機とその現役時代(5)」2013年7月20日投稿の北海道神居古潭保存の3台の蒸機のうち29638とD516は現役時代の写真なしとお断りしたが、クモハ73106東ウラさんから「持ってるでー」との連絡をいただいた。クモハ73106東ウラさんとは飯田線クモハ52、東北本線ED71の撮影以来、ヨーロッパ、台湾、中国、インドネシア、タイ等ご一緒させていただいた。以前発表した「いすみ鉄道」や最近発表の「会津鉄道八重の桜」もクモハ73106東ウラさんの車運転による撮影である。ここに改めて2台の保存機の現役時代の写真と保存機とは直接関係はないが、神居古潭の新旧写真を発表する。

2013.7.2 神居古潭 一番手前に配列されている29638↓

s-13.7.2神居古潭29638

名寄本線はこの時点で既にDC化されていたが、7月下旬から8月上旬にかけて海水浴臨時列車が運転されたことがある。その後保存機となった29638が客車列車を牽引してやってきた貴重なワンカットである。1969.7.27 上名寄 クモハ73106東ウラ氏撮影↓

s-69.7.27上名寄29638S氏

2013.7.2 神居古潭 一番奥に配列保存のD516↓

s-13.7.2神居古潭D516

 

続きを読む

八月だ、もっと熱くなろう! 2013年 赤道直下のインドネシアSL撮影の旅 Part9 チェプー(Cepu)森林鉄道

第7日目 8月2日 その1 チェプー(Cepu)森林鉄道

06_日の出の歓迎▲ 6:16、朝日が差し込みだしたチェプーの森の中、早起き一家が総出で、笑顔いっぱいの歓迎で迎えてくださいました。近くの子供たちも一緒です。今日も朝から元気をいただいてからの撮影開始です。ありがとうございました。 

01_チェプー森林鉄道路線図▲ 今日の午前中は、かつてインドネシアに分布する貴重なチーク材を運んだチェプー森林鉄道を初めて訪れます。レール幅は1067㎜の狭軌です。どんな蒸気機関車に出会えるか楽しみです。上の地図は今日の軌跡です。いつものようにO氏からご提供いただいたGPS地図を原本に作成しました。ご紹介させていただきます写真と合わせてご覧ください。
黄色の線が今回乗車しましたチェプー森林鉄道の路線図です。緑色の線は廃線になったようで、今回乗車できませんでしたが、Google地図で辿ってみました。機関区からの標高差は乗車できた終点までで約80m、路線距離は約15キロだろうと思われます。丸印の番号は降りて撮影したポイントです。

続きを読む

「しまかぜ」乗車報告

9月1日のDRFC現役・OB合同伊勢半日ツアーに参加させていただきました。

女房には日曜日は出かけるので昼飯はいらないよとだけ言っていて出かけたのですが、帰ってから「しまかぜ」で伊勢に行って来たと言うと、「“しまかぜ”って最近できた豪華な特急なんじゃないの?じゃあ私も行きたかった。」と鉄女とは全く無縁の女房も知っていたようで、知名度が高いことが伺えました。IMG_5279-1

各車両にはアテンダントさんが乗車しており、お出迎えを受けて乗り込むと、車内は落ち着いたクリーム色に、革張りの黄色いシートが3列並んで、まだ皮のにおいがぷんぷんしています。座席はもちろん電動リクライニングで腰の部分をマッサージしてくれるエアークッション機能までついていて、われわれの乗った5号車はこの3列シートが10列並び、1両の定員はわずか30人と贅沢なものです。通路扉上の液晶テレビでは沿線案内などの他に時折前面の走行カメラの映像が写され、前方の展望が楽しめます。大阪方3両目はグループ車両で、サロン席と個室があります。サロン席はヨーロッパのコンパートメント車両と同じような感じで、3人がけのシートはベンチ型で革張りではありませんが、個室は別料金取るだけあって洋風個室はソファータイプでゆったりとしているようです。

配布された乗車記念証(表)

配布された乗車記念証(表)

難波を発車してしばらくして隣のカフェ車両を覗きましたが、すでに1,2階とも満席で通路にも待つ人が並んでいたのであきらめて車内販売で我慢することにしました。車内販売は品揃えが多く、ビールなど次々と買い求める人があり(われわれのメンバーが主かもしれませんが)売り上げも多そうです。私もビールとつまみを頼みましたが、「伊勢の地ビールもありますよ。おいしいですよ」という商売上手な売り子さんに釣られてつい高いほうの地ビールなんぞを頼んでしまいました。

宇治山田駅に到着 (総本家様より提供いただきました)

宇治山田駅に到着
(総本家様より提供いただきました)

難波から宇治山田までは1時間40分、乗り心地も良く、この1時間40分の乗車時間が本当に短く感じられました。

宇治山田駅での記念撮影(総本家様より提供いただきました。)

宇治山田駅での記念撮影(総本家様より提供いただきました。)

当日帰宅して「しまかぜ」の空席状況見ると、1ヶ月先までほぼ満席、発売と同時に売り切れているようです。この人気の中、OB,現役約40名分の席を確保することに大変なご苦労されたことと思います。後になってしまいましたが、お世話いただいた方々に改めて御礼申し上げます。

創会55周年記念行事、大盛況で終わる

近鉄うじ

↑近鉄宇治山田駅にて(現役生が撮影) 大阪難波行き“しまかぜ”

9月1日(日)の伊勢ツアーへ参加の皆様、大変お疲れ様でした。しまかぜ乗車、OB・現役生との交流、オプションツアーと盛り沢山の内容でしたがいかがでしたか。
しかし、当日は大いに盛り上がりましたね。鉄道を同じく好むもの同士の集まり、いやぁ、やっぱり良いものです。改めてDRFCへの入会が誇りだと思いました。乙訓の老人様が昨年、(懇談の機会をもったときに)「同志社大学鉄道同好会は鉄道趣味界のNo.1」と言われたの覚えています。もちろん私自身入会前からそれは思っていたのですが、今回の企画を通じて再確認できました。今後も交流の機会を作っていきたいですね。当日の皆さんの笑顔、今でも印象に残っています。
なお、今回の企画立案・実行に至る苦労話は今年の青信号70号に記載予定です。発刊の際はぜひご一読ください。また、今回は大仏鉄道研究会様からの寄稿も掲載予定です。質・量どちらも充実した青信号70号、よろしくお願いします。

さて、6月2日(日)の方へお申込みをされていて今回お越しになれなかった方々に申し訳ない気持ちで一杯です。ぜひ、今後の現役企画を楽しみにお待ちください。5年後には60周年記念行事が待っています。また、“しまかぜ”乗りにいきましょうか。その頃には京都駅から乗車できるかもしれません。
さいごに、本企画立案から多大なるご尽力を頂いた総本家青信号特派員様はじめ、OB会幹部の皆様に現役生を代表して改めて感謝申し上げます。

55周年記念ロゴマーク(現役生作成)

55周年記念ロゴマーク(現役生作成)

 

国鉄モハ30型

しばらく怠けていたので、連投をお許し下さい。

国鉄モハ30型_NEW 国鉄モハ30型(文)_NEW

「八重の桜」号

NHK大河ドラマ「八重の桜」も新政府軍の猛攻撃により会津が降伏し、舞台は京都に移った。これからは同志社人としては目が離せないが、どういうストーリーになるのか楽しみでもあり、心配でもある。

ところで、昨年福島県内を車でまわった時に会津鉄道の車両を少しだけ撮ってみた。あとでその写真をよく見ると「八重の桜」のPRが車体にあった。大河ドラマで放映されるのを機会に地元に震災で減った観光客を呼び込もうとの試みである。また、東武鉄道に乗り入れの「AIZUマウントエクスプレス」の車両にも同じようなPRがあったので今夏再度撮影したものを含め「八重の桜」号を発表する。

2012.7.21 会津鉄道芦ノ牧温泉17:00 快速「AIZUマウントエクスプレス」鬼怒川温泉発会津若松行きAT601+AT651↓

s-12.7.21芦ノ牧温泉AT601+AT651

2012.7.21 17:40 会津鉄道会津長野~養鱒公園 会津田島発会津若松行きAT551+AT501↓

s-12.7.21 会津長野AT551+AT501←
続きを読む

柏崎に保存されていた「D51-1」

 PICT0005-2
柏崎駅前公園に保存されていたサハリンの「D51-1」

準特急氏が「保存蒸機とその現役時代」のタイトルで、保存機の現状と過去の活躍を紹介されておられるが、両方を撮影されているは50歳代後半から70歳代前半くらいの方ではないだろうか。
保存機の現役時代の雄姿は、準特急氏や特派員氏のように余程熱心に撮影していないと無理で、正にクローバー会ならではの内容である。
柏崎で保存されていた「D51-1」を紹介する。昭和24年2月日本車輌で新製され、ソビエト連邦国鉄樺太線用として輸出された機関車(D51-1~D51-30の30両輸出された)で、昭和43年頃までユジノサハリンスク(豊原)~ポストーチヌイ(元泊)間で使用されていたようである。

柏崎市出身で北海道交通の社長、北海道日ソ友好文化会館理事長をされていた柴野安三郎氏が柏崎市市制施行50周年を記念してロシアから買い戻し、柏崎市に寄贈された。
平成2年9月2日ホルムスク(豊原)港をロシアのカーフェリーで出発して、小樽港で日本の貨物船に積み替え、同月12日柏崎港に到着した。陸揚げ後整備が行われ、11月4日に保存場所の駅前公園芝生広場に運ばれ、18日に柴野夫妻、柏崎市長等関係者により除幕式が執り行われた。

ところが、車体断熱にアスベストが使用されていることが判明。車体の老朽化により飛散の恐れがあり、修復には多額の費用がかかるということで、平成23年6月25日に「お別れ会」を開催してあっさり解体されてしまった。
市の幹部に、機関車の歴史的価値、此の地に保存されている意義が理解できる人がいなかった悲劇であろう。尚、柴野安三郎氏は平成7年1月に永眠されている。

撮影は平成5年9月5日で、「ぶんしゅう旅日記」で時折お名前が登場する丸谷洋一氏にバスを含めてご案内いただいた。

サハリンのD51は、廃止された富内線振内駅跡の「振内鉄道記念館」にD51-23、標津線西春別跡の「別海町鉄道記念館」にD51-27が保存されている。
PICT0004-2
PICT0006-2

続きを読む

京成モハ2000型

高校生だった頃、TMSに13mmゲージというのができて、これからの国鉄型はこれがスケールと書いてありました。なるほど鉄道模型社のEF58は、前から見ると“出っ歯”でブサイクそのもの。これにしよう!と決めましたが車軸をどうしたら13mmにできるのかわかりません。いろいろ考えたあげく、車軸を中央部で3.5mm短くして、内径が車軸と同じサイズのパイプを13mmに切断して差し込むことにしました。
実験は成功しましたが、量産が面倒くさくて計画は中止しました。

これを思い出させた京成モハ2000でした。
京成クハ2000_0001_NEW京成クハ2000(文)_NEW

八月だ、もっと熱くなろう! 2013年 赤道直下のインドネシアSL撮影の旅 Part 8 スラギからチェプー(Cepu)へ

第6日目 8月1日 スラギ製糖工場からチェプー
① ホテル(チャーター車)→スラギ製糖工場→セマラン国鉄駅
② セマラン17:05(170列車)→21:15チェプー01_地図_スラギ→チェプー1スラギ製糖工場撮影後は、チャーター車にのって、チェプー(Cepu)へと向かいます。
移動距離は約260キロ。順調にいけば約7時間程度の所要時間だろうと思われます。
今回の当初プランではラック式鉄道で有名な「Ambarawa」へ向かう予定で進めていましたが、7月半ばになって「Ambarawa」は、チャーターしてもフォトランを認めなくなった。」との情報が、飛び込んできました。
リーダーのO氏が現地ガイドのアリフさんに確認を取られますと、「フォトランはできるが、Ambarawa保存鉄道は国営で、公務員の勤務時間は9時から16時である。よってチャーターはこの時間内に限られる。」と、調査返答がありました。
昨年は14時過ぎから乗り鉄旅を、そして夕焼けを狙って18時過ぎまでチャーターしました。16時までのチャーターとなると肝心な夕焼けでの撮影ができません。リベンジしたかった”ギラリ”も見られません。貴重なラック式鉄道ですので乗り鉄でも楽しめますが、期待感は半減以下になります。参加者皆さんの意見を聞かれてから代替案として浮上してきたチェプー(Cepu)森林鉄道に変更することに決まりました。チェプーには、かつて優良高級材のチーク材を運搬していた森林鉄道があったそうです。現在は伐採禁止となって廃線になっていましたが、この度観光用として復活したそうです。森林鉄道大好きな私としては大歓迎です。
続きを読む

リバイバル 急行ちどり 

毎度 新聞切り抜きで失礼します。芸備線広島・三次間に今週と来週の計4回走ります。「ちどり」あるいは「夜行ちどり」と言えば 木次線のスイッチバックを越えてゆく陰陽連絡のイメージが強く、三次止まりでは道半ばで もの足りませんが、結構な人気だったようです。車両は山口線用のキハ484と481004を国鉄色に塗り直し ヘッドマークを付けてキハ58時代を演出したようです。昨今のゴテゴテしたラッピング車に比べると 国鉄急行色の方が格段に上品に見えるのは私だけでしょうか。

平成25年9月1日 中国新聞朝刊

平成25年9月1日 中国新聞朝刊

風前の灯 三江線(第4報)

今日も台風がらみの大雨が予想されていますが、山陰線、三江線にとって傷口を拡げることになければ良いのですが。中国新聞朝刊を添付します。

平成25年8月31日 中国新聞朝刊

平成25年8月31日 中国新聞朝刊

同上

同上

駅を旅する 〈11〉

長崎

長崎本線の終点、長崎である。

最初に訪れたとき、三角屋根に時計台を備えていた駅舎は三代目で、原爆被災から4年後の昭和24年にできたと言う。現在では、完全な終端式の駅となっているが、当初は、通過式の配線だった。その先に長崎港駅があり、もっと以前は旅客営業も行っていたが、訪れた当時は、貨物のみ扱っていた。

駅に隣接して長崎機関区、客貨車区があったが、当時は配置機関車がなく、鳥栖、早岐の機関車が出入りしていた。ターンテーブルの周りに扇形庫はなく、たいへん広々した機関区だった。

長崎港への貨物線は、昭和62年、国鉄民営化時に廃止され、平成12年には、現在の四代目駅舎が建設され、終端式の構造に改められた。

以前は、長崎始発の東京・大阪方面の優等列車が運転され、駅の格を高めていたが、平成20年に特急「あかつき」が廃止以後、すべて九州内のみの運転となっている。

また2022年開業予定の九州新幹線の長崎乗り入れに向けて、駅の立体化工事と周辺の整理事業が進行中で、もと長崎機関区・客貨車区、現在の長崎運輸センターの移転が焦点だったが、早岐駅と構内への移転が決定したと言う。

長崎IMG_0031sy▲鳥栖のところでも触れたように、昭和42年の訪問時、長崎本線の優等列車はDD51化されていたが、臨時列車はまだ鳥栖区のC60が牽いていた。長崎駅でも、C6026[鳥]の牽く大阪行き急行「第二玄海」の発車をとらえた。これを、鉄道ピクトリアルのトピックフォトに投稿したところ、初採用となった。高校2年生だった。嬉しくなって、学校へ持って行って、みんなに見せた。この号だけがボロボロになって、いまもその時の感動を伝えている。(昭和42年)長崎IMG_0033sy▲長崎駅前の風景。路面電車はバスに隠れてしまったが、その分、自動車が時代を語っている。その後に、付近にペディストリアンデッキが設置され、見通しが悪くなった。(昭和42年)

続きを読む

八月だ、もっと熱くなろう! 2013年 赤道直下のインドネシアSL撮影の旅 Part7 PG.SRAGI(スラギ製糖工場)

第6日目 8月1日 スラギ製糖工場

01_子供たち▲ ヤードの中を自転車3人乗りで、笑顔で走る仲良し3人組。兄弟なのでしょうかね。
東南アジアで訪問したタイ、ミャンマーやインドネシアではいつも笑顔が見られます。いずれも発展途上国です。発展していくとなぜか笑顔が消えていくようにも感じました。どうしてでしょうかね

今日は朝からスラギ製糖工場へと向かいます。ホテルからは約20キロ、8時前に到着しました。01_地図101_地図2[googlemap lat=”-6.925510900148495″ lng=”109.55952644348145″ align=”Left” width=”300px” height=”250px” zoom=”16″ type=”G_SATELLITE_MAP”]Pekalongan, Central Java, インドネシア[/googlemap]
▲ スラギ製糖工場は、スンバルハルジョ製糖工場のようにフィールドへと走行する路線は既に廃線となっていますが、現役蒸気機関車も多く、とても広いヤードが広がっています。私が見た中でも1番大きく、取扱い量も最大と思えました。

地図上のGoogleをクリックしていただきますと大きな地図になります。

続きを読む

京都市電の移送完了

出張から帰ってきて、予約の歯医者へ行くため山陰線の高架下にさしかかったとき、金網にしがみついて写真を撮る不思議な男を見つけた。そこは永いこと下水工事をしていた旧山陰線線路跡で、現在は市電が7台保存された小屋がある。見たら、なんとトレーラーに乗せられた1600型と2000型が出発寸前ではないか!あわてて携帯を取りだしたが心許ない。
現場で撮影していたテッチャンに聞くと、新聞に竹田車庫へ移動して売店に改造するとでていたそうだ。以前報告した市電のたたき売りが始まったのだ。

すでに旧1型や500型、700型などは移動して、最後の二台だそうだ。ビューゲルは外されていたが、2000型の方向幕には、「ワンマンカー」「烏丸今出川」と往年の表示がくっきり。

以前、交通局へ乗り込んで、局長さんに直談判したときの話では、交通局に金がないばかりに建設局の予算で運搬他、全てを依存しているため、10年間は公園で売店勤め公開するしかない。しかし、シートなど部品は交通局がしっかり保存するので安心してくれ、とのことだったが10年後には立派に復旧してもらいたい。そのためにも交通局が黒字化してほしいと思った。

来春には梅小路公園内に電池式のN電と、ハンバーガーやポップコーンを売る700型や500型が並ぶでしょう。

市電移動

八月だ、もっと熱くなろう! 2013年 赤道直下のインドネシアSL撮影の旅 Part6 PG.SUMBERHARJO(スンバルハルジョ製糖工場)

第5日目 7月31日 スンバルハルジョ製糖工場

00_こどもたち▲ 指令所前で集まってきた子供たち。昨年もいました美少女は、背が高くなり、一段と綺麗になっていました。一緒に連れてきているのは妹さんでしょうか、幼い子供の守りもできるいいお姉さんです。

06_ひつじ▲ 今日はもう1カット。バイク、自転車、大型車と頻繁に往来が多い道ですが、現れたヒツジさん。マイペースが僕の持ち味と悠然と横断していきます。シュガートレインが道路横に走る昼下がりの、のどかな光景でした。

続きを読む