八月だ、もっと熱くなろう! 2013年 赤道直下のインドネシアSL撮影の旅 Part9 チェプー(Cepu)森林鉄道

第7日目 8月2日 その1 チェプー(Cepu)森林鉄道

06_日の出の歓迎▲ 6:16、朝日が差し込みだしたチェプーの森の中、早起き一家が総出で、笑顔いっぱいの歓迎で迎えてくださいました。近くの子供たちも一緒です。今日も朝から元気をいただいてからの撮影開始です。ありがとうございました。 

01_チェプー森林鉄道路線図▲ 今日の午前中は、かつてインドネシアに分布する貴重なチーク材を運んだチェプー森林鉄道を初めて訪れます。レール幅は1067㎜の狭軌です。どんな蒸気機関車に出会えるか楽しみです。上の地図は今日の軌跡です。いつものようにO氏からご提供いただいたGPS地図を原本に作成しました。ご紹介させていただきます写真と合わせてご覧ください。
黄色の線が今回乗車しましたチェプー森林鉄道の路線図です。緑色の線は廃線になったようで、今回乗車できませんでしたが、Google地図で辿ってみました。機関区からの標高差は乗車できた終点までで約80m、路線距離は約15キロだろうと思われます。丸印の番号は降りて撮影したポイントです。

01_地図_ホテル→機関区まだ夢の中でしたが、何とか午前4時半前には起き上がり、荷物を持ってロビーに参りました。

ホテルをチェックアウトして出発したのは5時前、夜明け前の道を約7キロ、約20分も走るとチェプー森林鉄道の事務所に着きました。
02_機関区3

02_機関区502_機関区1▲ 5:47、機関庫前に参りますと、我々がチャーターした運材列車の給水作業が始まっていました。
積まれた木材がチーク材の原木です。1本、いくらするのでしょうね。大きいのになると数100万円なのか、それとも1ケタ違うのか?

車庫には客車ともう一台SLらしき機関車が置いてありました。予備機なのかも・・・。03_発車103_発車6▲ 5:51、機関区を発車しました。民家を抜けていきます。
蒸気機関車が走ると、付近に住まわれる皆さんは家の外に出られてお迎えです。

皆さん、結構早起きですね。

前方は煙とスチームで見えません。標高は約40mですが、涼しくもあります。温度は18℃でした。
03_発車7_温度
03_発車2
03_発車3▲ 5:56、鉄橋を渡ります。

03_発車4▲ 5:58、森の向こうから朝日が上がってきました。この先でスイッチバックです。
03_発車5

04_機回し1
朝日をバックに機回しをしてきました。(撮影地②)

 

▼ 6:02、機回しを完了して、SL+マキ&給水タンク付無蓋車+我々の乗車する無蓋車+運材車2両の編成ができました。04_機回し2
07_森の目覚め207_森の目覚め105_日の出を走る1▲ 6:11、朝日を浴びて森も目覚めてきました。森に朝日が昇り始める中、森林列車が走っていきます。

07_森の目覚め306_日の出の歓迎2
一旦列車に乗って朝日が差し込む森の中を移動しました。

ここでもヒシャブを被った可愛いお嬢ちゃんたちがお迎えしてくださいました。
07_森の目覚め4▲ 6:30、朝日を浴びて森の中を行く森林列車。ここはかつて貯木場があった所です。現在は売り払われたようで何もありませんが、右の白い塀は、チーク丸太の盗難を防ぐために設置されたそうです。広大な森です。設置するのも大変だったでしょうね。(撮影地③)
O氏が2007年に訪問された時はこの辺りまでしか行くことができなかったそうです。「貯木場にはチーク材が山積みされており、少しずつ売って、植林などの資金にしている。そしてチーク材の苗木を育てています。」と、聞かれたそうです。

【世界3大銘木の1つ、チーク材】
世界三大銘木には、ウォールナットチークマホガニーがあり、インドネシアではチーク(現地名;ジャティ・JATI )が分布しています。樹高は30 -~40m。雨季には落葉して生長を止めるため、珍しく年輪が形成されます。他にインド、ミャンマーにも分布しています。

美しい木目、そして堅く伸縮率が小さく、油分を含み耐水性に富んだ特性は、植民地時代に帆船の甲板材料として使われ始まりました。
その後、高級素材として寺院の建築素材にも使用され用途は広がっていきました。オリエント急行やクイーンエリザベス2号の内装のも使われ家具や彫刻等にも、また戦艦大和にも使用されたようです。

しかし現在では乱伐のため殆どの地域で伐採が禁止され、植林が進められています。天然の古木から伐採され、時間をかけて天日乾燥したチーク材は、最も高価です。古ければさらに良質で、古い建造物や船が解体されると高値で取引されています。

08_水田1▲ 6:40、森を抜けて走行していますと、水田に出ました。ちょうど村の皆さんが総出で田植えを始められておられます。これは撮らねばと降りて撮影です。(撮影地④)
08_水田3▲ 6:45、運材列車が走ると、懐かしいなあと手を止めて見入っておられます。
08_水田208_水田508_水田6▲ 田んぼのあぜ道に青く実ってきたパパイヤ、田植え前の水田は水鏡にもなります。

田植えに行かれない住民の皆さんが集まってこられました。
08_水田7
09_集落1▲ 7:13、運材列車は先へと進みます。普段は何も走らない路線です。荷物を背負ったおばあさんは、ためらいもなく横断していかれます。地鶏たちも同様です。(撮影地⑤)
09_集落2▲▼集落に入りました。家々をぬって運材列車は走ります。かつても毎日、こんな光景が見られたのでしょうね。
09_集落310_橋410_橋310_橋5集落となれば、そこには子供たちがいます。
赤ん坊や幼い子供を抱構えたお母さん?、揃って、笑顔でお迎えです。

子供たちもにっこり笑顔です。兄弟ですかね。

10_橋1

 

 

 

 

 

集落には鉄橋もあります。インドネシアの国鉄以外では珍しい1067㎜ゲージの森林鉄道は、とても広く感じます。(撮影地⑥)

 

 

 

▼ 7:35、橋下の河原に降りると、皆さんも集まってこられて鉄橋を渡る列車の見学です。
おばあさんは、昔はいつも蒸気機関車が走っていたんだよと、子供たちに話しているのでしょうね。

10_橋2
11_踏切2▲ 8:09、道路と交差する踏切がありました。かつては駅だったようです。いったん停車してから発車となりました。(撮影地⑦)

12_耕作地0▲ 8:40、辺りは水田ですが、まだ田起こしが済んだ状態です。(撮影地⑨)

12_耕作地1
12_耕作地8▲ 8:57、水牛さんが田起こししている姿が見えましたので降りて撮影です。(撮影地⑩)

16_銘板この蒸気機関車は、動輪5軸のタンク式です。テンダー車がありませんので、無蓋車にマキと水タンクを載せて走っています。
5軸とは小さいながらも力持ちですね。

銘板を見ますと、ドイツのベルリナーMaschinenbau社、1928年製です。

蒸気機関車の銘板にレリーフがあるのは初めて見ました。
中央のレリーフは、創設者の方なのでしょうかね。
12_耕作地212_耕作地512_耕作地4▲ 9:07、しばらくしますと援軍4頭がやってきましたが手伝う様子もありません。下見がてらの放牧のようでした。この辺りの標高は、約70mです。先ほど田植えをしていた所は約43m、少し上がるだけで田んぼの準備がずれてくるのですね。
12_耕作地7
13_花と蒸気機関車▲ 9:47、熱帯ですのでもっと花が咲いていても良いと探していましたら、ようやく朝顔のようなピンクの花が咲いていました。群落と蒸気機関車のツーショットが欲しいのですが、どこにもありません。(撮影地⑪)
14_小学校010:08、列車は山間地帯を力走します。
20km/h以上になりますと結構揺れますが、それよりも飛ぶ火の粉が見えてくるほど多くなってきます。腕に痛みを感じると、もう水ぶくれの火傷になっていました。
朝早かったのでボケて、サングラスと長袖シャツを忘れてきました。

14_小学校3
夜撮ならきっと素晴らしい「花火」が見られたことでしょうね。

やがて列車が走る側には小学校の校庭が見えました。(撮影地⑬)
生徒さんでしょうか、可愛い手を振って、笑顔でお迎えです。

14_小学校4
15_森215_森3▲ 10:45、植林されたチークの森に着きました。
上り勾配になっています。
列車をバックさせて上がってくる光景を撮りましたが、ここは動画向きですね。(撮影地⑭、⑮)

線路はまだまだ続いています。この先でチーク材の切り出し、積み込み作業も行われていたそうですが、現在、フォトランできるのはここまでです。15_森4

立体交差の鉄橋ですが、長い間休線状態で、まだ復活したばかりです。蒸気機関車が走る間は安全のためなのか、下の道は封鎖されます。
そのためにパトロールカーが来て交通整理をしました。
おかげでスッキリと撮れました。ありがとうございました。

我々はこれからPG.PAGOTTANへと向かいます。お世話になった関係者の方々にお礼を言ってチークの森を去りました。 Part10へ続く

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