【102241】鉄道、つれづれ草ー一畑電鉄編ー

これは研究発表ではなく、老人の思い出話としてお聞き下さい。なお、写真は老人が撮りためた一畑電鉄の写真ですが、思い出の時期とは一致しませんのでご承知下さい。

乙訓の老人の人生最初の『鉄道』の思い出は一畑電鉄だったようです。
老人の最初の鉄道旅は母上の故郷である出雲への旅だったそうです。

《老人が幼いころ、折に触れて母親の故郷に帰省できるときがあった。それはおばあちゃんが寝込んだときで、そんなときは山陰線で益田駅までの旅ができたのである》

この記述では益田となっているので山口線の沿線が“おばあちゃんのいる故郷であると推察できます。老人の記憶では出雲・島根県ですが、益田で乗り換えて、と言うことですから山口県ではなかったかと思います。
《あるとき、黒塗りの電車に乗って喜んでいた。これが田舎での電車の乗り始めで、この時には出雲大社の参拝までできたのだ。でもこの時はまだ一畑電鉄とは気がつかなかった。》
黒塗りの電車が一畑にあったのか、そう感じるような色だったのか判然としませんが“近鉄南大阪線のかもしか”でも分かるように子供のころの色の記憶など覚えていないのが当然でしょう。《戦争が終わり、田舎のおばあちゃんは天国に召されていたが、老人の電車への思いは高まる一方。しかし一畑電車と出会う機会はなかなかなかった。その思いがやっと実現できたのは約半世紀の後である。》
《1994年から98年にかけて京王電鉄から10両、南海電鉄から8両の導入があり、車輌の大幅な改善が実行された。運輸省からの補助や島根県の援助もあったようだ。この時期に二度に亘り一畑電鉄を訪れている。最初は南海の車輌が出場したころであった。》

老人の話を聞いていると、それまでにも職場の旅行で一度訪れているようですがその時は自由な行動が取りにくかったようで“電車を見ただけ”だったようです。

その後、先述の通り二度の訪問時に車庫を見学できました。

今年(2018年)の夏、ご子息一家と島根県に行って久しぶりに一畑電鉄に乗って幸せなひとときを過ごされたようです。
《今年の夏は伯備線経由で京都と松江を往復することができた。夜は子供や孫たちと食事を共にすることができたのは嬉しかった。》と締めくくられています。

一畑電鉄は地方のローカル私鉄、それも人口が少ない島根県にありながら活発な営業活動をしていることは注目に値する。中古の車輌をそのまま走らせるのではなく、かなり手を入れて独自のスタイルをとってサービスしている。最近は自社発注の新型を導入して注目されている。

乙訓の老人と一畑電鉄のつながりが母上を通してあった、というのは驚きであります。今回は直筆の原稿が鉄道趣味の形ではなく、幼少期からの思い出のような書き方であったためこのような文章になりました。
型式は出てきませんがこんな懐かしい想い出の投稿があっても良いのではないでしょうか?

車輌写真に関する説明は皆様に書き込みをお願い致します。
因みに乙訓の老人は、今夏の酷暑にもかかわらず打ち合わせに四条大宮にある喫茶店までたびたびご足労頂きました。私が原稿の矢の催促をするのをものともせず時間通りにおいで下さいました。リハビリ成功!です。

 

 

鉄道、つれづれ草ー一畑電鉄編ー” への8件のコメント

  1. 乙訓の老人様&米手作市様
    老人様のルーツは奈良県の現在の宇陀市で近鉄大阪線榛原からかなり奥に入った所とお聞きしたことがありますが母君の故郷が出雲であると初めて知りました。最近の一畑は米手作市グループの木次線保存蒸機詣での後の2017年4月10日単独行動での訪問でした。その時の最新鋭車は東急から来た1000系でした。この後に自社発注の7000系新車が入り、元京王初代5000系の動向も気になるところですので元気なうちに再訪したいと考えております。

    • 準特急様、
      早速の叱咤激励、20時に寝る乙訓の老人に代わりましてお礼申し上げます。文中の“米手作市一派による木次線保存蒸機詣で”とありますのは“わらくろや社長による陰謀”に変更願います。なお、年末にはわらくろや社長の企みで顔の利く(コミッションがもらえる)ミンミン餃子を食する会も計画していると側聞しております。さらには来年には山口線全線踏破まであるようです。

  2. 米手作市様
    老人様の時代は「のらくろ」という漫画があったような気がしますが、「わらくろ」という名は聞いたことがあるようなないような名前ですね。むかし京阪電車を熱烈に愛していた方と思いますがどうでしょうか。珉珉の餃子は総本家さんとよく食べに行きました。柔らかい皮で絶品でした。山口線はD60時代に行って以来訪問しておりません。山口線と言えばC571、これも羽越線と成田線でのイベント列車を撮って以来ずっとご無沙汰ですのでそろそろ顏を見ておきたいなと思います。と言いながら会の行事にはあまり参加しておらず申し訳ありません。尚、ほとんどの方が興味がないと思いますが一畑の元東急の撮影地は出雲市に近い武志-大津町間です。

  3. 米手作市様、準特急様
    上から3枚目の写真にあるデハ6は、今も大社線高浜駅近くに保存されている筈です。撮影は7年前の平成23年7月25日ですから、周囲の様子は変わっているかもしれません。高浜駅からすぐの保育園にきれいな状態で、デハ6(写真左)とデハ3(右)が大社線脇に置かれています。パンタも上がっていますので、遠くから見ると走っているように見えます。

  4. その昔、ロサンゼルスオリンピックの頃、家族旅行で一畑薬師にもお参りしました。
    「おんころころせんだり、まとおぎそわか」と念じるように書いてありました。意味も分からず、子供達と念念じたことを思い出しました。

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