“ナメクジ”に 魅せられる  (4)

これも“ナメクジ” 変形機のいろいろ

“ナメクジ”95両のうち、ほかとは異なる外観をした機体もいました。前号の長鉄式デフの95号も含まれるかもしれませんが、今回は、デフなしナメクジと、標準型になったナメクジという珍品です。

吹田第一機関区のデフなしナメクジ、D51 78 吹田一区のD51の役目は、おもに吹田操車場での入換え。付近を電車で通ると、はてしなく広がる操車場のあちこちにD51の煙が立ち上っていたものだ。何十両も連結した貨車編成を、ハンプへ押し上げて突放し、係員がデッキに飛び乗り、前後動を繰り返していた。係員の立ち位置の確保と見通しを良くするため、思い切ってデフを取り去ったもの(梅小路、昭和41年10月)。

 

もう一例として、「標準型」に改造されたD51 54[名]を挙げよう。新製配置は水戸区で、終戦直後に北海道に渡り、函館、旭川、名寄、小樽築港と転じた。昭和32年に標準型に改造されたと言われるが、理由は不明とされている。缶胴上の給水温メ器は煙突の後になり、ドームも標準型、煙室前端のRもなくなり、角形になった。宗谷本線で同機を撮った時は、番号は間違いなくナメクジのはずが、どう見ても標準型、当時は情報も無く、ずっと「?」のままだった(北永山、昭和43年9月)。

吹田第一機関区の昭和42年当時のD51は18両、うち6両がナメクジで、全機デフなしだった。ターンテーブルに載るD51 51 形式と製造番号が一致するこの機は、廃車後、くずはモールで展示され、嵯峨野観光鉄道のトロッコ嵯峨駅構内に展示されたことは、井原さんからコメントをいただいた。くずはモールへ搬入時の貴重な写真もデジ青読者から報告されている。

前梁をトラ模様にしたD51 52 おもには入換だが、時として城東貨物線で貨物列車を牽くこともあったと言う。正直、あるべきデフをもぎ取られて、トラ塗りになったナメクジは哀れに感じた。ほかの区でも、稲沢第一区でもデフなしD51はいたが、ナメクジはいなかったようだ。またピクの特集号では、人吉区で矢岳越えに挑んだD51にもデフなしがあった貴重な写真が載っていた。

 “ナメクジ”に 魅せられる  (4)」への2件のフィードバック

    • ゴハチ信者さま
      貴重な情報、ありがとうございます。たしかにピク特集でも、“ナメクジ”は第一動輪の軸重が、ほかより少し軽く、空転しやすいと書かれていました。そのため、前梁に死重を積んだ例もあるようです。標準型は、給水温メ器が、煙突の後ろから前へ移動していますから、それだけでも重量バランスが改善されたことと思います。

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