連接車7

今回は比較的異色車を交えてみた。

まずは北の札幌。ここはヨーロッパスタイルの連接車や気動車が印象的であった。以前、A830形の譲渡先名鉄美濃町線の姿をお見せしたのでA810形A812・A811とする。というよりも他の連接車A800形、A820形は撮っていないというのが正直なところである。今は名前が消えてしまった銀行がバックにあるので多分駅前から大通りに向って歩きながら適当に撮ったのだろう。札幌には1年赴任したが場所は明確にはわからない。

  1969.3.18  →札幌市A812・A811

 

南海にも連接車がいた。といっても元和歌山電気軌道2000形で、1961年に南海電鉄に吸収合併され同社和歌山軌道線になって以降の姿。ウサギの耳のようなライトが特徴。この撮影の約2年後の1971年1月に軌道線は廃止された。

 1968.11.21 南海電鉄和歌山軌道線 和歌山市2003・2004

 

1969年5月10日に廃止された東急玉川線には面白いのがいた。超タマゴ型の軽量車両で1軸連接台車。使い勝手が悪かったのか玉川線廃止後は世田谷線に残ることは無かった。こういう個性的な車両は最近は見かけない。現在の世田谷線はオール300形で2車体3台車。

 1969.5.8(玉川線廃止2日前)東急玉川線上通りデハ205二子玉川園行き

 

 2012.2.5 東急世田谷線宮の坂 三軒茶屋行き307AB

 

 2012.2.29 降雪の東急世田谷線下高井戸に到着する304AB

 

元祖連接車京阪びわこ

1969.12.6 京阪電鉄浜大津駅到着61 撮影メモ紛失のため駅名は未確認。

 

762ミリゲージ唯一の連接車が三岐鉄道北勢線に存在している。同社の200形で元三重交通湯の山線4400形1959年製。湯の山線改軌後は近鉄北勢線に移ったが何回行っても休んでいたのか撮れなかった。先日の烏丸御池写真展に行く前に訪問してみたらこの日は運よく走っていた。土砂降りであったがやっと撮れたと満足して帰った。

  2012.2.14 三岐鉄道北勢線楚原~麻生田 ク202

 

長野電鉄へ譲渡された元小田急10000形。本家の10000形は3月16日で全廃されるが分家では4連ながら小田急そのままの姿でしばらく走り続ける。

2007.9.16 長野電鉄夜間瀬~信濃竹原 特急「ゆけむり」湯田中行き1001~1031

 

JRでは珍しい連接車。7両連接×2の14両編成。京葉線で土休日に走っていたが、最近は見かけない。どうなっているのだろうか。電車情報にお詳しい葛飾区や都筑区にお住まいの方、情報をお願いしたい。

2010.7.26 JR京葉線潮見 クハE331-1 海浜幕張行き

4 thoughts on “連接車7

  1. 準特急様
    びわこ号の写真ありがとうございます。浜大津の東口駅ですネ。浜大津駅が写っている写真は多いのですが、この東口駅の様子が写った写真が少なく、大変助かります。ホームの屋根の長さとか、架線柱の位置、うしろにある瓦屋根との位置関係、先端だけが見える江若浜大津駅本屋との位置関係などいろんなことがわかる1枚なのです。ところでこのびわこ号 東口駅に到着したということは 坂本方面から来た区間運転列車のようですネ。通学生が多いところをみると 12月6日の早朝でしょうか。かなり冷え込むと見えて窓ガラスは曇っています。乗客を降ろしたあと この先の渡り線で折り返して 錦織に戻って行ったのでしょう。こんな情景をジオラマで再現しようとがんばっております。お楽しみに。 

  2. 準特急様
    貴重な連接車の画像有難うございます。

    一番目の札幌市電は窓が防寒対策のため引き違いになっており、いかにも北海道の電車という感じがします。昭和38年から40年頃まで毎年のように連接車が増備され、この頃が札幌市電の最盛期だったと思います。路線縮小時にことごとく廃車され、一部は名鉄に譲渡されたことはご存知の通りです。

    2番目の南海和歌山軌道線の2000形は、走るのはラッシュ時のみで、京都からは撮影し難い車両でした。準特急様は綺麗に撮影されておられますが、私は車庫前で入替作業中に出てきたところ撮影しただけです。路線縮小時に真っ先に廃車になりました。

    3番目の東急デハ200形は、現在の富山、高岡、岡山の新型車両に通じるスタイルで、半世紀以上前の昭和30年にこのような斬新な車両が出現したことに驚かされます。斬新過ぎたのが仇となり、路線縮小時に早々と姿を消したのは残念でした。「電車とバスの博物館」に保存されているデハ204を再整備して世田谷線で走らせないものかと思うことがあります。

    6番目の「びわこ号」は石坂線で使用中の超貴重な画像です。西村雅幸様がコメントされている通り、撮影場所は浜大津駅の石坂線ホームで、坂本方面から浜大津止まりで到着したところです。よく撮影されたと思います。

    7番目の元三重交通の3連接車で、トレーラー化されていますがよく残っていると思います。三岐鉄道は北勢線の冷房化を進めていますが、この車も冷房化されるのか、製造年が昭和34年と古い点が気になるところです。

    最後の京葉線のE331系は、トラブル続きのため現在は使用されていません。準特急様が書いておられる通り、土休日にE331系専用の運用がありますが、E233系等が代走しており、次のダイヤ改正でこの運用は消滅しています。余程のことがない限り、再起することなく廃車になるのではないかと思います。

  3. 昨日、ADSLから光回線への工事、本日、新しく購入したパソコンの初期設定等でパソコン音痴にとってはパニックの2日間でしたが、温かいコメントで疲れもとれました。

    西村雅幸様
    びわこ号の左奥に京阪電車の案内広告みたいなのがあり、線路配置からも多分近江神宮ではなく浜大津とは思っていました。車両が大きく写った所謂8割写真(形式的写真)で「西村さん写っているよ!」というほどの背景の情報がなく申し訳ありません。浜大津は石山坂本線と京津線のジャンクションですが、こんなにホームが狭かったのかなと少し驚いております。それより、凄いジオラマで模型界でも注目の大プロジェクトです。先日の浜大津での江若関係者の反響を見ると一つの新しい鉄道ファンの姿を感じました。ご活躍、ご成功を祈っております。

    藤本哲男様
    補足説明有難うございます。前にも書きましたように連接車は乙訓の老人さんや藤本さんの専門分野。多分言い足らないことや「こんなんあるで」があると思います。ところで、広島電鉄5000形や富山などに見られるヨーロッパに多い足回りの見えない連接車はバリアフリーでこれからの車両として期待されいると思いますが、個人的には車両と車両の間に台車が丸見えの古いタイプが好きです。また、宜しくお願いします。

  4. 連接車といえば、釧路臨港鉄道に連接の石炭車があったんじゃないですか。どなたか写真と一筆をお願いします。

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