2013年 春の中国鉄路の旅 Part15 北朝鮮国境沿いの鉄路 その9 国境の橋「琿春図們橋」、またも来ました北朝鮮の列車!客車型電動車を見る!

第14日目 5月14日 その2

南陽図們橋を撮った後琿春図們橋へと向かいました。主要国道ですが重量トラックやダンプカーが通っていますので、舗装は剥がれ穴ぼこだらけで雨が降ったのでぬかるむ悪路です。穴ぼこを避けて右左にハンドルを切りながら最徐行で進みます。

車中で崔さんにどうして北朝鮮の列車が来るのが分かったのかと質問をしますと、以前に携帯で撮られた動画を見せてくださいました。「聞いてください。なんか壊れて走っている音でしょう。中国の列車とは音が違っています。だから来るのが分かりました。」と申されます。
確かにガタンゴトンではなくカタンコトン、シャカシャカと不調和音に聞こえる気がします。恐ろしや音で北朝鮮の列車の走行音を聞き分けるガイドさんでした。ご尊敬申し上げます。
10_レールカー4向かう途中で小竹先生はアッと言われて止まるように指示されました。そして車を降りて後方へと行かれます。何かあるのかと思いましたら並行する鉄路に保線工事用のレールカーが見えました。 盛り土の軌道に上がって見ますと、ワゴン車にレールを走行できる車輪を付けた、というよりレール台車にワゴン車を乗っけたような車両です。ワゴン車はTOYOTAのライトエースです。 10_レールカー3 10_レールカー210_レールカー1▲ ウン、中々よくできています。トラック改造は見かけますが、ワゴン車は初めて見ました。

11_吉林~琿春高速鉄道1また、吉林~図們~暉春を結ぶ運転速度250km/h、総延長359キロの旅客専用高速鉄道の建設が急ピッチで行われていました。 完成は2014年予定で、この鉄路は既に開業している長春~吉林の高速鉄道と結ばれますと、全長501キロ、所要時間は2時間50分となり、今より7時間余りも短縮されます。 11_吉林~琿春高速鉄道2この高速鉄道が開業されますと、高速道路も結ばれている図們に代わって北朝鮮及びロシアとの物流の起点になってきている琿春の発展は、より強固なものになります。逆に今まで東の丹東、北の図們と言われていた中朝交易の拠点だった図們は寂れていくかもと言われています。 12_琿春図們橋312_琿春図們橋512_琿春図們橋2▲ 12:07、琿春図們橋の手前にある道路橋の穏城大橋(甩湾子橋)に着きました。全長525mの橋ですが、1945年8月終戦直前のソ連侵攻時に日本軍の手によって途中が爆破されて断橋となりました。 現在なお復旧されることはなくそのままの姿で放置されています。 12_琿春図們橋612_琿春図們橋4
穏城大橋
から見える橋台だけになった橋が列車が渡っていた琿春図們橋です。 この橋は2代目で、元々は昭和2(1935)年11月1日に762㎜ナローゲージで開業した琿春鉄路用湾子(水湾)と訓戎をつなぐ国際鉄橋でした。
12_琿春図們橋7しかし、この鉄路を標準軌に改め、さらに琿春以遠に延長する必要に迫られ、新たに設立された東満州鉄道琿春鉄路を買収し改軌を行いました。この橋は当初に改軌を考慮しての設計施工をしていなかったために活用できず、昭和14(1939)年11月1日に1,435㎜対応の橋が新たに建設されています。

現在の姿になったのは、終戦時にソ連軍がシベリア鉄道用として橋上の鉄梁をすべて収奪したためだそうです。 琿春鉄路につきましては前回の訪問記をご覧ください。

話は戻りますが道路橋の穏城大橋を撮って先に車に戻ろうと橋のたもと近くまで来た時に例のシャカシャカ不調和音が聞こえてきました。図們方面からの列車が見え出しました。あわてて先生がまだ撮影を続けておられる断橋の先に向かって走りましたが、老体では直ぐに行けません。途中から諦めての望遠撮影です。
13_琿春図們橋2▲ 12:48、EL牽引の客車列車が豆満江沿いを走行してきました。今度は先ほどと違っての9両編成です。撮影した時は別の列車だと思っておりましたが、落ち着いて写真を拡大してみますと同じ列車です。ただし10両編成のうち、先頭の荷物車1両が切り離されています。
先ほど撮った南陽図們橋の対岸南陽から琿春図們橋の対岸にある訓戎までは39.2キロ、間に5つの駅があります。このどこかで切り離されたようですが、2時間余りもかかっての通過です。その間に我々はあちこちと寄り道もしていました。撮影していた時間も加味すると、この列車は聞きしに勝るノロさですね。19_国境の橋この後列車は林の中に入って行きました。横から編成を撮りたいのでファインダー越しに抜ける場所を探しました。そして1ケ所、木々が途切れた場所がありましたので、車両番号だけでも確認したいとシャッターを切り続けました。
14_北朝鮮の列車編成1DSC_7711_3ELは5133号機です。車両番号からすると5000番台を与えられた北朝鮮を代表する赤旗Ⅰ型でしょうね。
種車はチェコ製のE499.0型(1988から140型シリーズ)で技術移転されて1961年から北朝鮮で製造されています。
同じとすれば、全長15.74m、総重量82㌧、最高速度120km/h、定格出力2,032kw、直流3,000Vですが、こちらは軸配置B+Bです。

5133号機はどう見てもC+Cです。調査不足で確かなことは分かっていません。だれか教えてください。※ 参考にしたのは「将軍様の鉄道」と下記の2つのHPです。
http://de.wikipedia.org/wiki/%C4%8CSD-Baureihe_E_499.0
http://de.wikipedia.org/wiki/Liste_der_Lokomotiv-_und_Triebwagenbaureihen_der_%C4%8CSD#Gleichstromlokomotiven_3kV

14_北朝鮮の列車編成2▲ 1両目(758)、2両目(744)の荷物車と3両目の一般車です。2両目の荷物車の左側の屋根が盛り上がっているのは後から継ぎ足しての改造を受けたように見えます。荷物車のドアは開かれていて乗務員の姿が見えます。風とりではなく明かりとりのようですね。
3両目(6167)からは一般車になっています。

14_北朝鮮の列車編成3

▲ 3~6両目の車両です。3両目(6167)の後部、4両目(6120)、5両目(6130)と奇怪なパンタ付の6両目(3090)です。6両目は3000番台の車両番号が与えられていますので明らかに他の車両とは違っています。拡大した画像を崔さんに見せて訳してもらいますと、「動力車」と申されます。数々のHP、ピク・ファン・ジャー等々の雑誌を探しましたが見落としたかさっぱり分かりません。調べあぐねて、ここでやっと「将軍様の鉄道」を読みますと、P96の北朝鮮を走る電車欄に掲載がありました。

「もう一種の変り種が「客車型電動車」だ。これは電気機関車1両では牽引不足な長大客車編成の中央部にはさんで運用されるもので、外観はまったく客車そのものだが屋根上にはちゃんと集電用のパンタグラフを載せ、モーター音を唸らせながら走っている。世にも不思議な列車の運用方法ではある。」と載っています。これなのかなと思いましたが、床下には電装品が見当たりません。撫順のジテのように床上搭載なのかと撮った画像を見ますと、車両の半室が通路は残してありますが間仕切りが設置されています。この中に電装品が設置されているのかも。今回はパンタを上げていませんでしたので残念ながらモーター音を確認はできませんでした。
しかし運転方法はどうしているのでしょうか。まさか総括制御などの設備はしていないでしょうから無線でも使用しての連絡方法なのか興味が尽きません。面白車両の一つですね。こういう車両には是非乗ってみたいものです。

ついでにこの列車はどういった列車なのかを見ますと、P7の準急行列車系統図に当てはまる列車があります。128・129・130次でP124では屑麻02.37発、羅津10:46着とあります。
撮影した時間とは全く違っていますが、遅延がそれも大幅な遅れが日常的な北朝鮮鉄道です。多分、これではないかと推測します。

14_北朝鮮の列車編成4▲ 7両目(3090)、8両目(6329)、最後部の9両目(6228)です。いずれも両端のデッキには帽子を被った兵士(列車安全員)らしき姿が見えます。中国の身分証にあたる公民証と居住地から40キロや管轄地区内を離れた所に行くための通行証を持たないと切符の購入すらできない北朝鮮です。切符を買えて乗車できても列車安全員の監視の眼があります。車窓を眺めながらゆったりとする旅情など考えられないのでしょうね。でも怖いもの見たさもあって、行って見たい乗ってみたいと思わずにおられません。
ちなみに北朝鮮に12回も行っておられる丸谷氏からは、「国際列車は別にして、基本的に人民と接する機会のある列車には絶対に一緒には乗せてはくれない。」と言われていますが、何でも挑戦の私です。生きている間に何とか打開策を見つけたいと思っております。

Part14の全体編成表をご覧になりたい方のために再度写真を掲載します。
04_図們国境5これで、ここの国境の橋の撮影終了です。崔さんからは携帯電話の受信アンテナが立たない。ここは妨害電波も出ているので図們の踏切番からの連絡があっても受信できないと申されます。帰りは高速道路を使って図們へと急ぎました。
17_図們駅14:11、図們駅に着きました。前回とは違って駅舎上にはしっかりと駅名掲示がされていました。
踏切に着いて踏切番のおじさんに聞きますと、「午後から列車が来ると待っているのに来ない。連絡も途絶えたきり状態だ。彼らはいつもそうだ。ウソばかりでいい加減だ。」と、えらくご立腹です。来るようだったら連絡しますよと言われましたので待つことにしました。
16_昼食
14:30、遅い昼食です。図們風の水餃子のオンパレードにしました。

15:20、まだ踏切番おじさんからの吉報はありません。こちらから電話を入れてもらいましたが、おじさんはもう待てない。本当にいい加減だと諦め声だと崔さんは申されます。今日は2本も列車が撮れましたのでまあ十分です。幸運を使い切りたくないので、我々も諦めて図們を後にしました。

18_犬鍋18_犬鍋216:15、宿白しています延吉の境浦酒店に戻りました。
宿では、昨夜長春から夜行列車に乗って来られた小竹先生の朋友ガイドの王国軍さんがお待ちでした。今回は二人とも長春は通過となりましたのでわざわざお会いしたいと来られていました。夕食は延吉名物の犬鍋です。私は愛犬が家におりますのでどうしても顔が浮かんで食するのはためらいますが、見た目は他の肉と変わりはありません。しっかりといただきました。
折角来られた王さんですが、今宵の夜行列車で長春へと戻られます。信義に厚く義理堅い王さんです。朋友の小竹先生が来られたのに一度も会わずに帰国されるのはたまらなかったのでしょうね。

小竹先生と私にとっては、長かった14日間の旅の最後の夕食です。王さんが駅に向かわれた後も飲み続けて店を出たのは最後の客となってからでした。 Part16へ続く

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