2013年 秋の北陸路一人旅 Part6 立山砂防軌道(国土交通省立山砂防工事専用軌道 )

第6日目 10月17日

いよいよ今回の旅の本番、立山カルデラ砂防体験学習会立山砂防軌道(国土交通省立山砂防工事専用軌道 )初乗車なるかの日を迎えました。但し、先日までの豪雨の影響がなければ、そして先発するパトロールカーが走り、障害がないと確認されてからという条件付きです。地図2

 立山砂防軌道は、世界でも有数の急流河川、暴れ川で有名な常願寺川の砂防施設建設工事に伴う資材や機材・人員を輸送するために建設されました。元は馬車道だったそうですが、昭和2年(1927年)着工され、昭和4年(1929年)に千寿ヶ原 -~樺平が開通。延伸が進められて昭和40年(1965年)には千寿ヶ原 -~水谷、610㎜ナローゲージによる全線18キロが開通しました。
その後も大雨による軌道崩壊を避けるためにトンネル化による改修工事が行われています。名物だったオーバーハング2ケ所は消え、42段あったスイッチバックも38段と減りましたが、標高差640m、最大83.3‰、平均35.6‰の急勾配を上がる山岳鉄道は、トータル的には世界一でもあります。管轄は国土交通省で、一般客扱いの鉄道ではなく工事用軌道です。

鉄ちゃんとしては是非とも乗車したい鉄道ですが、切符を買って簡単に乗車できるものではなく、便乗は原則として認められていません。しかし、富山県・(公財)立山カルデラ砂防博物館が企画主催される立山カルデラ砂防体験学習会に応募することで参加への道がありました。
ただ参加には、毎年指定された実施日、その締切日にはがきによる申込みを行う必要があります。参加希望者は多く、毎年数倍もの申し込みがあります。個人申込みの場合は抽選、団体コースは参加目的と団体の活動内容が分かる書類を提出しての審査が行われます。

個人申込みで抽選当選するのは至難の技、また団体では活動内容が吟味されてハードルが高いと言われています。今回参加できたのは奇跡でもありました。選ばれましたのは、すべてKさんのおかげです。参加者として加えていただきまして感謝、感謝です。

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▲ 2013年度の応募のてびきです。
※ クリックしていただきますと大きくご覧にいただけます。来年は内容が変わるかもしれませんが参考にしてください。
印刷される方は、一旦デスクトップにでもドラックしてから開いて印刷された方が良いと思います。

コースは、トロッコ個人コース・トロッコ団体コース・バスコースの3つがあります。団体コースのみ参加費は無料となっています。バスコースは論外として、トロッコ乗車ができるのは2コースのみで、それぞれ実施日がダブらないようになっています。

実施は、トロッコ乗車が午前と午後の部に別れていて、我々の班は午後乗車になっていました。
08▲ 朝の説明会で配布されたガイドブックです。イラストの路線図が掲載されていますが、オーバーハングは新しくトンネルが開通して、今は廃線となりました。

026:00 宿営地の立山アルペン村で期待を胸に起き上がり空を見ますと、まだ日の出前ですが晴れあがってきています。

駐車場内のセブンイレブンで朝食と今日の昼食用の弁当を買ってから出発としました。
皆さんとの集合時間は、立山カルデラ砂防博物館前に8:30です。
まだ時間がありますので、まずは立山線の朝のギラリを求めて撮影です。

7:25、岩峅寺~沢中山を14766+14765の普通307列車が上がってきましたが、ギラリは見せてくれませんでした。

04▲ 7:49、千垣~有峰口の常願寺川にかかる鉄橋を渡る、16011+16012の普通310列車。谷の右側には朝日があたっていますが、左側は影となりました。
058:10、撮影後すぐに立山駅に向かい駅前の駐車場にぶんしゅう7号を入れて立山カルデラ砂防博物館前に行きました。皆さんが乗って来られるチャーターバスを待ちます。

今回、Kさんが企画されましたツアー団体名は「ちゅうぶ鉄道文化遺産愛好会」です。

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すぐ横にあるこの建物は、国土交通省 北陸地方整備局
立山砂防事務所です。
この建物の裏が砂防軌道の車庫になっています。
03▲ 8:24、チャーターバス到着後は、参加者の方と一緒に立山駅手前の常願寺川にかかる鉄橋を渡ってくる普通309列車を撮影しました。

立山カルデラ砂防博物館に戻りますと今日の立山カルデラ砂防体験学習会の説明が始まりました。ハッキリと断言されたことは聞こえてきませんでしたが、どうやら実施されることに決まったようです。
今年最後の立山カルデラ砂防体験学習会、トロッコ乗車コースの出発が始まりました。
07▲ これが今日の行程表です。立山カルデラ砂防博物館の館内展示説明は程々に、バスに乗って立山カルデラを見学後に水谷平まで行き、トロッコに乗車して下山します。
1324▲ 博物館を出発したバスは一旦、地鉄有峰口駅まで下りてから林道有峰線に入り上がっていきます。

先導車は立山カルデラ砂防博物館の可愛いお姉さんが乗車したデリカ四輪駆動車、そして2台のバスです。

61▲ 10:04 最初の見学地はダム湖の有峰湖です。
1514▲ 10:36、跡津川断層露頭に到着。立山から岐阜県の北の県境にまで長くのびた大断層で、 これからも活動すると考えられている活断層の1つだそうです。記録されているいちばん新しい活動は、1858年(安政5年)北陸地方を中心に大きな被害を 出した飛越地震で露出している断層は珍しく貴重だとの説明です。

1718▲ 11:12、六九谷展望台に到着。ここは昭和44年(1969年)8月の豪雨で崩れた谷。発生した年から名付けられたそうで、カルデラ全体を見渡せます。
説明ボランティアさんは、ここから峰々の雪景色を見るのは私も初めてです。皆さんは日頃の行いが良い方ばかりですねと、お褒めのお言葉をいただきました。

2120▲ 11:55、続いて向かったのは、六九谷展望台から見えていた立山温泉の跡地。
説明書きにもある通り安政5年(1858年)の地震で埋没し、明治2年に再興され数千人の砂防工事者が宿泊していたものの昭和44年の水害以降は閉鎖されてしまった所です。浴槽跡も残っていてここが男風呂、あちらが女風呂と説明してもらいました。
しかし、こんな山奥に何日もかけて江戸時代にわざわざ湯治に訪れたのかを聞いてみますと、「当時は娯楽が少なかった。湯治に訪れるのが娯楽そのものだった。」との返答でした。

ここで昼食タイムです。皆さん前もってコンビニ等で買い求められていた弁当を広げました。足湯でもあったら最高でしたね。

22▲ 12:02、吊り橋を渡って着いたのは泥鰌池(どじょういけ)。安政の地震で湯川が堰き止められてできた池です。真ん中右の写真に黄色の線を入れたのは、かつてインクラインからレールが敷設してあった路線でレールは未だ1部が残っているそうです。

1625▲ 12:35、白岩砂防堰堤を見下ろせる展望台に到着。
1番上の主堰堤から7段もの堰堤が連なっています。落差は日本一の108m、昭和14年(1939年)に完成したそうです。

写真や資料を取り出して、熱心に説明してくださるボランティアのおじさん。ありがとうございました。

31▲ 現在地は、2の白岩下流展望台です。バスに再乗車して3の白岩砂防ダムへと下りていきます。
32▼ 12:50 3の白岩砂防ダムに到着。ここでバスを降りて、後は徒歩で砂防軌道水谷駅へと向かいます。
3033▲ 左下はここで働いておられる労働者の方々専用の天涯の湯。800m上流の泥谷で湧き出ている温泉をホースで引き込まれています。一般用に足湯がありましたが、この日はお湯が入っていませんでした。

27▲ ここからは徒歩で水谷駅へと向かいますが、その前に立ち寄ったトンネルは白岩砂防堰堤の右側岩盤部が崩れないように内部からアンカー・ロックボルトを用いてピアノ線で引っ張って防止する設備のために掘られていました。889本のケーブル、長さは約30kmにも及ぶそうです。
外から補強してあるのはよく見ますが、内部から補強してあるのは初めて知りました。世界最高の技術だそうです。

見学後はトンネルの外に出て、右側にある小さなトンネルに入りました。このトンネルは元はトロッコが走っていたようでレールは残してありました。今は輸送作業車が通っていますので、事務所に連絡されてから車の通行を止めてから入場できました。出口が見えない長いトンネルです。
36▲ 13:35 トンネルを出ますと、そこは砂防軌道水谷駅でした。

373938▲ 全長は18km、全線が単線ですが4ケ所に列車交換ができる駅(連絡所)が設置されています。各駅には女性連絡員が配置されているそうです。

42 43 44▲ 留置線は本線上に2線とスイッチバックをした上に3線が設置されています。留置されているのは3両編成の3本、内2本にはDLが連結されていました。
40▲ 上の留置線後方には中々見事な水谷の滝が流れ落ちています。

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▲ 何時になったら我々が乗車する列車が到着するのか分かりません。ブラブラ駅周辺の撮影に行こうかと思っていましたら、説明員から「線路の向こうには行かないでください。」と、前もっての注意がありました。「ちょっと昔まではこの先の鉄橋まで行けたのに、そこから滝をバックに良いカットが撮れるのですが・・・。」と、Kさんから撮影するのが厳しくなっていると残念そうなお言葉がありました。
線路わきでは、保線員?のおばちゃまたちが草むしりをされておられます。これも立派なお仕事です。

49▲ 14:13 ホーム付近が慌ただしくなってきました。おばちゃまたちが一輪車を持ってきて、ホームで待機し始めました。列車が来る様子です。皆さんもカメラを構えてお待ちです。

46▲ 14:15 DL「平成号」に牽引された3両編成が上がってきました。
5148▲ 到着すると作業員の方々も手伝っての荷卸しです。運んでこられた荷の殆どは食糧品のようです。

おばちゃまたちは、荷を分担して飯場の方へと運んで行かれました。

我々の乗車するのはこれの折り返しかと思いましたが、そのまま引き上げていきました。50▲ 14:19 代わって入線してきたのは留置線にいた1本の列車でした。一応ヘッドマークならぬ垂れ幕付です。

54▲ 14:21 我々の列車が入線しました。ホームにはまだおばちゃま方がおられますが、邪魔をしないように乗車しました。私の求めた席は最後部で荷物を置きましたが、作業員の方も乗られて前の車両に移るように指示されました。と、言っても小さな車両です。3列3人用のシートでは身動きも出来ないギュウギュウ詰めです。センター席になりましたのでカメラも構えられません。
55▲ トンネルをくぐるとスイッチバックの連続が始まりますが、沿線には木々が茂り以前に雑誌等で見た見晴らしの良い光景はありません。それとトンネルだらけです。横の席に座られた方は、「昔はトンネルも少なく、木々もなかった。落ちそうに思えるところを走っていた。車両も窓ガラスもなくオープンで、風が気持ち良かった。」と、少し残念がっておられました。
交換所はおばちゃまが旗を振っておられました。駅舎もログハウスで素敵です。

53▲ 木陰から一瞬わずかに見えた、先行列車。閉塞はなく続行運行です。

65▲ 終点の千寿ケ原駅に近づきました。最後のスイッチバックで下りていきます。
56▲ 15:56 千寿ケ原駅に到着しました。約1時間30分の乗車でした。終わってみればちょっと乗り足りない感じが残りました。
57▲ 列車はすぐに車庫に引き上げます。
5859楽しみにしていました立山カルデラ砂防軌道の乗り鉄でした。終わってみれば、あっけなく過ぎ去ってしまいました。まだ乗っていたい。もう一度乗ってみたいと思いました。来年もチャレンジしたい思いが残りました。

今日の宿営地は明日の撮影を考慮して立山アルペン村です。お風呂も2日続けてグリーンパーク吉峰の「吉峰温泉ゆ~ランド」にしました。
その前に夕焼けの立山線を行く元京阪3000系の撮影です。
60天気予報では明日も晴天です。乗り鉄もやりたいのですが、天気の良い日はやはり撮り鉄になります。明日は終日頑張るつもりです。

※ 国内遠征が続いております。投稿が遅れておりますがお許しください。 Part7へ続く

2 thoughts on “2013年 秋の北陸路一人旅 Part6 立山砂防軌道(国土交通省立山砂防工事専用軌道 )

  1. 行かれたんですね!
    本当は私も参加する予定だったのですが、介護と仕事の都合がつかず泣く泣く欠席しました
    立山には学生時代に2度訪問しました
    1回は人車にも乗せてもらって水谷まで行って砂防現場を見学させていただきましたが
    再度夏休みに訪問した時は、トロッコの積荷のセメント袋にしがみついて18段スイッチバックまで上がりました
    あの時のことは今も鮮明に覚えています

    • 団長様、コメントをいただきまして、ありがとうございます。
      私は初めての参加でしたので、大変楽しめました。実施されるかどうかのヒヤヒヤもありましたのでなおさらでした。
      昔は、応募などしなくても行けば乗っけてくれた良き時代だったでしょうから良かったでしょうね。今はガチガチになっていますので、羨ましい限りです。次回、お会いできました折は、その時の様子をお聞かせください。よろしくお願いします。
      実はこの後、日を改めて、再びKさんの案内で禁断の地の撮り鉄に挑みました。後日1部を紹介していただきますので、こちらもご覧下さい。

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