2014~2015年 凍える大地への旅 Part3 三道嶺 1日目

DSC_9915_105DSC_9895_100三道嶺の主、アイグリさんから王さんに南站から北二鉱への列車がもうすぐ発車しますとの連絡が入りました。急いで東露天掘り鉱での撮影を切り上げて向かいます。

▲ 16:56 撮影地② Google座標; 43.125831, 92.726284
夕暮れが近づいた頃、南站を出発して北二鉱へとテンダーファーストで向かう運炭列車。今日は風もなく空高く煙を噴き上げてきました。ドレーンは撮影している私たちへの運転士からのサービスです。

三道嶺露天掘り炭鉱は、戦前からの撫順阜新と違って中華人民共和国が建国されてからの1960年に採炭が始まった新しい炭鉱です。そのためか今尚多くの蒸気機関車が活躍しています。
ここへは2011年2月に準特急先輩、クモハ73106さんに連れて行ってもらってから3回目の訪問です。飽きるほど大型蒸気機関車の建設型が見られ堪能していましたが、今回は新しく露天鉱が開鉱されて蒸気機関車が走る運炭新線が開業した。また花火列車が見られるとの情報もあって参加をすることにしました。

第3日目 12月28日
① 北京西 先日10:00(Z69次)⇒12:53哈密
② 哈密站前14:44(チャーターバス)⇒15:59三和賓館

14:44 北京空港からの航空機で哈密空港に着かれた皆さんとは哈密站で合流、宿泊先の三和賓館のある三道嶺市内へと向かいます。移動距離は約84キロ、所要時間は1時間15分です。ここで荷物を降ろしてから早速に三道嶺の撮影地へと参りました。

車中でメカにかけては達人のSGさんにipadのインターネットが使えない原因を診断していただきましたが達人をもってしてもダメでお手上げです。三和賓館はWifiが飛んでいるので受信は出来ますが、外では使えないのが残念でした。

哈密⇒三道嶺▲ 国鉄哈密站から三道嶺への行動軌跡です。さらに西へと向かいました。

(Microsoft Word - 216O223271227344222n220}.doc)

▲ 現在の三道嶺の路線です。西露天掘り鉱は採炭が完了して、底からスイッチバックしながら地上へと上がってくる路線は今年8月~10月に廃止されました。そのため朝焼けをバックに東站から西站へと向かう作業員を乗せて上遊型が走った路線も廃止されました。代わって作業員を乗せた通勤列車は東站から東露天掘り鉱の積込場へと運行されています。

替わってさらに西へ行った所にある新露天鉱の採炭が始まり、ここへの新線が敷設されました。そして貨車の牽引数が25両未満であれば蒸気機関車が、それ以上ならディーゼル機関車が牽引しています。ただ25両以上の牽引が多いようで、我々が滞在した4日間の間、1度も蒸気機関車牽引になる事はありませんでした。よほど運が良くないと撮影機会はなさそうです。
2011年12月に確認したSY上遊型2両+JS建設型21両の蒸気機関車23両は、現在15両になっていると王さんは申されています。
30_▲ 上がO氏とご一緒させていただいた2011年12月に確認した在籍蒸気機関車です。どの機が生きながらえているのでしょうか?

DSC_9928_103▲ 17:01 撮影地② 大きく左にカーブした路線を北二鉱に向けて走行していきます。バックに天山山脈が見える区間ですが今日は霞んでいて見る事は出来ませんでした。

DSC_9938_104▲ 18:06 撮影地② 正向きで満載の運炭列車が南站ヤードへと夕日を浴びて向かっていきました。下り勾配になりますので殆ど絶気状態です。

今日は着いたばかりですので撮影はこれで終了。ロケハン程度でした。
01_GPS▲ 上はGPSロガーが記録した行動軌跡です。時間から場所を、また場所から時間を記録してくれますので、重宝しています。かなり正確です。お薦めします。

DSCN698011_1 DSCN696503_1 DSCN697207_1▲ 19:35 東京、奈良、京都、遠くインドネシアからも来られた顔なじみのメンバーが揃っての今回初めての宴です。これだけいますと料理もたくさん注文できますが、結構平らげました。
食堂はお手軽に三和賓館お隣です。

明日は6時半起きの7時出発です。部屋に戻ってからも白酒を飲み交わしながらの就寝となりました。  Part4に続く

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