大連弾丸紀行 その2

大連駅を後に、やっと来た旧型車に乗り東へ向かい、「世紀街」で降車し、旧満鉄本社、中山広場等を巡りました。 IMGP3692 (2)

 

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天井の灯具と手摺はオリジナルか?車内は近年にレトロ調にリニューアルされた由。ドライブレコーダにICカードリーダも装備

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旧型車には茶色と深緑の2種がありました。交差点の真ん中で交通整理する警官もよく見かけました。

 

 

翌朝は前夜の深酒にも関わらず、5時に目が覚めました。朝食時間まで寝なおそうとして思い出したのが、「日中は渋滞のため、路面電車の撮影は早朝がお勧め」とのぶんしゅう様のご示唆で、少ない自由時間を少しでも有効に使おう、とそのまま起き出して一人で早朝の街へ繰り出しました。 ホテルから駅前へ出て、前日と逆に西方向へ歩きました。次の「東関街」電停の先まで歩き、帰りは電車で戻ろうとの計画です。

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巨大な荷物のリヤカーが市電と並走して坂を登ってきました。怪力ぶりに驚いていると、後ろには後補機ならぬ後補人が付いてました。

朝は昼間より運行本数が多く、また車も少なくて有意義でした。朝食に戻ろうとして、ハタと困ったことに気づきました。電車は1区1元(約20円、大連駅をまたぐと2区)なのですが、財布には両替した100元札しかなかったのです。言葉はできませんし、電車で99元の釣銭も出そうにないし、札を崩すに適当な商店も見当たらず、はたまた「釣はいらねえ」ともいかないので、結局ホテルまで歩いて戻り、結構な朝の散歩となりました。

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力が尽きましたので第2弾はこの辺で失礼します。

5 thoughts on “大連弾丸紀行 その2

  1. 車内の内装(板張り)、雰囲気(乗客は子供たち中心?)、に加えマスコンとブレーキ弁(見えないけれど遮断器と警笛弁などと共に)、いずれも昭和初期の路面電車そのものが大連で今も活躍中とは嬉しいですね。それの戦後型がミャンマーで走り出すなんて、後期高齢者の仲間入りしたものにとっては行って見たい!でも諸般の事情から島国脱出はあきらめております。
    コインがない!老人も経験者だけに、札入れと共に島国でも小銭入れ常備は過去の経験から厳守です。中でも500円硬貨は忘れないようにしています。

  2. そうですね。大連の路面電車では切符は発行されていませんので、乗車時には予め小銭を用意しておくか、ICカードを買っておかないと車内では両替をしていない、お釣りも出ませんので大変困ります。レクチャーを忘れていました、申し訳ございません。
    私は中国各地に開業した地下鉄・軽軌等の乗り鉄する前には、何処でも直ぐに乗降できるように、公共機関共通のICカードを購入しています。しかし街中では売っていなく、全駅で購入もできずが殆どで、販売所を探すのも一苦労ですが、鉄ちゃんには必要不可欠です。ちなみに大連でのICカードは、大連駅の反対側に発着する軽軌の窓口で購入できました。

  3. 記憶は不確かだが、1988年4月のニューヨークだったかと思う。地下鉄は以前書いたことがあるトークンと称す、一種の疑似コイン(しかも手売りで、強盗除けだろうが空港での両替所の如き厳重なブースで)を買って投入しないと改札ゲートが通れないから、常識的には無札乗車はできない(それを乗越せばいとも簡単だが)。市内のバスもトークンで乗れることは知らなかった。で、ひょんなことで満員のバスに乗る羽目になったが、生憎小銭がない。車内両替サービスがなく、恐らくはこれも強盗除け、あるいは運転手の現金くすね除けだったかもしれない。当時NYの治安は良いとはいえず、いたるところにホームレスや雲突く大男の物乞いが居り、地下鉄でも夜間は勿論、真昼間でも、ホームで待つときは、WAITING CIRCLEと表示された場所に必ず固まっておれ、各人が自らを守らないと誰も責任は負えない、という時代である。駐輪中の自転車はサドルを外してあるか、象でもつなげる程の鎖で柵などに縛り付けてあり、リュックサックは背中でなく体の前に位置させ、ひったくりを避けていた。
    話を戻して、満員のバスで下車する際、ホトホト困っていたら、親切なご婦人が両替してくれ、無事下車できた一幕であった。外国では公共交通機関を利用するときに限らず、チップや便所を含め、必ず小銭を持っていないと困るという、実体感ではあった。

  4. コメントありがとうございます。私の不注意に、申し訳ないとは恐縮です。乗車券を事前に購入しない交通機関利用には、国内外を問わず小銭の用意が不可欠ですね。
    普段、定期券かICカード、磁気プリぺでの乗車ばかりで、券売機もロクに利用しないので、小銭の必要性の意識が完全に抜け落ちておりました。

  5. 老人がコインなしを大枚で難?をを逃れたのは1980年パリの公衆便所でのこと。用を済ませ出ようとしたら皿を眼前に突きつけられた。コインは1枚もありません。仕方なく1ドル紙幣を出したら「うい」と言ったのでつり銭出てくるかと思ったらポケットに入れて知らん顔。しまったと思ったが後の祭りであった。その頃のドルは250円前後だったと思うが、同行者に笑われ、吉谷さんにも笑われたが、彼はチップのことなど教えてくれなかった。

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