山崎を走った夏の臨時列車 -2-

その後の海水浴臨時列車

山崎を走る海水浴列車は、平成2年(1990年)に顔ぶれが変わる。まず海水浴臨の愛称が「ビーチ」から「マリン」に変更された。また、JR西日本の年史によれば、その前年、鉄道本部に企画推進部が設置され、鉄道営業機能の拡充を図ることになった。同年開催の「花と緑の博覧会」も控え、臨時列車も目的別にターゲットを絞り、旅行需要の発掘をめざした。新たに南紀方面に「マリンくろしお」や近郊地の「サマーびわ湖」なども新設されている。経路なども見直し、若狭方面へは従来の綾部・西舞鶴経由に加えて、今までにはなかった湖西線・敦賀経由の列車も新設された。なおJR西日本では、これら臨時列車を「営業施策列車」と呼び、その内訳は「シュプール」「ビーチ・マリン」「リゾート」「味めぐり」「ホリデー」に分けられている。臨時列車 (20)マリン若狭H4「マリン」に変更された海水浴列車、その代表が「マリン若狭」、平成2年から大阪発で、湖西線・敦賀経由の小浜行きの臨時急行として設定され、初めて181系DCが使われた。同じ地域を走る特急「あさしお」もまだ181系であり、特急と同じ設備の臨時急行であった(平成4年8月)。

臨時列車 (29)マリン若狭H7ヘッドマークも絵入りの特製のものが掲げられた。なお、この列車の正しい愛称は「マリン敦賀・若狭」であり、これとは別に京都発山陰線経由の小浜行き「マリン若狭」もあった。珍しく内側線を走る(平成4年8月)。臨時列車 (22)マリン丹後エクスプロH4KTR001系による大阪発久美浜行き臨時特急「マリン丹後エクスプローラー」。京都へは寄らず梅小路の三角線を経由して、宮福線を通って久美浜まで向かっていた。KTR001系が初めて東海道線を走った例となる。平成4年から3年間走り、平成7年からは愛称の「丹後」が「タンゴ」となり、始発が京都に変更となり、大阪・福知山線経由になった。山崎で待っていると、正反対から来る列車となった(平成4年)。臨時列車 (10)サマーイン白浜H2JR西では、快速の臨時列車に「サマーイン」の愛称を平成に入ってから使い始めた。これは何とも豪華な「サロンカーなにわ」を使った京都発白浜行き「サマーイン白浜」。同列車は、昭和63年から天王寺発で設定され、平成2年に京都発となり、山崎でも見られるようになった。青春18きっぷのシーズンでもあり、指定料金を足すだけで乗れた訳だが、京都発は、この一年だけで終わってしまった。さすがに奮発しすぎたのか、翌年からは次に紹介する221系急行に変更される(平成2年)。臨時列車 (23)マリン白浜H4平成3年から新設された221系による京都発白浜行き「マリン白浜221」、新設年は快速だったが、翌4年からは急行になる。当時、新快速はすべて221系の時代で、JR西アーバンネットワークの代表車両だったが、白浜行きの同じ列車が、快速「サロンカーなにわ」から、急行料金を徴収する3扉車になった。さすがに「マリン白浜」では批判があったのか、「マリン白浜221」と車系を付加した珍しい愛称になったが、結局、平成6年限りとなってしまう(平成4年)。

P10907951990・1991(平成2・3年)のJR西の海水浴臨のパンフ、キャラクターは西田ひかる一色。中央に「ゆったりがうれしい221系車両」の文字がある。平成3年では、「マリン白浜221」のほか、急行「マリン城崎221」(大阪-城崎)、快速「マリンびわ湖221」(姫路-マキノ)が運転された。

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