はこぶら・津軽の雪飛ばし 2016年冬 Part7 青函トンネルを抜けて青森へ

第3日目 2月19日

6:00 旅に身体が慣れてきたようでしっかり睡眠で、スッキリと起きられました。まずは窓から外を見ますが、昨夜雪が降った様子はありません。続いてTVで朝の最新天気予報を見ますと、上空の暖気は座り続けて最高気温は5℃となり、道南・函館及び青森は雨になるとの予報です。大沼公園から北は雪予報で、同じ北海道でも道南は違うようです。

今日は普通列車に乗って雪飛ばしツアー集合地の青森へと向かいます。途中、木古内蟹田で乗換が必要ですので蟹田では下車して津軽線の撮影を予定していますが、天候次第では津軽線の乗り鉄旅も候補に入れました。
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▲ 9:00 ホテルで朝食をとってからゆっくりして函館駅に向かいます。途中には朝市があってカニ・イカ・ウニ・ホタテ・エビ・ホッキ・サケ・イクラと北海の新鮮な海鮮が並べられていて、海鮮丼で食べられる店もあります。日本人もいますが中国人・台湾人の方々が圧倒的で、爆買い・爆食いになっています。お店の方も慣れたもので、中国語を流暢に話して売り込みに懸命です。
DSC_6115006▲ 蟹の王者はタラバ蟹、中国では帝王蟹と呼ばれていて何でも大きなものが大好きな中国人には1番人気です。

約15年前の駐在時代に北京や・上海等の大都市の海鮮料理屋でもロシアから輸入された生きたタラバ蟹が水槽にいるのをよく見かけましたが、あちらでは刺身や茹でたりしては食べず、蒸したりぶった切って油で炒めて食します。茹でると蒸すとは同じように思えますが出来上がりの味は全く違います。
茹でるには絶妙の塩加減・茹で時間、茹であがってから身が離れやすいように素早く冷水を浴びせる事が必要で職人技です。蒸すと身が離れにくく、味も淡白になってしまいます。美味しい蟹の食べ方は日本人が1番よく知っています。

DSC_6127010▲ 函館駅の駅弁売場でも海鮮物を中心として並べられていました。

9:45 函館駅の自動切符販売機前に行きましたが、青森までの乗車券が買えそうにありません。困っていますと中国人の案内人がきて、「特急券を買わないと青森までは行けない。」と、特急券とセットでの買い方を教えてくれます。
「その案内は違っている。途中の木古内蟹田には普通列車の運行がない。特例でこの間は特急券なしで乗れるんだよ。」と、教えてあげるまで知りませんでした。教育されていないのか?

中国では鉄道を利用する場合、乗車駅から目的地の駅までは乗継はやらず1本の列車で乗って行くのが一般的です。そのために乗車距離1,000㌔以上、乗車時間は数10時間もの列車が多く設定されています。乗換はせいぜい鉄道からバス程度です。最近は高速鉄道網が充実してきたので乗車スタイルは変化してきたと思いますが、鉄道の乗換を考える事は稀です。例え案内人が教育されていても理解できず呑み込めないのが実態と思われます。

それにしても案内人を必要とするほど台湾や中国人の鉄道利用が多い事は分かりました。
最近、近くの京都駅や大阪駅では中国語を話せる駅員を配置していますが、母国語を話せる駅員がいると、外国から来られても迷わず安心してきっぷを購入できます。私もよく外国に行って鉄道に乗りますので大変助かる気持ちはよく分かります。

自販機で買えたかもしれませんが面倒なのとクレジットカード支払いを希望していましたのでみどりの窓口で乗車券を買求めました。青森まで3,240円です。3月1日からだったら青春18きっぷでもっと安く行けます。
02_函館~青森フリーきっぷ▲ 函館から青森・津軽へは特急(自由席)も乗れるお得なフリーきっぷもあったのですが、片道利用なら高くなりますので見送りました。でも利用期間は今年3月21日までの貴重なきっぷです。北海道新幹線開業により消えていく列車もあれば、消えていくきっぷもあります。

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▲ 10:10 乗車するのは左側に止まっています、久しぶりの2重窓キハ40-1805です。これに乗ると、北海道に来たなあと実感できます。

① 函館10:27⇒11:31木古内

DSC_6151016▲ 津軽海峡線は、函館湾を回り津軽海峡沿いに走って行きます。初めてこの線に乗ったのは1971年(昭和46年)8月で、以前は江差線と呼ばれていました。次の1972年(昭和47年)の8月にも再訪しています。この時撮った写真がありますのでご覧ください。

01_道内時刻表_100▲ 道内で発刊されています道内時刻表の1971年(昭和46年)8月の江差線時刻表です。これに基づいてご案内させていただきます。蒸気機関車牽引の列車は、蒸気機関車マークがあるのが内地の時刻表とは異なる特徴です。

img096011▲ 函館をDCに乗車して出発しました。左ホームにC58、右にはD51牽引の客車列車が発車待ちです。

img085007▲ 当時の上磯と思われます。上磯には太平洋セメントの工場があって、江差線は工場敷地を迂回するように馬蹄形に回っています。ホームもカーブしていて左側は工場へのヤードです。乗降客の多い駅で函館上磯の区間列車もありました。函館発6本、上磯発5本が運行し工場労働者、また函館への通勤・通学輸送となっていました。私の狙いは朝のC58牽引の列車の撮影です。

img086008▲ 上磯6:26着で折り返すC58牽引の客車列車が上磯手前の戸切地川鉄橋を渡ります。

img090▲ 上磯7:07発は鉄橋の築堤へと上がって来るのを踏切で正面撮りしましたが、期待した煙はありませんでした。現在この辺りをGoogle地図で見ますと、左右ともびっしりと住宅が立ち並んでいて昔の面影はありません。牽引機はC58-213号機、客車は何と9両編成です。

撮影後、朝の畑仕事から家に戻られるおばあさんに呼び止められました。そして、「京都からいらっしゃったとは遠い所をご苦労様、まあ家で朝飯でも食べていってください。」と、自宅に招かれました。汚い恰好ですので部屋に入るのは遠慮して、縁先に腰を掛けさせていただきご好意を受けましたが、出てきたのはバターが上にのった温かいご飯とお漬物でした。
初めて見るバターご飯です、どうして食べてよいか分かりません。ご家族の様子を見ていましたら、卵ご飯のように醤油をかけてお箸でかき混ぜておられます。ああ、こうやって食べる物かと習いました。今でもその時受けた衝撃とご好意がしっかりと残っています。
img089010▲ DCも1本、後追いですがこちらもキハ21・キハ22混合の5両編成です。当時はそれだけ利用客があったのですね。

img002001▲ 乗車した車内もこんな具合で今からは信じられない混みようでした。

img004002▲ 翌年は丼さんと一緒に江差まで行って撮影のためY・Hに泊りました。乗車した急行”えさし”の停まるホームでは昔懐かしい駅弁売りのおじいさんがおられました。急行”えさし”の途中停車駅は木古内だけです。江差線で駅弁を売っているのも木古内だけですので多分そうだと思います。
この駅弁については、当時の交通公社の時刻表には販売しているのが分かるだけで、”名産と特殊弁当”欄にも記載がありません。どんな駅弁だったのでしょうか? 写真は、駅弁を買求める、今とは似ても似つかない若し日の私です。

img005_100▲ 翌年に撮った海岸べりを走る同じ編成?です。同じく曇天で霞んでいました。

img045005▲ 貨物列車のダイヤが分かったので待ち受けましたが、国労のマル生粉砕運動が活発な時期で「団結」とペイント書きされた蒸気機関車がよく走っていました。我々にとっては駅から長距離を歩き、長時間待っての苦労の撮影でしたがこんなのが来たらガックリ台無しです。ただ思い出を語るには忘れられない貴重なショットにはなりました。牽引機はC58-417号機です。

以上、かつての江差線でした。

DSC_9414040▲ 11:18 途中駅ではスーパー白鳥との列車交換です。今日は遅延が数分あって長い間停車しました。

DSC_6160017▲ 11:41 新幹線との乗継駅になる木古内に到着。ここから蟹田までの青函トンネル区間には普通列車の運行がありません。特例で特急列車に区間限定乗車が出来ますので待ちます。待ち時間は約1時間、昼食をとるには十分な時間です。

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DSC_6164019▲ 12:04 車内でネットして選んでおいた駅から徒歩5分のそば処に参りました。手打ちそばの喉ごしの良さ、量も十分で絶品、美味しくいただきました。

② 木古内 12:48(特急スーパー白鳥)⇒13:43 蟹田

DSC_9419041DSC_6184025▲ 12:54 6分遅れでスーパー白鳥の到着です。
自由席車両に乗車しましたがご覧の通りガラガラでした。蟹田までは56分の乗車です。
DSC_6182024▲ シート正面に掲示されている青函トンネル通過予定表です。トンネル延長53.85㌔を27分で通過します。走行中は車掌さんからの案内アナウンスが車内に流れます。

DSC_6189027DSC_6197028▲ 13:48 4分遅れで蟹田到着。案の定、外は氷雨です。

-20℃の耐寒撮影の用意はしてきましたが、雨対策はしていません。これでは撮影は難儀です。
早々に撮影を諦めて、三厩(みんまや)までの初乗り鉄旅に変更です。往復きっぷを買いました。

③ 蟹田 14:19⇒15:00 三厩

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DSC_6212034▲ 15:05 着いた三厩駅は観光客も訪れますので整頓された綺麗な駅舎でした。

④ 三厩 15:19⇒ 16:53青森

三厩からの折返し列車は青森まで直通します。本降りになってしまった車窓を見ながら明日からの雪飛ばしは天候が変わらない限り無理だなと諦めになってきました。

DSC_6236038▲ 15:55 青森到着です。宿泊は駅前の東横イン、ツアーグループ1番のチェックインでした。

DSC_9565053DSC_9601054▲ 21:40 北海道新幹線開業と共に消える急行「はまなす」、入線を撮ってみたいと参りましたが既に入線していました。向かい側ホームから全編成を撮りたいのですが撮影ポイントは立入禁止になっていました。押し寄せたファンは乗客合わせて数100名、ホームを往来しておられました。

DSC_9510049_100DSC_9611055▲ 22:18 編成車両を撮り終えてから跨線橋で発車を見送りました。
この列車、コメントをいただいておりました893-2さんがお別れ乗車しておられたのですね。お会いすることなくすれ違いになったようです。失礼しました。

雪のない津軽、明日からの撮影はどうなるのでしょうね。心配しながらの就寝でした。 Part8へ続く

4 thoughts on “はこぶら・津軽の雪飛ばし 2016年冬 Part7 青函トンネルを抜けて青森へ

  1. ぶんしゅう様、
    質問です。
    函館駅には中国人の駅員がいるのですか?
    貴兄も江差線で私と同じような土地の親切を味わったのですね!いまではあんな感動はもうムリでしょうかね。津軽線沿線の懐かしい写真をありがとうございました。

  2. 米手作市、いつもコメントをいただきまして、ありがとうございます。
    ご質問ですが、正社員か契約社員かは聞き漏らしましたが函館駅に中国人駅員はおられます。台湾に行って地元のおばさんたちと話すと日本、特に北海道へは雪景色を見るためによく行くとおっしゃっていました。帰路の青森空港でも台湾のチャーター便が飛んでいました。最近は大陸の中国人が多いようで、どこへ行っても中国語が飛び交っていました。
    しかし昔は良かったなあと話すほど時代は変わっていったのですね。齢を感じるこの頃です。

  3. ぶんしゅう 様
    本当にニアミスだったのですね。私は当日用事があったので青森にはANAの最終便で入り駅前で夕食を済ませてはまなす入線時刻前にホームに行きました。入線してすぐに乗車ししばらく荷物整理をしてから、ホームで暫く撮影していたのですが撮影者が多く気が付きませんでした。青森駅は以前であればホームの前の方まで問題なく行けたのですが規制されてはいれなくなっていましたね。お別れ乗車はカーペット車に乗りましたが横になれるのはいいですがやはり寝台の方が寝やすいです。あの日は金曜日で廃止まで1ヶ月程度に迫っていたせいか自由席まで満席とのことでした。もう夜行急行に乗ることもないのでしょうね。
    ところで、函館市電のササラ電車を白昼に撮影できたのはラッキーですね。私は一度も見たことがありません。函館と札幌のササラ電車は撮影してみたいと思っています。

  4. 車両内は一応撮ったりしましたが、カーペット車に乗車でしたか、写真を見ましたがお姿はありませんでした。既にホーム撮りされていたのですね。入線を撮られたのは良かったですね。我々も撮りたかったのですが、21:40ホーム着では間にあいませんでした。結構早くに入線するのですね。
    函館と札幌のササラ電車はもう1度挑戦してみたいと私も思っております。家の事情でいつ行けるか直前まで分かりませんが、ご一緒できれば思っています。お誘いください。よろしくお願い申し上げます。

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