[84583]「特派員氏の疑問を解く」に寄せて

京都駅から向日町にかけての配線図の話で盛り上がっていましたが、ヒントになるような写真がないかと探してみました。親父のカメラを借りて初めて京都駅に出向いて駅撮りしたときのものです。中学1年の冬だと思われます。昭和38年1月か2月の筈です。

京都駅1番ホームで列車を待つ自衛隊員と上り急行なにわ

いわゆる三八豪雪で北陸から新潟方面は雪に閉じ込められて鉄道も動かなくなりました。そんな新潟方面に救援に向かう自衛隊員が大勢1番ホームで列車を待っていたことを覚えています。従って昭和38年の1月か2月の撮影だと思われます。すべて同じ日の撮影ですが、次は山陰線ホームに準急「丹後」が到着したときの様子です。

準急「丹後」到着

キハ20?の屋根にも雪が積もっています。それはおくとして、1番線ホームに進入する線路が2本の中線を横切っているのがわかります。

中線を東に向かう奈良区のC58120

このC58はバック運転ではなく上り方向に通過してゆきました。その後方 隣の中線の向こうに車掌車が見えます。下り方向に通過した貨物列車でしょうか。最後の1枚ですが、アップ過ぎてどの線か判りません。1番ホームから撮ったにしては こんなにアップでは撮れないのでもっと南の7番線あたりの下り線かもしれません。なぜか赤い帯を巻いた帽子の助役さん?が添乗していたのが記憶に残っています。

D51302[奈良]

最後のD51は無視するとして、1番、2番の間の中線ではこの他に京都始発のDC急行「だいせん」も撮っています。C58も「だいせん」も梅小路から出てきたと思われますので、参考文献として紹介された配線図を見ていませんが、梅小路への出入りと関係していたのは間違いないようです。お粗末でした。

6 thoughts on “[84583]「特派員氏の疑問を解く」に寄せて

  1. 中線が上り貨物レと兼用の出庫線であった可能性がありますね。確か写真を撮られた頃だったと思いますが、この角度に見える同じ場所から上り151系の特急を見たことがありました。写真の辺りのポイント通過音が周りに反響していい音で鳴っていたことをはっきり憶えています。当時多数派だったスハ43系主体の急行のズシンズシンというのに比べ、自重が軽いのと空気バネも影響していたのか弾けるようなタタンタタンという、高速用車両を思わせる非常に軽い音の強烈な印象でした。現在でも0番線に着くサンダーバードが上り列車線から斜めに入構して来ますが、当時の入構線がもっと距離があったはずとの微かな記憶がこの写真で裏付けられました。
    また到着した丹後は上りの始発のようですね。先頭がキハ20なのは同車が敦賀発で、西舞鶴で豊岡発宮津線経由の58系基本編成の後部に連結されて来たと思われるからです。写真のトーンから朱とクリームのいわゆるツートンといわれる塗色であろうと思われます。
    余談ですが丹後が準急で新設されたときは3両のツートンに紺とクリームの初期DC色のキロハ18を挟んだ編成でした。当時の京都新聞の記事によると、20は七尾から転属の中古だったとのことですが、18は恐らく関西線のかすがからの転用だったのではないかと思います。
    むかしよく見ていた懐かしの画像を有難うございました。

    • 1900生様
      さっそくのコメントありがとうございます。初期の丹後にキロハ18が入っていたのは知りませんでした。キハ20が先頭に立った58系の長編成は馬堀でよく撮影しました。高架になることもなく京都駅構内はよく半世紀前の姿を残しているといつも感じています。

      • 確かによく高架化されずに残っていますよね。駅ビル建設に伴って旧1番線が廃止され新たに0番線が出来た位の変化で済んでいます。丁度滋賀へ通勤していた頃でしたが、案内放送で0番線と聞く度に1~2両のDCを連想して困惑したものです。

  2. 貴重な記録の数々、ありがとうございます。キハ20の準急「丹後」の左にご注目ください。拡大していただくとよく分かると思いますが、1番線へ入る本線が、中線2線の上下貨物線を平面クロスで渡っているのが見えます。これが、当時1番線だけ、旅客線が貨物線を横断せざるを得なかった箇所です。やはり、京都駅1番線は、代々当時の最高列車が発着した栄光のホーム、線路支障の多い平面クロスをしてでも、優等列車を入線させたかったのでしょう。

  3. 訂正です。先のコメントにて到着した丹後に触れましたが、このなかで「豊岡発に併結」とあるのは間違いでした。お詫びして訂正いたします。
    正しくは「東舞鶴で同駅始発の基本編成後部に連結、綾部で福知山も併結して来た丹後の一番列車」です。なお豊岡発は途中増結があったかもしれませんが、単独列車として京都着丹後の2番列車として運転されていました。
    西舞鶴でよく併結作業を見ていたので混同してしまいました。正確さを欠き申し訳ありませんでした。

  4. —「京都駅1番ホームで列車を待つ自衛隊員と上り急行なにわ」
    昭和38年1月か2月とのこと。
    ふと昔のことを思い出しました。
    昭和38年1月27日 高山線 美濃太田で見かけた自衛隊隊員輸送の臨時列車です。機関車はC58で編成は前から次の通りでした。
    スロフ533 スロ5443 スロ5116 スロ5330 スロ5111 ナハネ11100 スロネ309 マニ60506 スニ726 マロネ29130 マロネ29128 マロネフ3811 (マニ スニは名ナコ ほかは東シナ)
    富山方面に走って行きました。品川の予備車のかき集めと思われる豪華列車でした。
    本題とはあまり関係ありませんが何かの参考になればと思い記載させていただきました。

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