微笑みの国、タイ王国鉄道の旅 Part9 ウドンターニの一日

第8日目 12月9日 ウドンターニの町

08_▲ 朝の散歩で見かけた街路樹に水を撒くおばちゃま。日焼けしないように麦わら帽子にスカーフを巻いて厳重な対策です。回教徒なのでしょうかね。にっこり笑顔にたくましさを感じました。
32_ナチュラル美人▲ 今日はたくさんの笑顔を撮りましたが、その中でも一押しのナチュラル美人のお嬢さん。素朴で清楚な微笑みは、うっとりとさせられました

ウドンターニとは「北方の町」を意味します。人口約22万人強。ラオス国境に近く、ベトナム戦争当時は米軍基地の街として急速に発展をとげたそうです。付近は農業地帯です。
宿泊したチャルンシー グランド ロイヤル ホテルは4つ星の立派なホテルでしたが、宿泊料金は1室1日4.862日本円、二人ですので、2431円と信じきれない安さでした。さすが、JTBを今年卒業されたY崎さんだけあって、ホテル選びの原則は、「グレードの高いホテルの安い部屋を選ぶこと」という事を教えていただきました。感謝、感謝です。またY崎さんは、K大三田会の会員でもあり、熱心な鉄ちゃんです。
01_朝食 02_朝食▲ 自宅にいる時とは違って、海外のホテルでの豪勢な朝食は、昼飯を簡単に済ます私には楽しみの1つです。蜂の巣をそのまま出して蜂蜜をすくって取るというのは初めて見ました。これだけ食べれば、1日のカロリー十分です。

老体になった私の海外での暮らし方は、1週間以上の滞在の際には、必ず一日ゆっくりとして静かに部屋にいる時間をつくることです。長い海外の旅では、どうしても疲れやストレスが溜まっきますので、以降に支障をきたさないための対策です。今日は、タイに来て8日目で、身体が休養を求めていました。
朝食後はのんびりして、溜まっていますデジ青の投稿をしようかなと、フロントにインターネット使用の申し込み(有料)手続きに行きましたら、あろう事か「申し訳ありません。ただ今部屋へのインターネット回線が故障していて使えません。ロビーでは無料のWi-Fiが使用できますので、こちらをご利用ください。」と、言われてしまいました

仕方ありません。PCを持ってロビーでメールのチェックやらをしていましたら、Y崎さんから気分転換にちょっと町を散歩しませんかと言われましたので、喜んで同行させていただくことにしました。01_ウドンターニ駅05_ウドンターニ駅01_ウドンターニ駅前▲ 11:15、鉄ちゃん二人が向かったのは、ホテルから徒歩で20分ほどのウドンターニ駅でした。
駅前には、トゥクトゥクがずらりと並んで降車客を待っていました。

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微笑みの国、タイ王国鉄道の旅 Part8 国際列車で国境を超えてラオスへ

第7日目 12月8日
① ファランボーン前日20:00(国鉄69)→11:22ノンカイ11:50(国境列車)→11:59タナレーン

② タナレーン駅12:25→12:55ヴィエンチャンバスターミナル(BT)→市内観光→BT
③ ヴィエンチャンBT14:55(Bus)→17:18ウドンターニ

000_さっそうとスクーターで走るラオスのお嬢さん▲ さっそうとラオスの国道をスクーターで走るお嬢さん。信号待ちで我々の車の横に並ばれた時にお願いしますと、にっこりと笑って後ろを走ってくださいました。日焼けもない白い顔に、上品な笑顔がとてもすてきなお嬢さんでした。

01_ファランボーン駅食堂02-1_ファランボーン駅218時前にはファランボーン駅に到着。預けておいた荷物を受け取り、駅内の食堂で小腹を満たしました。

待合室は、夜行列車の乗車を待つ客でいっぱいです。お坊さんの姿も多く見かけました。

4番ホームには、お召列車の姿はもうありませんでした。我々が乗車するのは、5番線に止まっている20時発の東北本線ノンカイ行きの列車です。乗車するのは、11両編成の最後尾の上下2人1室の1等寝台車です。
隣の部屋とは仕切りドアを開けるとつながる構造になっていました。
さてどこの国の方と一緒になるのかと楽しみでした。

07_ノンカイ行き69列車切符▲ 東北本線(ファランボーン~ノンカイ)の総延長は、621.10キロ。69列車は時刻表では、12時間25分、表定速度50.01km/hで走行します。運賃は、1,317バーツ(約3,700円)と、日本と比べると格安ですね。
02_ファランボーン駅▲ 今日の69列車の編成は、①荷物車+②BTC1371+⑤BTC1346(②⑤とも1980年マッカサン工場製3等車)+⑥食堂車+⑦BNS1073(1975年マッカサン工場製2等寝台)+⑧ANS1056(1989年DAEWOO製2等寝台)+⑨ANS1082(1992年DAEWOO製2等寝台)+⑩ANS1039(1989年DAEWOO製2等寝台)+⑪ANS1070(1992年DAEWOO製2等寝台)+⑫ANS1032(1988年日立製作所製2等寝台)+⑬ANF1003(1997年HYUNDAI製1等寝台)の11両編成でした。(※ ③④欠番)
05_1等寝台車内▲ 車内はまだ寝台のセッティングができていませんでした。ミネラルウォーターも置いてあり、寝具は綺麗で清潔そうな室内でした。我々のツアーは7名、最後に申し込んだ私は、他のお客と同室です。希望の下段寝台です。上段は、バンコク駐在の日本人の男性でした。
発電所関係のお仕事をされているとか、昨年の水害のお話をお聞きしましたら、日本のマスコミは被害の多かった所ばかりを探して報道していた。全体からすると被害を受けたのは1部の企業なのに全体と思い込ませていた。日本からの問い合わせは本来の業務ではなく、その事ばかりに殺到して、その対応の方が大変だった。もっと冷静に真実を報道して欲しいと嘆いておられました。
やはり、島の問題同様に日本のマスコミには、何か意図的な偏った報道を誇張する傾向が強すぎるようですね。こうやって現地におられる人の声を直接に聞くと中国同様に実態がよく分かってきます。
05_1等寝台食事メニュー06_1等寝台食事▲ 乗車しますとすぐにボーイが、朝夕食のオーダーを聞きにきました。セットで160~200バーツ(約440~550円)と、まずまず気軽に注文できる料金です。上段のお方とあれこれ悩んで別々を注文しました
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微笑みの国、タイ王国鉄道の旅 Part7 メークロン線

第6日目 12月7日
① ラーチャップラロップ(ARL)→パヤタイ(BTS)→サイアム(BTS)→シーロム/サラデーン(MRT)→ファランボーン

② ファランボーン(MRT)→シーロム/サラデーン(BTR)→ウォンウェイヤイ(徒歩)→国鉄のウォンウェンヤイ駅
② 国鉄のウォンウェンヤイ8:35(4305)→9:28マハーチャイ(フェリー・徒歩)→バーンレーム
③ バーンレーム10:10(国鉄4383)→11:10メークロン(バス)→マハーチャイ
④ マハーチャイ15:25(国鉄4306)→16:19ウォンウェンヤイ(BTS)ーロム/サラデーン(MRT)→ファランボーン
⑤ ファランボーン20:00(国鉄69)→翌日8:25ノンカイ

00_マハチャイのおばさん▲ マハチャイの駅市場で買い物をすませたおばちゃま。天秤棒にさげた籠の中にはバケツやいす、鍋やしゃもじ等々の生活用品が入っていました。熱帯の地でたくましく生きる女性の姿をここでも見ました。「頑張ってや」と、声をかけたくなりました。

今日は、みんなで揃って列車を乗り継いで、メークロンへと参ります。朝6時半にはホテルを出発してARL→BTS→BTS→MRTと乗り継いで、まずは夜行列車の出るファランボーン駅の荷物預かり所にスーツケースやらを預けます。
すぐにMRT→BTSと乗り継いでウォンウェンヤイへ、徒歩約15分で国鉄ウォンウェンヤイへとまいります。先乗りでロケハンもできていましたので、皆さんをスムーズにご誘導できました。
それでもホテルからは約2時間近くを要し、着きましたのは、列車の発車する15分前の8:20でした。BTSやMRTが開業してバンコク市内の移動が飛躍的に良くなったとはいえ、各交通機関の乗換は距離もあって、スムーズとは言えません。バンコクに来られる皆様方は、十二分な余裕を持っての行動計画を立てられた方が賢明と思います。

バンコク市内の交通地図です。こちらがよくわかります。
01_切符01_ワットシーン駅交換▲ DC3連は、定刻にウォンウェイヤイ駅を発車して、ワットシン駅(Wat Sing)に着きました。ここで反対側からくる4312列車と交換するのですが、約20分遅延していました。
場内信号は、手旗信号です。タブレット類はやはりありません。反対ホームには結構多くの乗車待ち客がおられました。ヘナヘナ線路ですが、利用客はいつも多いようです。

【メークロン線】
Part4で述べました通り、この路線はターチン川で寸断されています。ウォンウェイヤイ~マハーチャイ(31.22キロ)の東線はマハーチャイ線、バーンレーム~メークロン(33.75キロ)の西線はメークロン線と、便宜的に呼ばれています。現在マハーチャイ線は、DC3両編成が、ほぼ1時間に1本程度で1日17往復が運行されて利用客もそれなりに多いのですが、メークロン線は4往復のみでDC2両編成1本の使用です。予備車は、バーンレーム駅に2両留置されていますが、先日のように故障があるとウヤになるそうです。線路補修がどちらも完ぺき安全とは言いがたいほどできておらず、30~40km/hの鈍亀走行です。
また民間鉄道として、マハーチャイ線は1905年1月に、メークローン線は1907年7月に開業しておりますので、国鉄線とはつながっていない飛び地路線でもあります。戦後に国鉄に吸収されています。
02_バーンレーム▲ 4305列車は、回復運転はなしの20分延で9:48、マハーチャイに着きました。対岸のバーンレームでは、10:10発です。一応接続列車ですので待ってくれるかとは思いましたが、聞くこともできず、もしもがあった場合は、メークロンへは行けません。大急ぎで歩きました。
10:07、バーンレーム駅に到着。ほっとしましたが、折り返しのDCがまだ来ていません。今度は、もしかして”ウヤ”なのかとの心配もでてきました。

私の心配を余所に駅内食堂は盛り上がっていました。3日前に約2時間余りもいましたので、食堂のおばちゃま達とは、お友達です。今日の先客は保険屋のお姉さん方、これから介入のお仕事だそうで、その前の腹ごしらえといったところです。この元気さなら仕事もたくさん取れるでしょうね。ビールを注文して、しばし語らいました。01-2_切符04_バーンレーム 続きを読む

微笑みの国、タイ王国鉄道の旅 Part6 ナムトク線、旧泰緬鉄道のアルヒル桟道橋、クウェー鉄橋、C56型

第5日目 12月6日

① バイヨークスカイホテル7:30(専用車)→11:15アルヒル桟道橋
② アルヒル桟道橋13:53→14:25ナムトック駅14:40→15:10アルヒル桟道橋
③ アルヒル桟道橋15:22→16:05クウェー川橋17:50→21:00バンコク市内

00_クウェー河▲ 「戦場にかける橋」で有名なクウェー川永久橋の駅名掲示板で気軽にポーズをとってくださったスタイル抜群のお嬢さん。白い綺麗な手が印象的でした。こんな平和な光景が永久に続いて欲しいと思った旧泰緬鉄道の旅でした。

今回のツアーですが、準特急先輩がいつも一緒に行っておられる海外鉄仲間の皆さんの企画に相乗りしました。2011年冬にも中国内新疆ウイグル自治区哈密にある三道嶺露天掘り炭鉱のSL撮影に同行させていただきました。最近では、2012年9月に久留里線・いすみ鉄道・小湊鉄道の撮影にも同行させていただきました。メンバーは、大学は皆さん別々ですが、高校が同じ開成高校だったり、勤め先が京王電鉄で同じだったりの繋がりのある老練鉄ちゃん仲間の6名の方々です。鉄道知識のみならず人生、社会経験豊富な尊敬すべき大先輩の方々ばかりで、私のような一介の風来坊がいるのは場違いと思われますので、極力ご迷惑がかからぬように心がけました。
01_▲ 7:19、バンコク一の高層バイヨークスカイホテルの部屋から眼下には、空港を結ぶエアポート・レール・リンク(APL)高架鉄道とその下を在来線が見えます。丁度、DLが牽引する5両編成の客車列車が走ってくるのが見えました。

DSC_3593今日は乗り鉄組2名と、撮り鉄組5名に分かれて、ナムトク線(旧泰緬鉄道)のアルヒル桟道橋を目指します。撮り鉄組には、チャーターされたパンダバスが用意されていました。

03_踏切▲ 10:57、走ること約3時間半、無人自動踏切を渡りましたので、降りて見ました。踏切警報器、遮断機は腕木式と道路封鎖可動式の両方が設置されていました。
04_アルヒル桟道橋駅▲ 11:15、アルヒル桟道橋に到着しました。70年前の悲惨な歴史とは反対に綺麗に整備された公園の中に停留所がありました。
05_アルヒル桟道橋時刻表▲ 待合室には、ご丁寧に時刻表までかかっていました。1日3往復が走行しています。
07_アルヒル桟道橋
▲ アルヒル桟道橋に向かいました。補強のために4線区間をなっている間を少し歩いてみました。
06_アルヒル桟道橋▲ 全長450.06mの木橋です。よくも重機もなく人力だけで造り上げたものだと実際見ますと分かります。
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微笑みの国、タイ王国鉄道の旅 Part5 タイの蒸気機関車撮影

第4日目 12月5日
① ファランボーン8:20(DC)→9:39アユタヤ ※実際は約30分遅れ発、約57分延着
② アユタヤ16:37(136)→18:40ファランボーン ※実際は、約45分遅れ発、約58分延着

00_微笑みの車窓▲ アユタヤ駅で蒸気機関車を撮っていましたら、隣のホームに着いた列車の窓からの柔らかな視線を感じました。振り返ってシャッターを押した1枚です。微笑みの国民が持つ寛容に満ちた優しさの姿がありました。

00_微笑みの車中▲ 今回はもう1カット。アユタヤへ向かうDCでお向かいに座られたお嬢さん。乗車中に難解なタイ語を教えてくださいました。コォープ・クゥン(ありがとうございました)。穏やかでさわやかな微笑みが、とってもすてきでした。

今日はいよいよ本隊と合流、国王誕生日を記念してのファランボーン~アユタヤ間に運行されるSL901列車の撮影です。発車は8時です。本隊との集合は発車ホームの5番線7:30、
入線も撮りたいなあと、早めにファランボーン駅に向かいました。
01_朝のファラボーン駅▲ 夜明けを迎えたファランボーン駅の駅名は厳密には俗称で、タイ国鉄での正式な呼称はクルンテープ駅だそうです。しかし、政府刊行物はじめ多くの出版物ではファランボーン駅、フランボーン駅、ホランボーン駅と称されているのが一般的で、タイの田舎に行くとクルンテープ駅というと「??」で、通じないそうです。他にバンコク駅、バンコク中央駅とも呼ばれています。ウィキペディアでは間違っていますが、時刻表、行先表示板や切符には、タイ語でกรุงเทพ、日本語でバンコク、英語ではBangkokで、統一されています。現在の駅舎開業日は、1910年6月25日です。
02_朝のファラボーン駅024SL_ファラボーン駅▲ 6:49、5番線にはすでにSL901列車は入線していました。客車への給水用ホースを使っての給水作業の真っ最中でした。たまたま駅におられた方やどこかで情報を聞きつけた現地鉄ちゃんが周りを囲んでの記念撮影が始まっていました。
先頭のSLまで行くと、もう本隊の皆さんは到着されていて撮影を始められておられました。準特急先輩は、D51そっくりと言われましたが、軸配置2C1のパシフィック形動輪3軸でなければ見た目はその通りです。各製造会社の製造記録を調べてみますと、軸配置1D1のミカド形動輪4軸もあったようです。今回は見に行きませんでしたが、動態保存の953号機がそのようです。

03_SL_ファラボーン駅04-1_SL_ファラボーン駅
05_SL_ファラボーン駅06_SL_ファラボーン駅 続きを読む

こんなん ありますけど・・・

Doshisha Timesに掲載されたDRFC紹介記事に対する米手作市さんのコメントで、DRFCの会旗にある動輪とレールのデザインを平山氏が作られたということを初めて知りました。平山氏というお名前も名簿に出てこないので全く存じ上げないのですが、あのデザインは旗だけではなく 写真のような会員用のピンバッジにもなっておりました。皆さん覚えておられますでしょうか。米手作市さま、近々平山氏に会われるとのこと、酒の肴にでもしてください。なお現品は クローバー会博物館が完成のあかつきに寄贈すべく 我が家の金庫に厳重保管してあります。

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年の始めは 住吉へ

年が明けてから半月が経過しました。皆さんはどのような正月を送られたのでしょうか。

正月から早くも活動全開という方もおられると思いますが、私の場合は、昨年末に周囲の状況が変わってしまい、活動の停滞を余儀なくされました。しかし、これもまた人生、気を取り直して、自分なりの趣味人生を貫きたいと思ったところです。

130102_153遠隔地への旅行など、叶わぬ夢になってしまった現在、手始めに正月に目指したのは、住吉詣ででした。思い出すのは、毎年の恒例行事とされた乙訓老人のことです。めっきり足腰が弱った老人が、住吉詣を止めてから数年が経ちます。その老人の思いを引き継ぐつもりで、今回は、住吉大社から天王寺駅前まで、久しぶりの歩きの撮影を楽しみました。

次から次へ来る電車、どっと乗り込む乗客、正月の住吉は、まさしく路面電車の最後の聖地でした。

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阪堺線住吉鳥居前は、正月三が日恒例の阪堺電車の大増発。つぎつぎに電車がやって来る。大勢の初詣客にも増して、カメラ人間が放列を敷いていた。

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現役最古参となったモ161も大車輪の活躍、10両のうち、8両が稼動していた。

130102_033sy住吉交差点に立つと、恵美須町、天王寺駅前、浜寺公園、住吉公園の四方向から電車がひっきりなしに顔を出す。警笛とクロッシング音が絶え間なく聞こえてくる。130102_059

阪堺線では今春に新車、低床車がデビューの予定で、モ161の大増発もこの正月が最後かも知れない。

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神ノ木で“ギラリ”を狙う。阪堺線は、大きくSカーブを描いて、南海高野線を越す。

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Wakuhiroさんも、本掲示板で、あべのハルカスと鉄道との組合せについて述べておられた。阪堺線も姫松付近からも遠望できるのは、さすが日本一高いビルだけはある。まだ照明がついていないので夕景も寂しいが、完成後の撮影が楽しみだ。130102_442

東天下茶屋も、私の好きな北天下茶屋に劣らず、いい雰囲気を持った駅だ。専用軌道上に対向式ホームがある。暮れていく中を発車したモ161形を流してみる。130102_420

暮れてからも電車の増発は止むことなく、専用軌道上を続々と上下の電車が行く。130102_448sy_edited-1asd

最後は天王寺駅前、あべのキューズモールの2階から流してみた。一帯はまだ再開発工事の途上だ。天王寺から難波まで、LRT新設の構想もあり、阪堺線はどう変わっていくのだろうか。ちょうど、都電カラーの502が、きらめきの中に映えた。

多摩川朝錬

立川から鳥沢へ撮りに行くのに立川始発の521Mをよく利用します。発車してすぐに多摩川橋梁を渡るのですが、寒い日などは川霧が立ち昇りとても綺麗でした。そこで本日、挑戦してみました。

ビデオ画像から切り出した画像なので車輌は流れています。黎明のこととて、ISO12,800、EV:+2.0と目一杯明るさの補正をしています。

最初は貨物83列車。通常は土日曜日運休なのですが、冬季には土日も運転される様です。

 

この地点から反対側を望むと多摩モノレールが見られます。太陽も顔を出し逆光気味の方が川霧がよく見えました。

 

 

台湾DR2700型

ブギウギさんの「2012年の暮れ台湾へ(上)」[28374]に登場したDR2700型気動車の光華号時代の姿。撮影したのは中華民国57年(1968年)で蒋介石、毛沢東が存命の時代であり、日台間に国交があった時代である。

台湾の看板列車は客車の観光号と気動車の光華号で、ヘッドマークは前者は台湾が、後者は中国大陸が描かれていた。

DR2700型は1966年に登場。東急車両製ステンレスカーで椅子は台湾製、機関はアメリカカミンズ製(世界の鉄道68朝日新聞社)。

s-68.3.23台中光華号_edited-1

↑1968.5.1 台中駅 台北発2001車次高雄行き 途中の停車駅台中、台南

s-台湾時刻表

↑ 当時の台湾の時刻表表紙に出ている看板列車光華号

↓ 44年ぶり撮影DR2700 海端付近を行く4682車次玉里発台東行き 2012.5.1

s-台湾DR2725