第3日目 6月5日 その2
③ 永楽 12:48(區間車4377次)⇒13:00 冬山
今日二つ目の撮影地はCT273走行の時に訪れた冬山です。その時は花蓮方向からの入線を撮りましたが台北方向も中々興味を持った場所です。今日はこちら側から狙ってみたいと向かいました。
▲ 13:03 冬山に到着、乗ってきた4377次の出発を後追い撮影です。
北陸の私鉄を巡る ① 福井鉄道南越線
最近の投稿・コメントを見ますと、“昭和”への思いの強さを感じます。今や二世代前の時代ですが、われわれ世代にとっては、輝きを失わない時代と言えるのでしょうか、私も負けずに昭和の天然色、続けます。
7月、8月に撮ったカラーを探すと、北陸方面のものが何点か出てきました。と言っても鉄道目的では無く、会社から海水浴へ行った前後に立ち寄りしたものでした。休日までも会社への帰属意識を強要された時代、私の勤務先では、会社の保養所が北陸にあったこともあり、夏になると決まって北陸方面に泊まりで海水浴に行きました。貴重な休日を奪われる団体行動から一刻も早く逃げ出したい私でしたがが、鉄道に立ち寄れる楽しみだけの一心で参加申込みをしたものでした。
▲北陸本線の沿線では、それこそ各駅からローカル私鉄が枝分かれしていた。さすがに昭和50年代に入ると、かなり廃止が進んでいたが、今から見ると“こんなところに”と思うようなところまで私鉄が伸びていた。福井鉄道南越線もそのひとつで、国鉄武生駅の東隣に、写真の社武生駅があり、山手の粟田部まで伸びていた。国鉄とは線路がつながっていたので、貨車の受け渡しや、西側を走る福井鉄道福武線の電車と共通運用も可能だった(昭和49年7月)。
第3日目 6月5日 その1
5:00 目が覚めて星鎖ホテル回りを見ますと狭い路地通路に小型トラックやバイクが走り回り市場になっています。市場巡りは大好きな私です。すぐにエレベーターで降りて散策することにしました。

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【上板町 子供体験学習館】 34.132359, 134.395771
スハ43 275 2010年11月20日撮影
板野郡上板町の上板町立歴史民俗資料館の北隣の「子供体験学習館」として利用されていた。
風の便りでは、2016年に撤去されたらしい。
◆スハ43 275(1953年日支製)1965年2月7日蛍光灯化 幡生工→1966年7月16日近代化改造 幡生工→1969年12月10日FRP窓枠試験車 幡生工→1971年3月25日体質改善B3 幡生工→台車TR47A化 幡生工→1985年廃車
とさでん伊野線の単線路側軌道
とさでん交通の路面電車の魅力はいろいろあります。最近、新聞にも採り上げられて、注目されたのは、はりまや交差点で見られたら奇跡!の“トリプル・クロス”でしょう。私も近くのビジネスホテルの“トレインビュールーム”を予約し俯瞰で楽しむことができました。今回は、ほかにも、とさでん交通伊野線の単線路側軌道も探索してきました。
かつての花巻電鉄、福島交通軌道線、最近の廃止では名鉄美濃町線で見られた、道路の端を単線で走る“路側軌道”、現在では、とさでん交通で見られるだけになりました。単線区間は鏡川橋~伊野の7.0kmですが、途中の朝倉までは特殊自動閉塞のため、朝倉より西へ、伊野までの区間のみが通票閉塞で残り、朝倉、途中の八代(信)で、タブレットの授受も行なわれています。
▲東西に長く延びる、とさでん交通の後免・伊野線の西端区間が、今や貴重な単線路側軌道区間だ。写真は、終点・伊野に停車する電車、発車するとすぐ単線となり、道路の端を走る。
久し振りのこのテーマ。井原実さんのような客車に対するガッツあふれる執念はないが、何かのついでに撮った多少のストックがあるためデジ青に投稿させていただく。今回はD51125である。
<D51125の略歴>
1938年7月 日立笠戸製造
1938年7月 新鶴見区配属
1944年8月 静岡区
1949年9月 中津川区
1973年6月 長門区
1973年11月 船橋市郷土資料館に搬入
ということで中津川機関区所属時代が長く多分見たり汽笛を聞いたことがあるはずであるが勿論記憶にはない。
新京成薬園台から10分ほどのところにある船橋市郷土資料館に保存されているD51125.千葉県とD51はあまり縁がないがそれはともかくここは屋根付きで大事に保存されている。2018年4月1日撮影▼
中津川区所属時代の末期の姿で贄川で撮影。下り貨物で逆光状態。逗子のTさんと撮影した時のもの。1973年8月12日贄川付近。▼
その後D51125は山陰の長門区に転属し、集煙装置もはずされたので煙突の低さが目立つ。船橋の保存機の煙突も短いままである。1973年8月12日小串駅を出る門司発長門市行き840列車。▼
【津軽鉄道芦野公園駅裏】 40.912294, 140.4516
オハ31 1 1986年9月24日撮影
オハ31 1のまわりは松ばかりであるが、芦野公園はゴールデンウィークの頃には多数の桜が満開になってたいへん美しい。
今はこの車両は番号を国鉄時代のオハ31 26に戻して、鉄道博物館で保存されている。
多度津の鉄道遺産を見る
予讃線から土讃線を分岐する、JR四国の結節点が多度津です。今までは多度津は通過するだけで、車窓から駅付近を眺めただけでした。今回、松山方面から、高知へ向かうことになり、多度津で乗り換え時間が30分ほどできて、初めて下車をして付近を観察することができました。車窓から見える煉瓦造りの給水塔は知っていましたが、下車してみると、多度津の歴史を感じさせる、いくつかの遺産も見ることができました。
▲下り方右手にはかつて多度津機関区があり、現在でも、蒸機時代の名残りを示す2基の給水塔が現存している。煉瓦造りは、この地に多度津駅が移転してきた大正2年の建築と言われ、登録有形文化財にも指定されている。
第2日目 6月4日 その2
11:47 和平駅ホーム端からCT273号機の回送列車を待つ事約18分、先ほどの復興號と同様にカーブの向こうからR123号機に牽引されて台鐡132周年記念号がやってきました。
▲ そして同じく本線には入らず待避線に入って行きます、続行する列車に進路を譲るようです。R123号機はデビュー当時の色に塗装されています。次の駅で乗り込まれたいつも海外でお会いするトラベルラーターの白川淳氏は、これは考えていなかった感激ですと花蓮へ戻る翌日も追っかけて撮影するとホテルを取り直しておられました。
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【浜松市西区入野町(いりのちょう)】 34.698070, 137.696580 2019年6月17日撮影 最寄り駅:浜松(強いて言えば高塚)
マニ50 2032とマニ50 2164(といわれている)
本日、天気がよろしいので、リハビリをサボって浜松へ行ってきました。
時節柄、鮮度の落ちないうちにお届けします。
入野町にある地元の有名な製麺業の会社のものと思われる駐車場に、3両のワキ8000、ワムかワラ1両と得体の知れない謎の車両1両と、合計7両置いてある。全て台車は無い。
▲北東から望む
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第2日目 6月4日 その1
今日はCT273号機が留置されています花蓮から蘇新まで有火回送されて、蘇新からは本務機として礁渓まで走行します。
不銹鋼號さんは私よりも一日早く訪台、走行区間のロケハンをされていました。昨夜、リストアップされた撮影候補地をお聞きしましたので今日は回送列車が来るまでは現地に行って確認することにしました。
▲ 7:55 宜蘭駅前にある丟丟銅広場は鉄骨で作った森の中を汽車が飛んでいます。あたかも走っているかのように感じさせられた姿にはびっくりしました。
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産経新聞に連載されていた、関三平先生の『昭和の電車』が新聞社の都合で打ち切られてしまいました。永年、記事をデジ青に転載させていただいていたご縁で、関先生と数回飲み会を開いて懇親を深めてきたこともあって、先月、関先生の慰労会を長岡京駅前の高級料亭を借り切って開催しました。
その時、参加者から『全ては見ていない』『もう一度見たい』との声が出ました。
実を言うと全回分を掲載していませんでした。それは最初の数回は見てるだけで掲載するつもりはなかったのです。でも、4~5ヶ月してから、これはみんなに見てもらったら面白いかも、と思いつき掲載を始めたのです。この当時は月に二回のペースでしたから8回ほどの記事が未掲載になっていました。その後も私の見落としやファイル忘れなどで何回かは未掲載となりました。あるときから、掲載忘れを関先生からご指摘があり、作者の先生にご覧頂いていたことを初めて知りました。
この度の飲み会で改めて全回分を再掲載してはどうか?と言うことになって、欠落分の補充をする事にして保存していたファイルを確認したところ、十数回の欠落と画質不良が分かりました。これらの原稿は関先生がお送りくださり、画質不良分はスキャンのやり直しで高画質化して準備が完了しました。
ところが、代理投稿のご依頼が重複して入って来たため、ずらしていましたが「中村進一作品」が峠を越えたのと、次の「乙訓老人再生プロジェクト」の着手が予定されているので投稿者名が重なるのをお許し頂いて掲載していくことに致しました。
関先生は皆様からの辛口のツッコミを楽しみにご覧になっておられます。ぜひとも皆様の思い出と批評などを遠慮なく書き込んでください。
1円で泊まり、1490円で飛行機に乗り、9500円で四国一周をする
贅沢な旅は、カネさえあれば誰でもできます。最小限の費用で、決して貧乏旅ではない、そこそこ上質な旅をしたい。これこそ時間に縛られない、われわれ老人世代の智恵の見せどころであり、特権であると思っています。
こんな思いを持って、情報の収集、周到な準備のうえ、先ごろ四国へ向かいました。このカラクリを説明しますと、1円は、あるビジネスホテルのチェーンが“70歳以上で誕生日当日”に限り1円で一泊できるというもの、しかも朝食付きで、フロントで金1円也をうやうやしく払ってチェックインしました。1490円は愛用しているLCCが時折、バーゲンセールを行なっていて、曜日などにもよりますが、うまく確保できると、運賃1000円台で四国まで飛行機に乗れるというもの、そして9500円の切符は、JR四国の“バースディきっぷ”、誕生月に3日間通用のフリー切符です。通常のJR四国の乗り放題切符は16140円ですから、約4割引です。
この6月、めでたく70歳を迎えた私は、これらの特典をフルに享受しての四国入りとなりました。
▲四国を回ると“バースディきっぷ”のポスター・チラシを何度も見掛け、販売に躍起になっているように見えた。車内改札、駅改札で、きっぷを見せると、“お誕生日おめでとうございます”と何度も言われた。
今回は電気機関車です。
古くからのファンにとって、輸入電機や旧型のデッキ付き電機をリアルタイムで見る事ができたことが最大の自慢でしょう。私はその最後をチラッと見た世代ですから羨ましい事しきりです。大型電気機関車は大都会・東京へのあこがれでした。小型電機は地方の、それでも汽車よりもモダンな都会の雰囲気を感じたものです。実際、関東へ行かないと多彩な電機は見られなかったのです。
それでは私鉄を含めたED型電気機関車をご覧下さい。