広島便り

江若展に向かった3月13日は旧ダイヤで、帰路15日は新ダイヤで帰宅しました。京都から新幹線で三原に帰るには岡山か福山で「こだま」に乗り換えるのですが、それが面倒なので今日は新大阪から「こだま」で帰ることにしました。早朝大津を発って新大阪発7:39の「こだま733号」に乗ったのですが、何と指定席は満席! 急ぐ必要のない格安ツアーなのか中高年の男女でぎっしり。トイレの前には行列ができていました。一方自由席はガラガラ。相生の12分停車でヤレヤレと思っていたら、岡山では23分停車。福山の8分停車は短く感じました。かつて北海道で札幌から釧路に向かう夜行普通列車423レに何度か乗りましたが、富良野で35分停車、新得で16分停車、帯広で13分停車、池田で15分停車し、給水、給炭、郵便小荷物積みおろしをする光景を思い出させるような現代の「こだま号」の旅でした。

さて帰宅すると3月15日の中国新聞朝刊には 14日のダイヤ改正がらみの記事が1面を飾っておりました。227系のデビューと新白島駅開業が目玉です。便利に、快適になったことは報じられても、不便になった面も報じてくれればよいのに。

平成27年3月15日 中国新聞朝刊

平成27年3月15日 中国新聞朝刊

 

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2015年 西方見聞録 ルーマニア鉄路の旅 Part9 ブカレストからヴァッサー渓谷森林鉄道へ IR1642乗車

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▲ 乗車したIR1642列車の1等寝台の2人用個室です。ベット幅もいつもの中国鉄路の軟臥と比べると1回り大きく、重厚感ある木造の室内は天井が高く十分な広さです。ただ私のベットは上段ですので、重いキャリーケースは上の置き場へは持ち上げ不可能です。下に置かせてもらって、他の持ち物は上に置きました。
部屋の相棒は後から来た若いドイツ人です。挨拶を済ませてから上段に上がって寝る体制を整えましたら、彼は友人の部屋に空きベットがあるのでそこに移ると言って出て行きました。おかげで一人個室となりましたので大満足、寝場所を下段に移してのゆったり旅が始まりました。
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2015年 西方見聞録 ルーマニア鉄路の旅 Part8 ブカレストその6 トラムに乗っての街散策 後編

DSC_271711▲ 17:23 夕暮れが近づいたブカレスト郊外の専用軌道を快走するタトラの重連。ブカレストのトラムも最後の撮影です。今日はブカレスト北駅、メトロ、トラムと朝から乗り鉄・撮り鉄旅を堪能しました。人口約200万人の広い町ですのでとても一日では回りきれません。最新の低床車も走行しているそうですが、残念ながら見られずじまいでした。しかし最盛期に比べると縮小されたとは言えトラムが元気に走り回っている姿は堪能できました。次回は街路樹に若葉が茂る頃に来たいと思いました。
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ついに途絶えた東海道本線の客車列車

 「トワイライトエクスプレス」の運行が終わることについて豪華寝台特急が運転終了として巷では騒がしかったが、もう一つの意味がある。それは東海道本線を走る客車列車がなくなるのである。団体貸切特別列車のような客車列車は走るかもしれないが、どこかへ行くお客さんが乗っている客車列車はなくなる。東海道本線はすべて動力分散式列車となるのである。輸送手段としての効率から考えると動力分散式の方がよい。効率重視で考えると電車などの動力分散式に変わって行くのは当然のことだと思う。

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【速報】現役鉄道同好会が地域貢献賞を受賞

本日、同志社大学の寒梅館で、年間を通じて目覚ましい活躍のあった文化系クラブ・サークルを対象にした「2014年度 文化系公認団体表彰式」が行われました。

そこで、同志社大学鉄道同好会は“地域貢献賞”を受賞したとのことです。この賞は最高の賞である大賞ではありませんが、鉄道同好会が“地域貢献”をしたと社会に認められたことに大変意義があると思います。大賞といっても過言ではありません。

鉄道同好会のY会長のコメントを以下に紹介します。

「当会の活動を評価していただいて嬉しく思います。
しかし、これに甘んじる事なく、よりよい評価を頂けるサークルにしていきたいです。来年度は大賞を頂けるように努力しますので、応援よろしくお願いいたします。」

デジ青をご覧の皆様、来年度も鉄道同好会にご期待ください。

2015年 西方見聞録 ルーマニア鉄路の旅 Part7 ブカレストその5 トラムに乗っての街散策 前編

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DSCN8455_100家にいる時は食事の支度は私の役目、海外に参った時は変わった食材がないか見るのが旅の楽しみの1つです。今回もトラム車窓から市場を発見したので直ぐ降りて探索です。
その市場で明るく元気よく野菜を売っておられるお姉さん、並べられた野菜たちもより新鮮に見えます。左下には初めて見る白い人参が積まれていました。
でもこれはパースニップと呼ばれるセリ科の二年草で、似てはいますが人参ではありません。風味はニンジンに似ており糖分多く、甘みが濃厚だそうで煮崩れしないため、ポトフやシチュー、ボルシチなどの煮込み料理に使われているそうです。古代ギリシャの時代から地中海周辺で作られており、食用だけではなく薬用としても使われて日本でもネットの八百屋さんで売ってはいます。

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2015年 西方見聞録 ルーマニア鉄路の旅 Part6 ブカレストその4 ブカレストのメトロ

DSCN842332 【ブカレストメトロ】
1979年11月16日に1号線6.2キロが開通、その後も順次開業が進み現在4路線、51駅の約70キロが営業、トラム・バス・トロリーバスとは異なるメトロレックス(Matrorex)が運営しています。車両はルーマニアのアストラ・ヴァゴアネ・カラトリ (Astra Vagoane Călători)が1978年~1993年に製造した国産車両が1・3・4号線に、またボンバルディアが2002年~2008年に製造した車両が2号線に投入されていますが、老朽化車両については順次置き換えが進んでいます。 上の写真は1号線Dristor駅ホームで折返し発車を待つボンバルディア製の新車です。 続きを読む

四大学鉄研合同写真展始まる

 

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いよいよ、今日から関関同立の4大学による合同写真展が始まりました。午前中は準備、午後1時より開場となりました。展示会場は中崎町駅1番出口より歩いてすぐ(徒歩2分程度)、大阪環状線の高架下に位置しています。 続きを読む

2015年 西方見聞録 ルーマニア鉄路の旅 Part5 ブカレストその4 ブカレストのトラムに初乗車

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【ブカレストのトラム】
ブカレストの路面軌道は1871年開業の馬車軌道から始まり、1894年に電化されて最初のトラムが走りだしました。その後新路線が建設されて最盛期の1980年には351キロにもなりましたが、トロリーバスに置き換えられたりメトロの開業もあって現在の営業路線は24系統・約143キロに縮小されています。ゲージは1,435㎜、低床式トラムを含む128両が在籍します。
運営はRatb(Regia Autonomă de Transport Bucureşti)によって行われ、多くが専用軌道を走り、最高速度は65km/hとストレスを感じさせない都市交通機関です。

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長野電鉄OSカーの写真のこと

 関三平さんの「昭和の電車」で長野電鉄のOSカーが出てきた。この電車ができた時に雑誌鉄道ファンで見たのだが、正面のデザインが地方私鉄の電車とは思えないような形で驚いたものである。しかも、FRPで出来ているので、これもすごいなあ~と思っていた。まだ、中学生や高校生では見たくても、長野まで行くことはできなかった。しかし、高校生の時に長野に行く機会があった。この時は長野電鉄に乗ることはなかったが、駅へ行くとひょっとしたらOSカーが来ているかもしれないと思ったのだろうか。駅で撮った写真が出てきた。撮った写真を調べているとカラースライドで1枚だけ長野電鉄の長野駅で撮ったOSカーである。少し修正して見ることができるようにしたのが次の写真である。

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ご覧のように地下駅でなく、地上駅である。ホームを歩いている女性や電鉄職員の服装を見ていると夏かもしれない。そういえば、夏休みに信州方面へ部活の合宿で行ったことがある。その時に撮ったようである。これは正面にかすかに2という数字が見えるので増備されたモハ2である。そして、この写真を見ているとホームが1面で2本しかなかったことがわかる。もう1つ不思議な取り付け方をしている電飾駅名看板である。よくある駅名看板は電車から見えるところにあるが、これは位置が高く、電車に乗っていると見えない。しかも電車に直角である。これは改札口からホームへ入ってくる乗客に見えるようにしたような気がする。このような駅名看板があるのだろうか。見たことがない。あらためて、よく見てみると面白いものである。 今回の「昭和の電車」はそんなきっかけをつくってくれたのであった。

国鉄阪和線モタ3000系に寄せて

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クハ25105+クモハ20+クハ25+クモハ60 / (42-5-28) 長居

「昭和の電車」は「モハ54003~54005」に続いて関西の国電が登場した。

今回、関 三平氏が紹介されたモタ3000系は、一段上昇窓のため開口面積が狭く、夏暑かったこと、日除けがブラインドとカーテンを併用して構造が複雑であったこと等が災いし、早めに廃車されたため42年中に姿を消した。

新製からの廃車までの経過
戦時色が濃厚になった昭和16年にクタ3001、3002が日本車輌で、クタ7001、7002が帝国車輌で新製された。
クタ3001、3002は両運、7001、7002は片運であった。
クタ3001、3002は電動車として竣工すべきところ電装品の調達遅れにより制御車として竣工し、12月に電装され本来のモタ3001、3002となった。
7001,7002以外は両運車であったが、戦後片運化され、モハが上り向き、クハが下り向き運転台になった。

全鋼製のノーシル、ノーヘッダーの車体は、上部にRの付いた2枚1対の客室窓の斬新なスタイルで戦時色を感じさせないものであった。

小学校4年生の時、天王寺で初めて見たが、京阪の新車にソックリだと思った。京阪の新車とは1650形のことである。

発注したのは阪和電鉄であったが、完成は南海電鉄と合併後であった。(阪和電鉄は昭和15年12月1日南海電鉄と合併し、更に19年5月1日鉄道省に買収された) 

17年にクタ3003~3007が日本車輌で、クタ7003~7007が帝国車輌で新製された。
クタ7003~7007は電装される予定であったが、鉄道省買収後の19年6月クタ7003、7004の2両のみ電装され、モタ7003、7004になった。

18年にクタ7008~7013が日立製作所で新製された。

戦後、阪和線に輸送力増強のため国鉄標準型電車が転入すると、混結の必要性から制御器の省形化、連結器の密連化、運転室の拡幅工事が実施された。
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2015年 西方見聞録 ルーマニア鉄路の旅 Part4 ブカレストその3 ブカレスト駅の朝

現地からの投稿をするつもりでしたがパソコンのキーボードが不調となって、Part3以降は出来ずじまいとなってしまいました。現在、22日間のルーマニアとハンガリーのブタベストの鉄路の旅を終えて無事に帰国しましたが、撮った写真は、27,000枚(270GB)にもなっています。36枚撮りフイルムなら750本と過去最高の途方もない本数です。まずはバックアップと整理に追われる事となりました。ゆっくりになりますが旅の続編を再開させていただきます。よろしくお願い申し上げます。

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▲ 7:40 宿泊したHotel Sir Gara de Nord前から見た朝のブカレスト北駅Bucharest North railway station )。1872年の開業で国内各地、また欧州各国への国際列車の発着駅となっています。現在の気温はマイナス1.8℃と日本と比べてもそれほど寒くはなく、青空が広がっています。日中は暖かくなりそうです。

今日は一日、ブカレストのトラムとメトロの乗り鉄、撮り鉄を楽しんだ後、「ヨーロッパ最後の軽便森林鉄道」と、地球の歩き方にも紹介されていますヴァセル渓谷森林鉄道(Vaser Valley Railway)へ向けての夜行列車に乗車します。
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長野電鉄OS1

先日の鹿渡行きの帰りに、久しぶりに長野電鉄に乗った。成田エクスプレスのスノーラビットを見てかえって来たが、昔は長野電鉄は自社新製車両を作っていた意欲的な地方鉄道だったと改めて思いました。
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「江若鉄道の思い出」展、オープン

クローバー会の福田 静二氏と西村 雅幸氏の全面協力による企画展が、大津市歴史博物館(歴博)で開催されています。

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今回初めて登場した江若鉄道車輌の、原寸大モックアップ! (西村氏製作)

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日本海縦断各駅停車のたび前編

昨年末の話ですが、青春18切符で大津~稚内までの各駅停車の旅を試みました。昨年九州の旅で、最南端の西大山~大津まで各駅停車の旅をしましたが、この続編、3月の北陸新幹線開業後は日本海縦断青春18切符の旅もできなくなりますのでこの時期が最後のチャンスとなります。22本の列車を乗り継いで、最後は宗谷岬まで行こうというものでした。日本海縦断の旅旅程 続きを読む

備後・備中に消えた鉄道を訪ねて 最終回 ~こんどは“おのてつ”のまぼろしと尾道の「ハッサク電車」~

 いよいよ最終回である。

 芦田川を越えて福山の町に入った。福山城の横を通って、福山自動車時計博物館の所へ来た。野外展示場が見えたが本来の目的地へ向かうことにした。それは再び井笠鉄道の車両が保存されているところである。そこは福塩線上戸出駅から北へ約1.5Kmほど行った所にある新市クラシックゴルフクラブである。この入口に井笠のコッペル2号機とホハ12が保存されているのである。ところがこのコッペルは西村さんによると3号機で、岡山の池田動物園に保存されているコッペルと入れ替わった番号になっているらしい。福塩線沿いに走って、途中でゴルフ場へ行く道を上っていく。ゴルフ場へ行く道であるから車は走りやすい。そして、間もなくすると井笠のコッペルが見えてきた。ゴルフ場入口の手前にフェンスで囲まれて保存されている。西村さんが以前に投稿された時に述べられているが、運ぶのが大変だったと思う。だが、井笠開業時のコッペルが3両とも残っているのは奇跡というか、喜ばしいことである。

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ゴルフ場に保存された井笠のコッペルと客車 客車の入り口がオープンデッキとなっている。

 

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「江若鉄道の思い出」展直前情報

2015-03-03 16.09.547日から大津市歴史博物館で開催される「江若鉄道の思い出」展は、本日ジオラマの組み立てもほぼ終わり、土曜日からの開催を待つばかりとなりました。総本家様も書かれているように京都駅地下東口を少し北に行った、ザ・キューブに行く通路近くに大きな電照看板があり、ここに「江若鉄道の思い出」展が掲示されています。また、大津市内の自治会の掲示板にはポスターが貼られています。掲示板は私の町内だけでも10箇所ありますので、全体では相当な数になるはず、どこでもすぐに目に付きます。2015-02-27 11.04.01

宣伝の効果でしょうか、今日、歴博玄関でジオラマの組立作業をしていると、少し年配の御夫婦が入ってこられて、「あれっ、江若展はまだなんや、土曜日からなんや」と話されているのが聞こえてきました。前評判は上々、講演会も定員をオーバーしていて抽選になるのではという話も聞いています。また、これに合わせ2月15日に発売された本も各書店に並んでいます。歴博会場で購入すると、西村さん作成のキハ5120のペーパークラフトがついてきますが、売り切れになることも予想されますのでお早い目にお買い求めください。

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佐竹さんイベントお開き、つぎは江若展へ

佐竹さん「東北を旅して」展が、本日、めでたく千秋楽を迎えました。第7回を数えた今回は、写真中心の展示となり、クローバー会有志約3名による鉄道写真展のほか、ドキュメンタリー作家の写真、三陸の水中写真、三陸鉄道運転士の鉄道写真、そして、佐竹さん自ら立ち会われた三陸鉄道開業式の様子や、奥さまが正月に乗車された「初日の出号」のルポなど、P1070748sy盛りだくさんの内容でした。被災地への思いを馳せながら、この日も多くの観覧者で賑わいました。佐竹さん自身も、“いろいろな立場の人とたくさん話ができました”と、述懐しながら、たいへん満足そうなご様子、何よりでした。17時、閉幕となり、有志クローバー会会員の手でてきぱきと片付けが終わり、ことしの「東北を旅して」展も、深い感動を残して幕を閉じました。ご協力いただいた皆さま、ありがとうございました次つぎ写真を下ろしていく。片付けのため、マルーン会長は得意の水平出し指示ができず、すこしご不満の様子。この直後、乙訓老人現る。

P1070766syさて、つぎのクローバー会イベントは、いよいよ今週末3日から開催される、「江若鉄道の思い出」展へ移ります。不肖、私も、午前中は会場の大津市歴史博物館へ向かい、展示の手伝いをしてきました。夕方には、広島から西村さんが遠路駆けつけられ、明日からはレイアウトの組み立てに当たられます。今日は、途中、大阪通信員さんのお宅へ寄られ、江若の埋蔵文化財を積み込んでの大津入りでした。

何やら画策する有志、このあと、4人は小雨降る歓楽街へと消えていった

大津の86さんによると、大津では各町内の掲示板には、すべて江若展ポスターが貼られ、大津市内は江若一色になっているそうです。また、京都駅にも歴博の巨大な電照広告が一等地に掲げられているとの報告も86さんからもらっています。地場の新聞にも、連日のように社告が出るなど、江若展、いよいよ近しを感じさせます。

京成電鉄モハ3300形 営業運転終了

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臨時特急「成田山号」(3301-3302-3303-3304+3333-3334-3343-3344)/大佐倉

京成電鉄モハ3300形は、2月28日臨時特急「成田山号」で営業運転を終了した。
当日のダイヤは、回送列車で宗吾車区発車して、高砂9時58分、青砥10時頃通過して上野に10時13分に到着、上野10時23分臨時特急「成田山号」として発車して、成田に11時39分に到着予定の処、途中混雑のため実際には約10分遅れで到着した。
到着後運転士に花束贈呈等のセレモニーが行われた後、宗吾検車区に回送され、12時15分に入区した。 続きを読む

京王帝都電鉄3000系

今回は、準特急さんのお出ましをおねがいいたします。
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