都電 「クリスマス号」

9001
クリスマス号/ (25-12-10) 荒川車庫前

西村雅幸さんより、11月26日【41625】で広島電鉄の「クリスマス電車」運行に関する報告があったが、都電荒川線でも12月10日~25日まで「クリスマス号」が運行される。

車両は9001号(平成19年アルナ車両製)で、車内にささやかなクリスマス装飾を施し、イルミネーションが点灯、窓や車内にサンタクロース等のステッカーが貼られている。

広島電鉄とは異なり、ダイヤは決まっていないが、交通局のH.P上の車両検索で現在の走行場所が判り、乗車、撮影には便利である。
続きを読む

駅を旅する<12>に寄せて

特派員氏の名紀行シリーズを楽しく拝見しています。佐世保には40年以上行かれていないそうですので、2011年の秋、五島列島の帰りに初めて訪れた佐世保駅のスナップをご紹介します。

佐世保発長崎行きキハ671+661

国鉄色がなつかしい佐世保発長崎行き快速キハ671+661

駅は高架になり、全国どこにでもある 特徴も趣も感じられない駅の風景でした。1番線、2番線は松浦鉄道のホームです。

続きを読む

駅を旅する 〈12〉

他の記事掲載や自分の怠慢によって、ずいぶん間隔が空いてしまいましたが、再開します。九州の駅めぐり、まだ続けます。

佐世保

現在は、高架化された近代的な駅になっているそうな。佐世保へはもう40年以上も行っていない。私のなかの佐世保は、蒸機の煙で満ち溢れていた、狭い地上駅へとさかのぼる。

佐世保での興味は、早岐~佐世保間で運転される、蒸機の運用の多様さにあった。鳥栖・肥前山口方面から、佐世保へ向かう列車は、早岐で逆行となる。牽引機の機回しとなるところだが、早岐~佐世保間はわずか8.9キロ、また佐世保駅は狭くて、機回しの余裕もない。そのため、早岐に着いた列車は、後部に別の機関車を付け、佐世保へ向かう。佐世保発は逆の編成となった。

佐世保IMG_0027sy▲その代表がC11の牽くブルトレとして有名になった特急「さくら」だ。本務はもちろんDD51で、早岐~佐世保間のみC11がアタマに付く。以前にも記したが、通常はヘッドマークは付かなかった。次位は電源車マヤ20。右手に停車中は、呉発佐世保行き急行「出島」で、かつての軍港同士を結ぶ列車だった(昭和42年)。

続きを読む

2013年 秋の丹後路一人旅 Part1 北近畿タンゴ鉄道 撮り鉄(栗田~宮津~辛皮、四所)

11月25日

丹後から帰宅しましてより4日目の11月25日、この日は家内のたっての願いで、宮津のお酢の醸造元を訪問することになっていました。お酢は料理には欠かせない調味料です。最近の健康ブームで、鹿児島県の黒酢が有名になりましたが、我が家で通常使っているのは普通の米酢と、京都ですので千鳥の酢ぐらいです。
醸造元の名前は飯尾醸造といいますが、聞いたことのない会社です。早速、ネットで検索してみますとありました。酢の原材料は米ですが、隣の田んぼからの農薬が入らなうように、わざわざ自社で丹後半島にある棚田で無農薬のコメを育てている凝りようです。漫画「美味しんぼ」にも紹介されています。料理好きの私とあっては、これは見てみたいと思い快くOKしました。

ところが行く前日に家内が突然の腰痛を発症して動けなくなりました。これは無理だ、中止しようと言いましたが、向こうの会社の社長さんとのアポイントができている。紹介していただいた方にも失礼に当たるのでお父さんだけでも行って欲しいと言われてしまいました。仕方ありません。早朝7時には自宅を出発して宮津へと向かいました。

今日の往路は西舞鶴には立ち寄りませんので、高速道路を直行して9時前には宮津入りしました。アポイントには時間がありましたので、途中で栗田駅に立ち寄りました。
01▲ 9:16 今日は雨と強風が吹くあいにくの天候です。丁度、先日切符を買った駅員さんが帰宅される時で、覚えておられたのか、「今日は、列車が運休だよ。」と、申されます。由良川鉄橋はこのために通行不能となり、西舞鶴方面に行く列車は止まっていて、丹後由良で折り返しをしていました。
続きを読む

保存蒸機とその現役時代(25)

D5125 1936年(昭和11年) 川崎 製番1739

2013.9.9 三田市はじかみ池公園 西村雅幸氏撮影 ▼

s-13.9.9西村氏D5125-2

1969.2.22 西舞鶴発車D5125[福知山] ▼

s-69.2.22D5125福西舞鶴

続きを読む

2013年 続々 秋の北陸路・丹後路一人旅 Part6 北近畿タンゴ鉄道 撮り鉄(甲山~峰山)

第5日目 1121

昨夜は夜道で迷いました。「道の駅 くみはまSANKAIKAN」は、初めてでしたので分からず、どうやら途中の交差点で間違ってしまってようで、到着できたのは9時過ぎでした。
夕食が終わって、就寝できたのは0時を回っていました。おかげで朝、目覚めたのは8時です。たまにはこんな日もあります。
02
▲ 9:31、道の駅から久美浜湾を見ますと、真下に丹後神野駅がありました。青空も見えますが、今日の天気予報は曇り時々晴れ、にわか雨もありの不安定な気候です。明日からは崩れそうで、当分撮影日和は見込めません。撮影はもう一度出直しが必要なようです。

昨日ロケハンでチェックしましたが豊岡方面の但馬三江~久美浜は、山間を走ります。俯瞰できる高台や並行する車道はナビでも地図帳でも見つけられません。久美浜~甲山も同様でトンネル2本がある山林の中を走っていますので、今日は対象外としました。

続きを読む

EVE展示から「京都市電で偲ぶ昭和の同志社」 -6-

今出川通に沿って

今出川線の市電は、烏丸線に遅れること2年、昭和51年3月に廃止された。南に京都御苑、北に同志社と、緑豊かで絵になるところだった。京都市電がよく似合っていた。37年後の今も、市電がいないだけで、その風景は変わっていない。

▲EVE 中林0022【19】西行きの「同志社前」電停に停車する15系統500形。「急行通過」の表示が見えるが、平日の朝、乗降数の少ない停留所をすべての市電が通過するもので、若干の速度向上に寄与した。(昭和40年 撮影/中林英信)

500形の元気な姿や、人々の服装や様子がよく伝わって来る、50年近く前の「同志社前」。それにも増して、カラーの保存状態もよく、当時がよく再現されている。

続きを読む

2013年 続々 秋の北陸路・丹後路一人旅 Part5 北近畿タンゴ鉄道 丹後あおまつ号にも乗る

4日目 1120日 その2

あかまつ号を降りた後はそのままホームに残り、あかまつ号の折り返しより先に出る西舞鶴行きの230Dに乗車しました。宮津で途中下車して、宮福線の列車に乗り換えて福知山方面へと向かいます。 ただ福知山に近づくと市街地のコンクリート高架を走行しますので、これはと思う撮影地はありません。途中の下天津で降りて折り返すことにしました。 01_KTR路線図自前 ▲ KTR路線図です。作成しながら思いましたが、宮津線83.6キロは、国鉄時代と比べて丹後山田野田川丹後木津木津温泉と2駅が改称されたぐらいで、第3セクターに変わった時によく見られる新駅の開業はなく、平均駅間距離は4.6キロと、結構あります。
一方の宮福線30.4キロの平均駅間距離は2.5キロと、宮津線の約半分です。人口81,161人(平成25年11月末現在)の丹波の中心、福知山市があります。
その市街地を走りますので、当初から地元密着のために駅数を多くしたようです。 最近の全国のローカル鉄道の主な利用者は、高校生が中心でKTRでも、宮津線で48.7%、宮福線では36.4%を占めています。既存駅から遠い高校もあろうかと思います。近くに駅の設置要請はなかったのでしょうか。

第3セクターに移行後に利用客減が止まり微増すらしているえちぜん鉄道の例からしても、地元密着を積極的に進めることがキーポイントのように思えます。駅数を増やして、乗れる機会を増やしていくのも1案です。宮津線はもっと駅数があっても良いのではと、思えました。
続きを読む

EVE展示から「京都市電で偲ぶ昭和の同志社」 -5-

烏丸上立売

烏丸上立売にも電停があったことを現役会員に言うと、驚いていた。確かに、市電廃止後の代替バスにも烏丸上立売バス停はあったものの、地下鉄開業後はそれもなくなり、もう30年以上も「烏丸上立売」は存在しない。現在、烏丸今出川~烏丸車庫前(現・北大路駅前)は、市電外郭線内の廃止路線で唯一市バスの走らない区間である。京都バスは走っているものの、烏丸今出川のつぎは、烏丸中学前である。

・EVE 福田IMG0038sy【17】烏丸線には「烏丸上立売」の電停もあった。右の建物は、当時の学生会館(大学側は大学会館と呼んでいた)で、現在の寒梅館の建つ位置である。 (昭和49年 撮影/福田静二)

131130_019sy当時の学生会館は学生のための厚生施設で、食堂や書店があったが、学友会本部もあり、大学闘争の拠点ともなっていた。学友会本部は、落書きだらけ、ゴミ屋敷同然の鬼気迫るところで、近づき難かった。現在は寒梅館が建って、すっかりしゃれた雰囲気に変わったが、手前の店2軒が、外観もほぼそのままで今も健在なのが面白い。

続きを読む

2013年 続々 秋の北陸路・丹後路一人旅 Part4 北近畿タンゴ鉄道 丹後あかまつ号に乗る

第4日目 11月20日 その1

016:30 穏やかな朝を迎えました。北陸と比べますと、2℃は暖かい。それに今回の旅からは。就寝前に湯を沸かせて、予めシェラフの中に湯たんぽを入れています。朝でもまだ温かく、顔や手を洗ったりするのに便利です。
今日は来春に予定されているDRFC-OB会主催の「北近畿タンゴ鉄道 あかまつ・あおまつ号に乗ろう」の実施計画を担当していますので、参加者の皆さんをご案内できるように現地ロケハンをしようと思っています。まずは大評判のあかまつ号(正式には丹後あかまつ号;以下略します。)とはどんなものなのかを実際に見て乗っての初乗車と、車内からのロケハンです。

ただ、あかまつ号西舞鶴発は10:26ですので十分な時間があります。ぶんしゅう7号は、どこかの駅に置いておかなければなりません。時刻表を見ながら宮津の1つ手前の駅「栗田(くんだ)」を選びました。
00_パンフ表面
続きを読む

EVE展示から「京都市電で偲ぶ昭和の同志社」 -4-

烏丸今出川電停付近

西門を出ると、そこは烏丸線の南行き、北行きの停留所があった。今回はその周辺を。

・EVE 小西149041sy【13】烏丸今出川の北行き停留所の15系統900形。安全地帯は北行き・南行きともに交差点の北側にあり、そのまま路上横断してキャンパスへ行く学生が多かった。この時代でも、学生服の姿が見えた。(昭和45年 撮影/小西啓文)

131130_024sy今出川キャンパスの再整備に合わせて西門も新しくなり、周囲は開放的な雰囲気にはなったが、やはり以前の門構えのほうが大学らしくて好きだった。「薩摩藩邸跡」の石碑も少し移転した。

 

続きを読む

2013年 続々 秋の北陸路・丹後路一人旅 Part3 えちぜん鉄道、福井鉄道、北近畿タンゴ鉄道

第3日目 11月19日

01昨夜は強風と豪雨の一夜でした。もう慣れて来ましたので気にせず熟睡で朝を迎えましたが、爽快な朝とは申せません。空を見ますと富山方面は、黒い雲が覆っています。
反対側の敦賀方面は、青空になっていました。同じ北陸でも福井を境にして大きく気候が2分されています。金沢富山でも峠を越えると気候が一転するそうです。
私も米子で1年8ケ月を過ごしましたので、日本海側の気候が一日でもよく変わるのを経験していますが、この地で晩秋から冬に撮影するには、相当の覚悟が要ると改めて思いました。

7:25 今日は丹後に向かいますので朝はゆっくりせずにすぐに出発しました。
02▲ 7:45 真っ黒い雲からこぼれる朝日をバックに福井に向かいます。雨が上がったとはいえ時折、小雨が降る中での撮影でした。鷲塚針原~中角を行く6738M、7005+7006の2連です。

続きを読む

EVE展示から「京都市電で偲ぶ昭和の同志社」 -3-

烏丸今出川をめぐる(2)

・EVE 西村0021【9】昭和48年に開館した図書館を背後に見て、烏丸今出川の交差点を左折し、今出川通に入る15系統。車輌は600形を連結市電用に改造した2600形だが、この頃は、単行ワンマンカーで使用されていた。(昭和49年 撮影/西村雅幸)

131130_030sysy交差点西南角から撮られた写真で、前回の写真【7】と同じ角度から撮られている。現況と比べても、背後の図書館には全く変化がなく、この角度だけ切り取ると、40年も経過しているとは思えないほどである。

続きを読む

2013年 続々 秋の北陸路一人旅 Part2 えちぜん鉄道

第2日目 11月18日

今日はえちぜん鉄道の撮影予定ですが、暴風雨の朝を迎えました。TVやYahooの天気予報を見ますと、低気圧が日本海上にあって不安定な天候になるとの予報です。そしてここ1週間の北陸は、殆ど雨予報になっています。北上すべきかどうかの決断が必要になってきました。今日一日は、えちぜん鉄道沿線の撮影を続けて様子を見ることにしました。
01029:04 風の治まるのを待ってロケハンをしながら三国港から東尋坊近くに行って海を見てみましたが、ご覧のように激しい波が打ちつけています。

左の海べりに建っている旅館は大丈夫なのでしょうか。
青空も見えていますが、黒い雲がいつでも雨を降らすよと告げています。

続きを読む

2013年 続々 秋の北陸路一人旅 Part1 福井鉄道

第1日目 11月17日

秋の北陸路一人旅は第1回目が10月12日~22日の11泊12日、第2回目が10月30日~11月4日の4泊5日でした。いずれも立山砂防軌道の乗車と撮影を目的に先乗りと追加でしたが、もう1つの目的だった秋の北陸路を撮るにはまだまだ満足が行かず、このままではいけないと鉄ちゃん魂がまだ燃えていました。折角、自由人となっていますし、体力はまだまだあります。今年は年内に海外に行く予定はありません。ストレスを溜めては身体に悪いと、じゃあ行くかと再びハンドルを握ってぶんしゅう7号のエンジンをかけることにしました。

【ルート】 自宅10:45→(給油)→京都南IC(高速)→11:20京都東IC→12:23道の駅マキノ追坂峠13:00→(敦賀~今庄は高速)→14:00福井鉄道越前武生駅(走行約144キロ、所要時間3時間15分(含む給油・昼食約45分))

01今回は費用対効果(時間短縮)が優れる京都南~京都東敦賀~今庄は高速道路を走り、最短で越前武生駅に着きました。
今日の撮影目標は、前回に撮れなかった旧型車両です。
前武生駅の留置線を見ますと201号だけがいますので202号203号は運用に付いているはずです。それではと線路沿いを並行する道路を走って、遭遇する機会を見つけることにしました。
続きを読む

EVE展示から「京都市電で偲ぶ昭和の同志社」 -2-

(投稿がなぜか消えてしまいましたので復元して再掲載しました。ただし、コメントは復元していませんので、ご了解お願いいたします。)

烏丸今出川をめぐる

烏丸今出川交差点の四隅からは、さすがに多くの写真が撮られている。さまざまな角度から見ていこう。(黒字は展示キャプション、青字は補足)

EVE 小西001131sy【3】雪の烏丸今出川を曲がる臨系統の500形。右側に見える小さな瓦屋根の建物は、もと交番。大学紛争時代には何度も焼き討ちにあった。現在の地下鉄への出入り口に当たる。(昭和44年 撮影/小西啓文)

131130_033sy最古参の500形が両方向の交通を遮断して、ゆっくり左折するのは、“古豪のお通り”と言う感じで堂々としていた。カラーは、烏丸今出川南東角から見た現況で、交差点を囲んでいた大学の土塀も、新しいものになっている。交番の跡に、地下鉄への出入り口が造られた。

続きを読む

北近畿タンゴ鉄道応援 あかまつ・あおまつに乗りに行こう

DRFC-OB(クローバー会)の会員の皆様へのお知らせ

11月10日のカミングデイで開催されました会合におきましてご紹介案内させていただきました来年の平成26年春に開催させていただきます懇親会旅行「北近畿タンゴ鉄道応援 あかまつ・あおまつに乗りに行こう」の日程を5月10日(土)と11日(日に決定しましたので、ここにお知らせと、ご出席できなかった会員各位に改めてご案内をさせていただきます。

下記の案内では年内受付中と掲載しておりますが、引き続き受付を行っていますので、ご検討ください。

<4D6963726F736F667420576F7264202D20966B8BDF8B45835E8393835393539※ 上の案内文はVer4です。拡大できます。クリックしてください。また任意に案内文のみの印刷もできます。その際は、一旦デスクトップに保存してから印刷にかけてください。

【追記】 記載しております信楽高原鉄道につきましては、大津の86さんのご投稿にありますとおり国からの援助が取り付けられることが決まり、復旧再開の見通しがついたと思われます。
北近畿タンゴ鉄道は上下分離方式により、民間運行会社の募集が現在行われています。

行程につきましては、早朝の京都出発となりますので間に合わない方は、豊岡または途中の駅からのご乗車になってもOKです。また帰路も福知山にて現地解散としておりますが、途中での離脱もOKです。参加者各位のご都合に合わせてください。

申込み受付は、年内までとさせていただいておりますが、その後にご都合がついた方はご遠慮なくご連絡ください。但しあおまつ号の車両指定席は35名までです。定員オーバーしました際は、もう1両が連結されていますので、こちらに着席ください。

会員各位の他でご家族、ご親戚、ご友人を同行希望される方はお問い合わせください。
このご案内は、会員のメール登録者には後日に配信させていただきます。
詳細内容につきましての進展があった際には、デジ青また参加者にメール配信をさせていただきます。
ご参加申込み、お問い合わせにつきましては、実施担当の小西までご連絡下さい。会員の皆様方の奮ってのご参加を役員一同、お待ち申し上げております。

2013年 続 秋の北陸路一人旅 Part6 福井鉄道、北府駅鉄道博物館

第6日目 11月4日

昨夜はゆったりと、えちぜん鉄道あわら湯のまち駅からすぐ近くのセントピアあわらで温泉に入ってから道の駅さかいを宿泊地にしました。2回目の秋の北陸路の旅も最後の宿泊地でもくつろげましたが、早朝の豪雨と強風に起こされました。雨は止むことなく8時過ぎまで続きます。これでは朝の市内軌道線での撮影は無理と、ぶんしゅう7号で朝のTVを見ながら朝食をゆっくりと、とりました。
ようやく雨が止み市内に着いたのは9時になっていました。これでは旧型車両は撮れません。
01▲ 9:06 市役所前の併用軌道の並木は綺麗な紅葉になっていました。大都市と比べればマイカー世界とは言え、渋滞のない福井中心部です。軌道線を邪魔する車は殆どありません。

02▲ 9:15 真っ赤なラッピング電車が来ました。私の勤務時代の会社はこういった交通広告を主流にしていましたので分かりますが、年間広告料金は数100万円です。収入の少ないローカル鉄道にあっては貴重な収入源です。

続きを読む

信楽高原鉄道復旧へ

先日、信楽高原鉄道の復旧が難航していて、廃止されそうだとお伝えしましたが、今朝の新聞に嬉しいニュースが出ていました。調査の結果、復旧費が算出され、甲賀市の負担の大半が国の鉄道災害復旧事業費補助制度の対象となる見込みになったため、早ければ来年度内に全面復旧の可能性があるということです。信楽高原鉄道側では運休中にも少しでも費用を捻出しようと、記念乗車券の発売などを行なっていましたが、その努力が実りそうです。img297

 

img298

 

モニ13027

「昭和の電車」シリーズは、京阪、近鉄、東武の「ガラクタ編成」が続き、南海モニ1045、国鉄モニ13027と荷電が続いている。

国電に興味をお持ちの方は、今回の解説文を読んで「?」と思われたに違いない。
関さんや新聞社には既に訂正依頼が届いているかも知れないが、誤り部分を中心に解説したい。
最後の段落「この後、鋼体化改造されて他の仲間と同じ平凡なロクサンスタイルの荷電となり」とあるが、ここまではその通りである。(細かいことにこだわる方から見れば、この車は乗務員扉の上までヘッダーがあったので他の車とは違いまっせ、と言われるかも知れないが、そこまで言う必要はない)

その次からが間違いの部分で「阪和線に転じたのも束の間、再度改造されて中間部が切り開かれ無蓋化され、凹形の転用車となり中部圏に転じていった。」とあるが、これはイラストの「モニ13027」ではなく全く別の「モニ13027」のことである。

国電ファン以外の方は「何のこっちゃ」と思われるだろが、「モニ13027」は初代と2代目が存在し、関さんはこの部分を混同されておられる。

具体的に解説すると、初代モニ13027(関 三平さんのイラスト)は大正15年日本車輌製のモハ10110が昭和16年3月吹田工場で荷電に改造されて宮原区に配置。27年7月鋼体化改造でモニ53023に改番。28年6月の改番でモニ13023となり53年6月に廃車になった。ずっと本線筋で使用され阪和線に転属したことや他形式に改造された事実はない。
車号の変遷は次の通りである。
デハ63208→モハ10110→モニ13027→モニ53027→モニ13023→クモニ13023

2代目モニ13027は、大正12年汽車会社製のモハ10153が28年1月日本車輌で鋼体化改造され品川区に配置。2月に鳳区に転属して阪和線で使用。36年6月豊橋区に転属。同年10月豊川分工場で配給車クモル23050に改造され60年2月に廃車になった。
車号の変遷は次の通りである。
デハ63253→モハ10153→モニ13027(2代目)→クモニ13027→クモル23050

 初代モニ13027→モニ53023→クモニ13023/ (38-11-23) 大阪
この車とクモニ13022は吹田工場で鋼体化改造され、乗務員扉の上までヘッダーがあるのが特徴である。
クモニ13023 38-11-23
続きを読む