半世紀前の淡路交通(4)

1965年4月28日~29日にDRFC恒例の新入会員歓迎旅行が四国・淡路方面で開催された。入会して始めての行事参加であり、緊張しながら京都21時35分発645レ宇野行き夜行に乗った。当時は国鉄大型蒸機に夢中になっており、何でC58と気動車王国の四国や田舎電車の淡路に行くのか多少不満であった。しかし、今になってみるとよくここを選んでくれたと感謝したい。前回の淡路交通(3)でカラー写真を掲載されている大阪通信員さんと同じ写真があるので、おそらく通信員さんが選び、新入会員を引っ張っていってくれたものと思う。宇野から宇高連絡船で高松に渡り、高松5時25分発125レで阿波池田に向った。DRFCは日頃から行いのいい人ばかりで終日雨。池田の駅前大衆食堂で朝食後、8時47分発324レで徳島に向う。徳島で8620を撮ったりしているが、それから先は鳴門に出て船で福良に着いたはずだが、記憶が無い。淡路交通ではFさんが列車交換する毎に対向する車両を撮っていたが、雨の中を周囲を気にせず「窓を開けてくれ」と言うのを軽蔑の眼差しで見ていたことを覚えている。宇山車庫では数枚撮影したのみであるが、一部掲載させていただく。宇山の後も21時頃に神戸に着いたがその間全く記憶にない。その後、島の電車は再訪してでも記録しておけばと悔やんでいるが、あれもこれもできないのでせめて見た、撮ったでもいいとしよう。

1965.4.29 宇山 台車に群がるDRFC参加メンバー

今は第一線から引退されている方もおられるが、今尚毎回飲み会に顔を出される方も見える。

 

1965.4.29 宇山 2007

ご説明によるとキハニ6→モハニ2007(1948.9)ということですか。台車が電車タイプではないので元キハニは何となくわかりますが。

 

1965.4.29 宇山 元阪神609+610

乙訓の老人さんが2度撮られた阪神電車。同じ車両を譲渡先等他の場所で再び撮るのは感激ものですね。ところでこの車両が阪神で活躍していた頃のダイナマイト打線は別当、藤村、土井垣で真っ黒なユニホームを着た時代もあったと思います。古い話で恐縮です。

6 thoughts on “半世紀前の淡路交通(4)

  1. 準特急さん、老人のご要望にお応え下さりありがとうございました。老人は奥野師匠から島の電車の概要を教えられておりました。中でも興味を持ったのは、①気動車時代の駆動装置を生かした電車化、②南海のタマゴがまだ残っているか、③阪神の609と610は動いているのかの3点でした。①の構造について質問した筈でしたが、今や忘却の彼方です。②正面5窓電車の中でも、南海は早い時期に鋼体化名義車となり、ズームカー試験車を堺東車庫で見たぐらいで覚えがありません。淡路島へ行ったら残っているかも……、となりました。結果はギャフンでした。南海は鉄道線規格で幅が軌道規格線より広く安定感がありました。建具上部の丸みは優美なものでした。アメリカ・インタァーバンの影響だとする人が多いですが、老人が購入した米書ではタマゴ5窓は記憶にありません。関西独自のものと思います。③またも1ケ所訂正、伝法大橋での撮影は1959(昭和34)年10月24日でした。そして脱字、-祈念した筈であった-です。南海のタマゴ5窓は1959年9月の東北旅行でも「三山線」で見ていますが、不細工な姿に情けない思いがしました。1003のキャプションがモハとなっていますが、正確にはモハニのようです。車内は荷物室の間仕切りなどなかったように思います。三山線も同様で、定員90(60)となっていましたが、60人座るには幼稚園児詰め込みが必要と思っています。

  2. 乙訓の老人様
    本年も宜しくお願い申し上げます。
    さて、南海のタマゴ正面5枚窓ダブルルーフ車両は北丹鉄道福知山で記録したような記憶があります。DRFCには北丹に異常に興味を持った人間がおりましたし、後輩たちが北丹廃止に際し、お別れ会か何かイベントを開催したように記憶しております。総本家さんも関与されたのではないでしょうか。阪急の5枚窓51形は610形が出来る頃まで宝塚線に居たはずですが見たことがありません。
    正面5枚窓の電車はこの他近鉄モ200、モ5600 京阪300、阪神800、名鉄モ1000、モ450、関東では東武モハ1100や京浜、京成にもいたような気がします。まだまだ他にいたのでしょう。老人様をはじめこのあたりにお詳しい方が多数おられると思います。是非まとめていただくと幸いです。

  3. 準特急さん、お早うさん。タマゴ電車についてはエリエイ・レィル56,57号で詳しく紹介されております。須磨の爺や、乙訓の老人も加担させられました。今日か明日、クロネコ便で廉価料金を見つけ送ります。
    乙訓の老人は1/26よりしばらく配管サイセイ工事のため、元祖特派員宅の裏庭に準備された離れに隔離されます。サイセイ中の連絡方法は、口頭に寄るものは元祖特派員氏、PCによる場合はthurukame氏でお願いします。なお「ウナ電」はお断りとなります。工事は臍下ではなく、天国に近いところです。

  4. 先にサイセイ工事中、隔離される離れは元祖特派員の裏庭としたのは間違いで、総本家青信号特派員宅の裏庭が本当です。従って、口頭による連絡方法(怒鳴る)も総本家さんにお願いします。ところで「元祖」を名乗る特派員さんのお住まいはどちらでしたでしょうか? 相変わらずスカタンが多いですが、こうした現象を少なくするための配管再生工事です。JR東も見習っては如何!

  5. 乙訓の老人様
    不勉強で申し訳ありません。貴重な蔵書をわざわざ送っていただく必要はありません。エリエイさんに出向くなり、書店で注文するなりして手に入れます。それより、配管サイセイ工事のご成功をお祈り申し上げます。小生もP6やクモハ54に乗りたくて当時の乙訓郡長岡町神足に2年くらい住んでおりました。数年前に総本家青信号特派員さんのご自宅に伺ったことがありますが、裏庭に何かありましたっけ。

  6. 準特急さん、矢は放たれました。黒猫が加えて走っております。京阪夜行バスと違って一夜で八王子に到着と参らぬようで、26日到着よていです。これも腐るものでなし、冷凍指定をしなかったからです。悪しからず。

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