昭和の電車 改訂版(119)ー奈良電デハボ1100系・近鉄モ600系ー

これも初回掲載時には反応はなかった。

11 thoughts on “昭和の電車 改訂版(119)ー奈良電デハボ1100系・近鉄モ600系ー

  1. 近鉄とはいえ、旧型車となると知識も資料もありません。特に京都線は遠い存在でした。そんな中、1969年頃新田辺付近で撮った写真が見つかりました、モ600の張り上げ車+サ300+サ550+モ600(627)の京都行き急行の後追いです。小型車4両で急行が勤まっていたとは隔世の感がします。

  2. wakuhiroさん、
    私も奈良電と言えばデハボ1000しか覚えていません。
    この1100というのは1000とは別なのでしょうか?
    奈良電に詳しい人、教えてください。
    これは1100?1000?
    ※左の建物は「京都拘置所」

  3. この両系列車については、藤本様が詳しいレポート(2014年2月10日付)を発表されていますね。

    奈良電デハボ1100型は同系のクハボ700型と3両ずつ製造されました(のち1100型1両が電装解除)が、両者がコンビ編成を組んだことは奈良電時代も近鉄になってからも少なくて、1100型は他のクハボ(600型、650型)と組むことが多く、一方700型はデハボ1000型に連結されていることが多かったようです。

    関先生の画へのツッコミとしては、両者が塗り分けで並んだことがあったか?でしょう。近鉄600系が塗り分けの頃は、奈良電はまだグリーン一色だったのではないかと思われますが、何せ私の生まれる何年も前のことですので・・・。

    • ほへほへ様のコメントのとおり、これは京阪の元ロマンスカーだった700型です。
      ちなみに関先生の画では、「昭和の電車 改訂版(57)」で、この写真のように、単行で奈良電乗り入れ運用に入った700型が紹介されていますね。

  4. 車体の塗色を調べる時、私は某大手旅行会社の「発掘カラー写真」シリーズを当てにするのですが、さすがに昭和20年代ともなるとカラーは見つけられません。ピクの「私鉄車両めぐり」でも、明確な色が分かりません。ですが、分からないまま済ませるわけにはまいりません。白黒写真からの推定を含め、私なりの答えを出してみました。
    近鉄の600系(モ608~モ627)は製造当初クリームとグリーンの塗り分けでしたが、昭和27年にグリーン一色となりました。
    奈良電デハボ1100は昭和23年登場時には、グリーンの一色塗装でした。ピク569号で高山禮蔵氏が、昭和30年1月号に掲載された亀井一男氏の記事から「塗色は上半オレンジ、下半がグリーンであるが以前はグリーン一色であった」の一文を引用されております。写真では昭和26年2月に羽村宏様撮影のデハボ1102が、一色塗装ですのでグリーンと思われます。オレンジ/グリーンの色はともかく、高橋弘氏が昭和29年1月に撮影されたデハボ1103が、関先生の画と同じ塗りわけです。
    一方で、昭和29年7月製造のデハボ1200形(1201・1202)が、クリーム/ライトグリーンの塗色で登場し、他車も「湘南電車色から塗り替えられる」とした文節もピクにありました。写真では昭和30年5月のデハボ1000形を確認してます。オレンジ/グリーンと湘南電車色は同じですが、関先生の画は黄色です。実際のところはどんな色だったのでしょう。赤みがかった黄色、山吹色だったのでしょうか。
    クリーム/ライトグリーンの時代は近鉄合併前まで続き、昭和37年11月撮影とされるデハボ1102を確認してます。昭和38年合併直前にはグリーン一色に戻され、一部はマルーン一色との記述もありますが、写真での確認は出来ておりません。10月の合併以降は近鉄標準色のマルーン一色塗装になりましたが、近鉄のマルーンは阪急のマルーンとは幾分色合いが異なり、個人の意見ですが「あずき色」と呼んでおります。
    関先生の塗り分けは近鉄600系が昭和27年まで、奈良電デハボ1100系は昭和29年頃というわけで、両者が顔を並べた可能性は微妙ですねえ。ですが、絵画は実際にはあり得ない場面を描くことができる素晴らしい力があります。実際には顔を合わせたことのない車両や、こんなシーンが実現できれば楽しいだろうなというファンの夢をかなえることも可能です。私は関先生の画を拝見して、色々と想像(妄想?)を広げて楽しませていただいております。

    • 紫の1863様
      色の問題は関先生に聞いたことがあります。
      色鉛筆を中心に使っているので忠実に再現とは行かないとのことでした。さらに印刷時に微妙に変化するので、こんな感じだった、と言うことで勘弁して、と仰っていました。
      また、時代的検証は、紫の1863さんが言われているとおり「こんな事があればいいのに」とか「こんなだったかも知れない」という想像の世界で楽しんでほしいとも仰っていました。

    • 紫の1863 様

      そうですね。画には写真では表わせない(最近ではデジタルツールによる編集も可能でしょうが)、想像の世界が描けるのがメリットのひとつでしょう。また色調については、マンセル記号等による記録が残されていない限り、原色に忠実な再現は不可能でしょうし、例えば同じグリーンであっても各社、各時代によって微妙に違うのは皆さんもよくご承知のことと思います。

      ところで、前回のコメントで、奈良電の1100型と700型が連結されたことが少ない旨書きました。私の推測にすぎませんが、この両者は奈良電の中では車長が短かったからかもしれません。限られた両数の中で輸送量をできるだけ平均化するための方策だったのでしょうか。近鉄合併後、1969(昭和44)年に昇圧改造を受けてからはこのコンビが連結された編成が実現しましたが、用途は支線である生駒線、田原本線用でした。その写真がありましたのでお送りします。1976(昭和51)年2月12日、橿原線尼ヶ辻~西ノ京間にて、田原本線へ回送中のモ404(←近鉄モ672←奈良電デハボ1103)+ク304(←近鉄ク574←奈良電クハボ704←同デハボ1101)です。

    • 紫の1863様

      肝心のお礼を申し上げるのを忘れ、失礼いたしました。過去の資料等を調べられて奈良電車両が塗り分けになった時期を推測していただき、ありがとうございます。私もいろいろな雑誌の写真を探してみましたが、その中で最も古い時期は1952(昭和27)年のようです。「レイル No.73」(京阪ロマンスカー史 上巻)の26、27ページには、杵屋栄二氏撮影による京阪特急1000系3連と奈良電デハボ1012号との離合シーンの写真があり、説明文には「昭和37/1962年8月18日」とありますが、これは恐らく「昭和27/1952年」の誤植と思われます。(京阪1000型の水切りがドア上のみですし、1962年には1000系は特急運用からはとっくに離脱していたはずですので。)ただ24両あったデハボ1000型に対し、3両だけのデハボ1100型が塗り分けになったのがいつ頃かを特定するには、私も手元の資料だけではできませんでした。当時の「湘南色」と言われる奈良電の塗装は、幕板部もグリーンなのがその後の塗り分けとは異なっていますね。

      奈良電車両が近鉄合併前にグリーン一色になった際、一部の車両がマルーンに銀線入りになったのは、当時入線し始めた近鉄の最新鋭車820系に合わせ、特急運用に就くデハボ1200型、1350型、クハボ602、603等が塗り替えられたようで、モノクロながら「関西の鉄道 No.41」等にそれらの写真が載っています。合併後有料特急用に改装されるまでの僅かな期間でした。このマルーンは現在の「近鉄マルーン」よりはやや黒っぽかったと記憶しております。(のち伊賀鉄道860系の一部で一時復刻されたことがあります。)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください