やっぱり蒸機が好き! 《区名板》で巡る北海道の蒸機 ③

D61 京都に現る

それはちょうど50年前、昭和46年11月のことでした。どこからともなく「梅小路にようけ蒸機が集まっとる」のウワサが流れてきました。BOXでも、その話で持ちきりとなり、ある日の午前、BOXにいたメンバーで実際に見に行くことになったのです。約10人で梅小路機関区のラウンドハウスへ行ってみると、な、なんと北海道のC622、C551、D52140、9633、九州のC612、D50140、D6031と、彼の地で夢中になって写していた蒸機がそろっているではありませんか。そのなかに、昨年に留萌で見たはずのD612も含まれて、横にはあのC622と並んでいるのです。なにか夢を見ているような瞬間でした。

突如、梅小路機関区に現れたD61 2、左に「梅小路」のネオンの一部も見える、ここは間違いなく京都、まだ蒸気機関車館が開業する前で、現業部門の機関区に、北海道、九州から人気の蒸機が集まって来たのか、この時はよく理解できなかったが、あとで理由を聞いて氷解した。(昭和46年11月)

国鉄の蒸機の保存基地として、それまで内定していた栃木県の小山機関区の計画が覆って、梅小路機関区に変更されたのが、少し前のこと、しかし開館は翌年の国鉄百年の鉄道記念日であり、それにしては早すぎる。実は、国鉄が鉄道百周年に合わせて、記念映画を制作することになり、そのオープニングシーンとしてい、梅小路のラウンドハウスに全国から集めて17両の蒸機のアタマを並べて撮影しようと言うものだった。まだ現役の蒸機もあって、撮影後は各地に返却され、全機が揃ったのは、僅かな期間だった。梅小路蒸気機関車館の開業後の保存蒸機と同一の蒸機もあるが、一部は、形式、番号が違っている。

梅小路機関区の扇形線に並んだ、手前から、D61 2〔留〕、C62 2〔築〕、48635〔梅〕、当時は“SLブーム”の頂点、国鉄は極秘に作業を進め、マスコミへのリリースも全く無く、梅区集結のニュースは、山陰線の車内から目撃した地元の利用者から流された程度だった。それでも東京からは、新宿駅で貨物に牽かれて行くC622を見たとか、さまざまな目撃談が寄せられ、次第にウワサが広がり、われわれがが写した数日後には機関区は立ち入り禁止になってしまった。

D612は、デブ切り詰め、二つ目、ツララ切りと、北海道そのものだったが、全体にキレイになっている。梅小路機関区の職員が、一生懸命、磨き上げているシーンが印象的だった。

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