『HOKKAIDO LOVE! 6日間周遊パス』の旅 Part5  函館から初めての登別へ 2の1

第4日目 6月25日 その1

今朝も5時前に目覚めましたので直ぐに朝風呂です。露天風呂はありませんが温泉です。広い浴場で快適な朝を迎えました。ただ空を見上げると雨は止んではいますが青空は広がってはいません。TVの天気予報では今日は青空が見えて晴天になると言っていますので期待はあります。
朝食は7時からですので朝の散歩を兼ねて函館市電を撮りに出かけることにしました。
▲ 6:10 湯の川温泉に着いた駒場車庫から出庫した一番電車、車内に乗客は見られず、電停での乗降客は誰もおられません。

▲ 6:15 湯の川で折り返した函館どっく前行きの一番電車3002号です。

▲ 6:27 2番電車は谷地頭行きの8002号です。

▲ 6:34 続いては函館どっく前行きの3001号です。
今日は土曜日で朝のラッシュ対応のダイヤではなく運行本数も少ないようですのでこれで切り上げて宿へ戻りました。

▲ 7:02 朝食会場は昨夕と同じ食堂です。部屋ごとにテーブルが割り当てられていていて牛乳・サラダ、デザートをのせたお盆がおかれていました。おかず総菜は別途にバイキングになっていて各自自由に選びます。
▲ 席に座ると函館らしくイカの刺身が追加されました。ごはんとみそ汁はお代わり自由と中居さんは元気な声で説明されています。私はこれで十二分です。

▲ 8:10 食後、函館どっく前行きの3001号に乗車して函館駅に向かいます。

土曜日の朝とあって車内はご覧の通りがら透きです。


▲ 8:44 山には朝靄がかかっていますが、日差しが差し込むようになってきた函館駅前に到着です。

① 函館 9:00(北斗5号)⇒11:20 東室蘭 11:25⇒11:38 室蘭

▲ 今日は登別へと向かいますが、函館は始発駅ですので指定券は発券してもらわず乗り込みましたが、50%程度の乗車率です。乗ってから大きく変貌をしていると聞きます室蘭を見てみたいと途中下車して向かうことにしました。
▲ 札幌駅構内ですが1969年(昭和44年)当時は青函連絡船への入線積み込みもあってか広いヤードには数多くの線路が敷設されていました。現在、操作場が廃止されてからは撤去されて空き地が広がっています。

▲ 発車してから約30分で車窓が新緑のスクリーンになりました。駒ケ岳を見上げながら走行する辺りはかつて有名な撮影地でしたが最近は撮影した写真を見ません。もう自然が育ち見ることが出来なくなってしまったのでしょうか。
▲ 9:35 赤井川で先行する函館始発長万部行きの821D、キハ40 1705単行を追い抜きます。この区間を走行する普通列車は片道5本しかありません。かつても列車本数は6本でしたが旭川・網走等まで直通する長距離普通列車が多く車両編成も5両から12両と長編成で輸送力には大きな開きがありました。
▲ 9:38 やがて右側車窓には駒ケ岳は見えだします。

▲ 9:47 駒ヶ岳と噴火湾を望む風光明媚な駅としても知られています森に到着です。初めて北海道に来た時に先輩に連れられて森に着くと列車の後方から身体の前にたくさんの『いかめし』を入れた箱を背負ってホーム立ち売りのおじさんが小走りに来られるのが見えました。ここで初めて阿部商店のいかめしを食しましたが、出来たばかりの温かいその美味しさに感動しました。その後開催された全国有名駅弁大会からは不動のナンバーワン人気を誇っています。誰もが絶品と認めたのですね。

このいかめしが作られたきっかけとなったのは、1941年(昭和16年)戦時中の米不足の時です。少ないご飯で美味しく食べる方法を考えていたところ、製造元の阿部商店が、それまで水揚げ量の多いわりに利用価値がなかった小型のスルメイカを使って、いかの胴体にご飯を詰めたことが始まりとされています。味付けや製法も発売当時のままほとんど変わっていないのだそうです。

▲ 当時の森駅ホームです。D51 744号機けん引の長距離の普通列車です。

ホーム立ち売りが駅弁を入れて運んでいた箱ですがNET記事によりますと、昔は「立売人携帯容器」と言ったそうです。「停車場構内物品販売営業人従業心得」で箱の仕様も決まっていました。 外寸で幅が二尺二寸(約67cm)、奥行が一尺二寸(約36cm)、深さが前側で四寸(約12cm)、後側で五寸(約15cm)。 外側は黒漆塗、内側は春慶塗、金具は真鍮、懸紐は太い木綿真田織、 両側面に駅名と屋号を漆朱書、といった定めがあったそうです。
以前に車で行った時には売店で保温器に入れられて売っていました。夏のシーズン7月下旬から8月下旬に、駅のホームでのいかめしの立ち売り販売が行われるそうです。行って買ってみたいですね。

▲ 昭和44年に南下して帰路途中、列車が大幅に遅延していました。そのために石倉駅で下りのC62牽引の列車との交換がありました。燕マークのあるC62 2号機との貴重なショットになりました。
▲ 落部ではD52 468号機牽引の貨物列車と交換です。函館・千歳線の貨物は殆どがD52牽引でした。
▲  長万部を出るとすぐに静狩の大カーブが待っています。総本家さんに連れて行ってもらってD52牽引長編成の貨物列車を撮りました。

▲ 険しい山が海岸に迫る形となっており、複線トンネルが貫通するまでは絶景の撮影地だった旧線の礼文です。岸壁に打ち付ける波が素晴らしく線路が見えるように撮るために大きな岩山に登りましたが垂直に近い岩山で、降りるときにはどこに足を持っていったら良いかの足元が見えません。どうしたらよいものかと困っていましたらたまたま近くにおられたおじさんが下まで来ていただき誘導によって無事に降りられた次第です。
登る時は撮影ポイントを探すのに夢中でしたので戻りを考えていなく無鉄砲でした。あのおじさんがいなかったらどうなったのかと、一緒に登ったT田さんと猛反省しました。

▲ 11:20 東室蘭に到着です。室蘭へはここで乗り換えてスイッチバックです。側線には初めて見るかもしれないオハ50形客車をDC化したキハ143系2両編成が側線に留置されていました。これに乗りたかったですね。

▲ ホームに付いたH100-39+H100-38の2連、これが乗車する列車のようです。約55年ぶりの室蘭です。どんなふうに変わってきたのかワクワク気分で跨線橋に上がって向かいのホームに向かいました。   Part 6 へ続く

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