エリトリア2011年 未開の大地への鉄道の旅 Part18  希望へのエリトリア鉄道の今は その9

第8日目 10月1

① アスマラ6:20(列車)→7:00 Shegereni8:00(列車)→10:33アスマラ
② アスマラ着後。機関区見学、アスマラ11:40(Bus)→13:00ギンダ
ギンダ(列車)→
マイ・アタル→17:20ギンダ(Bus)→アスマラ

今日は、エリトリア鉄道撮影前半ツアー最終日です。深夜にミュンヘンに戻ります。
朝は、いつものように夜明け前の出発でした。
アスマラ駅からツアー特別列車に乗車しました。今日の編成は、440式マレー機008号機+客車Ⅲクラス04号車+有蓋車+無蓋車の短編成です。
日の出を見ながら約40分をかけて、次の交換できる
Shegereniまでの海抜差約180mを逆行で下りました。この駅は、アスマラ到着第1日目に訪れましたループ線の途中にあります。
直通ブレーキがないため、客車側ではベテランの親父さんが手ブレーキを巧みに回して減速調整を行っていました。


▲ 駅に着くと、周囲の住居から子供たちが集まってきました。”ひしゃく”のような道具で、サボテンに実った実を刈り取りに行く少女もいます。ロバに荷物を積んで行くのも子供たちの役目でした。
列車はここで折り返しますので、機回しが行なわれました。

▲ 今日の
フォトランは、ここからアスマラ駅までの30‰区間で始まりました。
エリトリア鉄道では、本来の輸送を停止していますが、もっと古代からのラクダによる輸送は、未だ現役として行われいました。撮影場所では、何度もラクダやロバに荷物を積んだ輸送隊に会いました。



▲ アスマラに向けて急坂を登って行きます。撮るより車窓を見ていたほうが楽しめました。

アスマラ駅到着後は、構内撮影の自由時間がありましたので、内燃車庫を覗きに行きました。中の様子は、第1日目のレポートで紹介済みですのでご覧ください。

▲ 一旦ホテルに戻りましたら、結婚式があるようで、民族衣装に着飾った出席者の方々がおられました。世界で最も貧しい国の1つなのに豪華な結婚式のようです。きっと一部の上層部か権力者の親族なのでしょうね。

午後は、昨日の列車の最終ギンダ駅にバスで向かいました。今日から我々のSLフォトランツアーとは違って、内燃車のフォトランツアーが合流しました。古いDLやDCを実際に走行さすそうです。これも中々面白そうです。両方とも参加したかったですね。
13:00、ギンダ駅では、昨日に乗車した列車が待っていました。昨日の続きで、エリトリア鉄道のハイライト山岳区間を走行と思っていましたら、逆行でマッサワ方向に戻っていきます。




結局マイ・アタル駅まで逆送を続け、給水の後にギンダ駅に向けて走行しました。昨日同様の区間走行では暑さもあって、今一感は否めずでしたが、次回の楽しみとしました。

エリトリア鉄道は、独立戦争で破壊された鉄道を諸外国からの援助を借りず、かつて従事した鉄道員が団結して独力で、線路の復旧工事、また古い車両を整備して走行にたどり着けました。既にマッサワ~アスマラ間の輸送はODAで建設舗装された道路に移り観光鉄道となっていますが、これからも長く運行されることを祈って今回最後の撮影としました。

我々夫婦とN氏は前半のみのツアーで帰国しましたが、残られたO氏ご夫妻は、この後の6日間を撮影に励まれました。O氏ご夫妻からの写真とビデオを見せていただきますと、ギンダ~アスマラ 間の山岳路線の走行は、マレー機重連やループ区間での続行運転があったりで、アフリカのダージニアンと言われるとおり迫力十分でした。
今回は家内の都合もあり、前半のみの参加でしたが、来年は是非に後半ツアーに挑戦したいと思っております。

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