最後の飯山線狂化合宿とC56111

準特急先輩と、どですかでん先輩の飯山線狂化合宿の投稿を拝見して、私も飯山線狂化合宿の記憶をたどってみました。私が行ったのは昭和47年2月18日~21日やはり鹿渡館に宿泊しました。この年は雪が少なく、初日に替佐で撮影した時には日陰に残雪があるくらいで、上滝、横倉と進むほどに雪は多くなってきましたが、それでも豪雪地帯と聞いていたのとは程遠い風景でした。img480k

↑1972.2.20替佐にて

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↑1972.2.20横倉にて

鹿渡館には例の同志社大学鉄道同好会指定旅館の看板がかかっており、当時一回生だった私は、改めて同志社大学鉄道同好会の威光にひれ伏した次第です。宿泊費は1500円、この日の夕食には鯉の生き作りが出たと、青信号28号には書いてありました。食事後、夜には雨が降ったそうですが、それが夜中に雪に変り翌朝はラッセル車が走って雪国らしい風景となりました。翌日は上桑名川に移動、ここでC56111号を撮影することが出来ました。img478k

↑1972.2.21上桑名川にてC56111号

この当時、デフの上にはツララよけの金網がつけられていましたが、準特急先輩の撮られた雲雀ヶ丘学園の保存機は不要なものも取り払われ、美しい姿を保っているのには感激です。
ところで雪合戦はこの時もやったように記憶していますが、参加者が、総本家青信号特派員先輩を筆頭に9名だけだったようで、準特急先輩の時代のような1,2回生対3,4回生というような本格的なものではありませんでした。尚、この時を最後に飯山線合宿はなくなりました。鹿渡館にはもう一度行ってみたいと思っています。

3 thoughts on “最後の飯山線狂化合宿とC56111

  1. 大津の86様
    C56111の現役写真有難うございます。
    それでは大津の86様&どですかでん様あたりで久し振りの冬季狂化合宿を企画してください。新旧OB会々長さんは喜んで参加されると思いますよ。鹿渡館は10年前には昔と変わらず営業されていましたので多分大丈夫と思います。

    • 準特急様
      コメントありがとうございました。狂化合宿いいですね。計画させて頂きます。やはり豪雪の2月頃でしょうか。
      鹿渡館はネットで見るとまだちゃんと営業していました。1泊2食で6500~10000円と書いてあり、玄関の写真は昔のままでした。但し玄関の左側には当時3枚の○○様指定旅館と書かれた看板がありましたが、現在の写真には文字は読めませんが2枚に減っており、同志社大学鉄道同好会指定旅館の看板は取り外されたようです。

  2. 皆々様へ
    「同志社大学鉄道同好会指定」の看板ですが、当方の密偵からの報告によりますと今でも玄関に掲げられていることが判明しました。ネット上のブログで今年の5月投稿の中の鹿渡館正面玄関の写真にはっきりと写っていました。また、昨年(2013年)の4月30日から5月5日の「日本縦断『川の道』フットレース」に参加された方のブログにも鹿渡館前の記念写真に同じくはっきりと写っていました。看板は3枚あって、一番上に取り付けてあるので位置によっては下からの2枚分しか写っていない写真もあるようです。この写真を見るとすでに取り外されたと思うのも仕方ありません。準特急さんが参加された1967年の冬季狂化合宿から47年たっているのですから。「青信号26号」のカットでは一番下だったのが一番上になったようです。他の2枚も同じ看板で変わっていないようです。以上ご報告まで。

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