名鉄850系

米手作市さんご紹介2017.12.22[91442]付け名岐鉄道850系の写真である。「なまず」の愛称の元となった正面飾り帯はこの時はなくなっていたが関先生の描かれた顔をよく留めていたように思う。1988年(昭和63年)に廃車された。

1972.09.11 犬山線徳重~大山寺 柏森行き2351+851←

5 thoughts on “名鉄850系

  1. 準特急様へ質問
    先に書きましたが、この頃の電車は流線型と言えばよく似ていました。
    これもそうですが、阪急の250型、山陽の200型でしたかも同じような”リーゼント”です。この当時ですからネットののぞき見ができるでも無いのにこれだけ特徴が似るのにはなにか理由があるのでは?それとも偶然?
    それと、秘蔵のC575の走行写真をみせてください!

  2. 米手作市様
    私は電車少年でも蒸機少年でもありませんので詳しいことはよくわかりません。昭和10年から12年ごろにかけて流線形が流行しましたが、蒸機ではC5343やC55の20~40が、電機ではEF55が流線形でした。そして電車も米手様ご指摘の車両が流線形でした。ただ、私は流線形電車はそれぞれがよく似ていると思っておらずむしろそれぞれが個性的な顔立ちと思っております。例えば京阪の1000、1100型、阪急200型、山陽の200型はそれぞれ顔つきが異なると私は思います。名鉄ですら今回の名岐850型と愛電3400型はそれぞれが「なまず」「いもむし」と愛称が付いたくらいくらいですから、顔が違うと思うのです。国電のモハ52も京阪1000型とは違うと思います。これは正面の写真比較をするとわかると思います。勿論人間の感じ方ですから微妙に似た顔の車両もあると思います。気動車にも流線形があったと思いますが、これは車両会社が同じなのか他の理由があったのかよくわかりませんが連接電車の「びわこ」のような顔をどこかで見かけたような気がします。思い出すままに勝手に私見を申し上げ失礼しました。なお、形式ナンバー入りの北陸育ちC575は梅小路に所属しており当会の皆さんがいくらでも撮られたことでしょうから、遠慮させていただきます。

  3. 米手作市様
    何を持って流線形というのか私自身よくわかっておりませんが、例えばEF58や湘南窓の電車も東急の8000系や国鉄EH10や101系、103系よりは流線形に見えますが、あまりそういう風に呼ばれていない様です。新幹線は流線形の典型と思いますがこれもあまりそういう風に呼ばれていないような気がします。人の見方はその車両に対する接触度、興味によっても異なると思いますのでいろいろな感じ方があって当然と思います。本題の昭和10年~12年ごろの流線形時代の流線形と言われた電車についてはごちゃごちゃいうよりも一度発表させていただきます。

    • 流線型とは昭和10年頃の流行語で、今なら「今年の流行語大賞」だと思います。たしか女性の髪型にもあったように思います。

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