ぐるっと鹿渡  第3日目 無念 の上境、そして姨捨から松本平へ

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4 thoughts on “ぐるっと鹿渡  第3日目 無念 の上境、そして姨捨から松本平へ

  1. 懐かしい松電の駅の姿。この線に最初に行ったのが1952年夏、同志社中学2年の時だった。何故この線を選んだのか覚えはないが、ローカル電車探訪の始まりであった。この頃は地図にはまっていたので、日本アルプスを見てみたい、との一念からだったかもしれない。終点の島々は旧駅だった。ついで結婚の翌年夏、嫁さんが上高地に行きたいというのでまたもや松電に乗った。茂みの中をバスで大正池ほとりの上高地ホテルの屋根裏部屋で一夜を明かした。夕方から大雨になり、下手するとトンネルが不通になるかもしれないと知り、6時の初発で島々へ脱出した。2番バスはトンネル崩壊で1週間普通となった。その後、子供が小学生になった折に3度目、島々の駅は東に後退しており新島々となっており、大正池のルートはダム建設で工事中であった。4度目はDRFC小海線を愛する会の皆さんと白骨温泉に行く道中、新村駅に寄ってホハフをみんなで押し出し、たのか出せなかったのか、記憶が定かでないが、新島々駅が新築されていたように思う。そして4回目、冬眠から目覚めた1986年盆休み、この時は一人旅で松電に行った。この時の電車は2度目に行った時の木造車鋼体化の日車標準型と称するものが未だ走っていたのにはビックリした。それから行っていない。いつか行こうと思いながら四半世紀が過ぎてしまった。時間が出来たら18キップで名古屋→松本→長野→塩尻→辰野→豊橋→木津のコースで廻ってみたい。今年こそいろんな束縛から解放されたいと思っているのだが・・・・・・

    • 乙訓の長老様 松本電鉄に関わる懐かしい話を聞かしていただきありがとうございます。松本電鉄は今回が初めてでした。松本電鉄の近くに行ったのは、富山に単身赴任をしている時ぐらいです。富山から猪谷、神岡、そして安房トンネルを抜けて新島々の近くを通って安曇野へ日帰りドライブをしたことがあります。帰りは大糸線に沿って国道148号線を糸魚川まで走って、糸魚川から北陸道で富山というコースでした。目的は安曇野ちひろ美術館に行くことでしたが、途中の青木湖が見えるところで都合よく臨時列車の「快速レトロ大糸線」を撮ることができました。鉄道関係の本で写真を見ているとあまり興味がなかったのですが、新村の駅舎の写真を見てから行ってみたいと思っていました。すでに旧駅舎は使用されていませんが、残っていて、3月の鉄道まつりでは休憩所として開放されていたようです。新村の次の駅である三溝駅の近くには安養寺があり、ここは立派な枝垂れ桜があります。線路の近くなのでいい写真が撮れるかもしれません。開花時期は4月中旬から下旬だそうです。高速バスの弾丸ツアーでもやってみますか。ただし、平日は松本電鉄のフリー切符は使えませんので注意が必要です。

  2. 有名でない森口駅には、社会人になる直前の昭和45年3月18日に降りたことがあります。
    目的は、駅に隣接する工場の引込線の入換と架線修理車として使用されていたデワ2の撮影でした。
    暫くするとED301の牽く新島々行の貨物列車が到着しました。
    その時の模様は、こちらに投稿しています。http://drfc-ob.com/wp/archives/5607

    上高地線はその後何回乗っていますが、目的が登山のため撮影は殆どしていません。

    • 藤本さん デワの写真を拝見しました。こんな電車が走っていたのですね。ところで森口駅近くの引き込み線のあった工場は駅から島々の方に少し離れた所にあったのでしょか。ここには地図で見ると今も宮地鐵工所があります。この工場なのでしょうか。しかし、この工場もすでに閉鎖されました。

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