2015年 西方見聞録 ルーマニア鉄路の旅 Part21 Cluj-Napoca(クルージ・ナポカ)の鉄道駅とトラム

DSCN95755202_切符▲ クルージ・ナポカトラムのセルフ車内改札機です。上から切符を差し込んでから下のボタンを押して、切符に穴を開けます。旧共産国のトラムには一様に同じタイプの改札機が車内に数カ所設置されています。ところがスムーズに穴あけボタンが作動すればいいのですが、時折壊れているのがあります。困っていると近くにおられた乗客が「壊れているよ、仕方ないね」と身振りを入れて教えてくれます。
この切符ですが、全線均一の4Lei(約122円)です。初めは1回乗車券と思っていましたら2回券でした。左右に印刷されている矢印2ケ所はそのための表示でした。分かったのは2日目で既に切符を買いすぎていました。


第11日目 2月21日 その2

DSC_613801DSCN9488_100▲ 12:25 Stație Cluj Napoca 少し休憩してから明日のブダベストへの切符を買われるO氏ご夫妻に同行してクルージ・ナポカ駅Stație Cluj-Napoca)に行ってみました。
長い坂道を下がりきると駅舎が見えました。この駅舎は1869年1月7日、Cluj~Oradea 開通時に開業したと思われます。レンガ造りのどっしりとした建造物です。

DSC_614402▲ 駅前にはトラムの電停がありました。Cluj-Napocaに来て初めて見るトラムです。

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03_時刻表▲ 12:29 駅の正面玄関を入るとホールになっています。ホール内左右には切符売場や案内所が並びます。
正面左右の壁には発車時刻表が掲示されていました。
左下が鉄道案内所で、ブカレスト駅では無いと言われた時刻表を買えました。
2014.1214~2015.12.12の最新版で値段は13Lei(約403円)。
時刻改正は1年に1回のようです。

CFRのネット検索で乗車駅と下車駅を入力すればズラリとダイヤが表示されますが、途中停車駅の発着時刻は出ません。また表示されない他の区間列車も分かりません。これが分かる時刻表があると鉄ちゃんには便利です。

▲ 駅構内に掲示されていた時刻表です。右はこの駅を発車する62本の列車時刻表、深夜・早朝も夜行列車が発車しています。左はBistritaへの2本の往復列車の途中駅の発車時刻表ですが、なぜにこの列車だけが掲載されているのか?
DSC_614904▲ こちらはホールからホームに出る出口横の左右に掲示されている到着時刻表です。空港の到着ロビーにいるような感覚です。

O氏ご夫妻は無事に明日のハンガリーのブダベストまでの切符が買えたようです。私は明後日の出発ですのでまだ乗車する列車を決めていません。ルーマニア鉄道の列車はこの時期はガラガラなのはブカレスト駅で確認しています。乗車直前でも大丈夫と今日の購入はパスでした。
DSCN952234DSCN952635▲ 13:04 再び駅前電停に戻ってのウォッチングです。ご覧のように駅前はループになっていて片方向にしかトラムは走っていません。車両はチェコ製のTatraKT4型です。
正面には”038 CJ-N”とのプレートが取り付けられています。”038”は車両番号ではと思われますが、”CJ-N”とは一体何なのか分かりません。ご存知の方は教えてください。
またKT4型は前後の車両に各2軸のみの1台車です。連接台車がないので連接車とは言いません。編成の中ほどに浮き車体もないので連節車とも呼べないと思います。ではあまり使われてはいませんが関節車とでも呼んでも良いものでしょうか?ご存知の方は教えてください。

05_ekimae▲ Cluj-Napoca駅のループ線です。

01_トラムMap_100【クルージ・ナポカのトラム】
ハンガリー時代には町の名前をKolozsvár(クラウゼンブルク)と呼ばれた1889年、街の中心部と遠い鉄道駅とを結ぶために市内鉄道の建設計画が持ち上がりました。
<436C756A2D4E61706F636182CC906C8CFB82C6906C8EED94E497A62E786C7371892年に工事が開始され1893年に開業に至っていますが走行したのは蒸気トラムでした。その後延伸され7.7キロが営業運行されて、1894年には30分ヘッドで432,624人を運んだそうです。しかし、事故が多発、市内を走る馬車の馬が怖がているとの苦情が多くよせられ、1902年には廃止されてしまいました。蒸気トラムが走行したのはわずか9年間でした。一体どんな車両だったのでしょうか。

『路面電車の復活』
第2次世界大戦後のクルージ・ナポカの人口増加は、1890年と比べると11倍(1,104%)にもなり、市内交通機関の抜本的解決策として路面電車の復活開業が持り上がりました。
そして1987年に1,435㎜ゲージで13.2キロが開業し、現在3系統のトラムが運行されています。

▲ 13:11 駅前の地元ファーストフード店に入っての昼食です。私は軽くバーガーですが、O氏ご夫妻は新鮮野菜が不足していると山盛りを注文されていましたが、肉、フライドポテトとドレッシングもたっぷりです。全体のカロリーオーバーでは・・。

DSCN954642▲ 13:57 満腹なったのでトラムに乗っての街角散歩です。同じタイプばかりですので次を待ったところ最新の低床式5連節車がきましたのでこれに乗車です。

▲ 14:37 さすがTatraと違って綺麗で乗り心地も良い低床車です。終点のBulevardul Munciiまで乗車する事にしました。

終点駅には車庫がありました。バスターミナルにもなっていて乗客の多くはバスに乗りつがれます。
DSCN956147▲ 終点のループ線を回って折り返すPESA 120Na SWING。車体長30,120㎜、はば2,350㎜、高さ3,400㎜、床面高さ350㎜、座席40名、出力105kw×4=420kw、最高運転速度70km/h、ポーランドのPESA(Pojazdy Szynowe Pesa Bydgoszcz)で2009年から量産製造されています。Cluj-Napocaでは現在4編成が投入されました。

DSCN955846DSCN956548▲ TatraKT4型は斜めから見てもこれでよく重心が保たれるものだと感心します。こういった車体は日本にはないですね。
車体長18,100mm、幅2,200mm、高3,100mm、座席26人、出力40kw×4=160kw、最高速度65km/h、ČKD (Českomoravská-Kolben-Daněk) Prahaにて1974年~1907年に2,600両余りが製造されて共産国家へと送られています。但しCluj-Napocaへは直接新車で送られたという記載がありませんのでどこかで使用されていた中古車と思われます。

DSCN956749▲ この時は買った切符が2回分とは知らず切符売場を探しました。売店の右窓口がそうでした。

▲ 15:17 帰りはKT4型に乗車して町の中心部へと向かいます。

DSCN957956▲ 15:31 降りた旧市街の”G.Baritiu”電停からのツーショットです。中世時代の建造物が並んでいます。

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▲ 天気が良いので旧市街地を散歩です。上は15世紀に建てられた聖ミハイ教会です。こういった古い建造物に興味がありましたら最高なんでしょうが、鉄ちゃんは前にトラムでも走っていないと嬉しくはありません。

カフェでコーヒーとビールを飲んでから夕暮れが迫った街中歩きを続けます。

DSCN961864▲ ルーマニアの街角には必ず花屋がありました。花が好きな国民性です。

DSCN962166▲ 花屋と同じく教会も街のいたる所にあります。宗教心の強いのも国民性です。

▲ 今夜の夕食は久しぶりに日本食、それもうどんかそば、お茶漬けも良いかなと意見が一致しましてCluj-Napocaに1軒ある日本料理「東京」を探して行きました。入るなり高級感が漂っています。O氏からここはいつものような庶民食堂とは違って結構高くつくだろうなと申されましたが、ご注文されたのは85Lei(約2,650円)もする寿司定食です。

DSCN963771DSCN963872▲ 私とO氏の奥さんは当初からの希望通り「天ぷらそば」を注文しました。見た目は分からないでしょうが、この麺は今まで食べた事のない食感です。どちらかと言うと朝鮮料理の冷麺と似ていてゴムを噛んだような歯ごたえがあります。日本各地で食べたそばとは全く違っています。おそらく”でん粉”を混ぜているのではと思われます。食べられない事はありませんが、期待した食感とつゆ出汁ではありませんでした。

それでもルーマニア料理には飽きてきていましたので良しと完食してホテルへと戻りました。
明日からはO氏ご夫妻ともお別れしての一人旅が始まります。言葉も分からず初めての地を行く事は大きな不安感がありますが、変わった車両に会える、乗れると期待感もあります。不安と期待が入り混じりあっての中の就寝となりました。 Part22に続く

2 thoughts on “2015年 西方見聞録 ルーマニア鉄路の旅 Part21 Cluj-Napoca(クルージ・ナポカ)の鉄道駅とトラム

  1. たかおかと申します。
    この車両の塗色をみますと、オレンジの車両はベルリンのお古、緑の車両はポツダムのお古のようです。ルーマニアでは20年前からドイツの中古車が最後のご奉公、ドイツからすれば解体でお金をかけるより1台1ユーロ程度で売却すると、お金もかからずハッピーということで国産の車両はだいぶ減ってしまったようです。

    • たかおか様、ご教示いただきましてありがとうございます。ドイツの中古車が1台1ユーロで売られていたのですか、それで東欧諸国にはドッと流れたのですね。私はヨーロッパのトラムに関してはあまり分かってはいません。投稿中に説明不足や間違いも出てくる事もあろうかと思いますので、その際はご指導ください。今後ともよろしくお願い申し上げます。

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