人間国宝 山科の写真展を開催

「山科の人間国宝」こと佐竹保雄さんの写真展が今週末から開催されます。

多方面への好奇心を失わず、家にはほとんど居ないぐらい、毎日元気に出掛けられている佐竹さん、今年の掉尾を飾るのは、山科限定の写真展です。今までも同様のテーマで開催されていますが、未発表写真も含めた、山科の魅力が詰まった総集編の写真展です。

さらに同時に開催される「石井麻子のニットアート展」とのコラボ、「雪とSLの額絵」も見ものです。

「佐竹保雄 山科国鉄写真展」

日時 11月21日(土)~12月6日(日) 期間中無休

会場 京都市営地下鉄烏丸線烏丸御池駅内

    烏丸御池駅ギャラリー(ラッチ外、中二階通路にある市民ギャラリーです)

 

なお佐竹さんの在廊日時は

11/28 10~13時            12/5 10~13時   

11/29 10~12時 13~17時     12/6 10~14時

となっています。会員との出会いを人間国宝は楽しみにされています。

かつての日本一の撮影地、山科の魅力を余すところなく表現

 

なお、佐竹さんが以前に著された「おじいちゃんのSLアルバム」が“たくさんのふしぎ傑作集”に選ばれ、絵本仕様になり装いも新たに発売中です。お持ちの方も愛蔵本としてぜひご購入をお勧めします。

今度は書店の鉄道書コーナーに並ぶので買い易い(本体1300円)

2009年 北の大地へ Part8 釧網本線 石北本線

第6日目 10月27日

網走市鉄道記念館8:30→9:30浜小清水付近13:00→13:30呼人付近15:00→15:30美幌駅15:40→15:50美幌市柏ケ丘公園16:00→北見市内→21:00温根湯 

昨日は、長い一日を過ごしましたので、熟睡でした。雨は、少し降った程度でした。朝の車内温度は、暖かい8度。朝霧が漂う能取湖を見ながら、車外で椅子に座って、ゆっくりと朝のコーヒーを入れて、今日はどこへ行こうかと思案です。
空は、今にも降りそうな厚い雲に覆われて、遠景からの撮影は、不可能です。昨日、浜小清水付近で見た、紅葉林の中を走る光景が思い浮かびます。雨上がりで、今日は決めようと、時刻表を見ながら、8:30に出発しました。
▲ 快速『しれとこ』3727D キハ54-522 北浜→浜小清水


 ▲ 4729D 道内ローカルのエース、キハ40-736 北浜→浜小清水

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1954年3月北陸から長野、三重 その6


ホハ12128 上松

上松で時間を費消しすっかり満足した超貧乏「旅姿3人男」は、ホハ12180を撮って多治見へ。何故東濃鉄道笠原線を覗かなかったのか、未だに分からず、救援車エ741を撮っただけである。しかも左側には3人の誰かのボストンバッグが写りこんでいるではないか。初歩時代何度かやった失敗である。因みに東濃笠原線はその5年後にほんの「ひと覗き」しただけで、遂に二度目の足すら踏込まなかった、小生にとっても唯一の非電化私鉄だった。勿論理由は分からない。


エ741 多治見 古典2軸客車の成れの果て救援車だが改造が著しい ボストンバッグはご愛嬌?

その夜は名古屋駅でステホ。相客著しく多数でベンチの確保がやっと。横になどなれる状態ではなく、しかも浮浪者(ホームレスなんぞという言葉は数十年後である)極めて多数。真夜中過ぎに全員追い出されて清掃、のち乗車券所持者のみ待合室(というものがあった)に入室を許され、朝まで過せた。なおステホ条件の良くない名古屋は、高校~浪人~大学時代都合3夜過しているが、その5段階評価は各C、D、Eである。


名古屋機関区に残っていた2B1タンク機(2Bテンダー機からの改造)1031
名古屋鉄道モ3814

名古屋鉄道モ803

翌朝は3人揃って名古屋鉄道や近鉄名古屋線を撮り、夕方四日市で集合を約して別行動とし、小生は三重交通に直行。大型電機を撮りに名古屋機関区に行った1人は、中国鉄道の社紋が残る蒸気動車キハ1を見つけた。今にして思えば、中国鉄道買収(1944年6月1日)前に名古屋近辺の軍需工場か陸海軍工廠等に徴用され、敗戦でGHQ命令で賠償指定、大蔵省管理となっていたものと思われる。


近鉄名古屋線6402 米野
近鉄名古屋線6236 米野

近鉄名古屋線急行6402 桑名

近鉄名古屋線25号電機 桑名

近鉄養老線5403 桑名

2009年 北の大地へ Part7 網走市鉄道記念館

10月26日 第5日目

道の駅『かみゆうべつ温泉チューリップの湯』4:00→4:40湧別港5:00→5:20湧別川河口海岸6:00→6:30→中湧別鉄道資料館6:50→7:30計呂地交通公園8:30→9:20佐呂間町交通公園9:45→12:00網走市鉄道記念館12:25→13:30北浜駅13:50→15:00止別駅15:05→19:00網走鉄道記念館

この日の記念館、最終訪問地は、網走市鉄道記念館です。能取湖に面した、国道沿いのひっそりとした、旧卯原内駅にありました。気をつけていないと見過ごしますが、ここはナビ地図に載っていました。
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2009年 北の大地へ Part6 佐呂間町交通公園

私事で恐縮ですが、一昨日は、毎年1回開催される中高等学校の同窓会に行って参りました。終了後に、同学年の2次会を、行いましたが、出席可否の返信FAXの中に1通、私宛の文面がありました。そこには、奥さんから、『主人は、同窓会出席を楽しみにしておりましたが、脳溢血で倒れ、入院しました。後遺症として、徒歩困難での車椅子生活、言語障害が残り、退院後の今も、1週間4日も、つらいリハビリを、強いられています。』と、書かれてありました。

何度も、連絡を取りましたが、応答はなく、心配しておりました。ようやく連絡が取れ、お見舞いに行きましたら、内容どおりの容態で、ついこの間まで、元気だった姿が嘘のようでした。折角、還暦を境に仕事を辞めて、自由に好きな事を楽しみたいと、語っていた彼の言葉を思うと、彼の気持ちのつらさが、痛いほど分ります。  

私の家内は、介護保険が始まる以前より、ご老人のお世話をしていて、その道のプロです。幾多の死や、老後生活の困難に接してきています。 

家内はいつも言います。『人間は、いつ死ぬか分らない。老人になれば、確率は高くなる。ころっと死ぬだけなら、まだ良いが、後遺症で苦しむ場合も多い。生きているうちに、元気なうちに、好きな事を思いっきりしておかないと、悔いが残る。家族も同じ思いを受ける。』

私が、自由に勝手気ままな旅を楽しめるのも、家族の理解が、後押ししてくれるからです。私もいつか、体力尽きる時がやってくると思いますが、それまでは、悔いなき人生をすごせるように、頑張ろうと思いました。

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北の大地へ Part5 計呂地交通公園

10月26日 第5日目

道の駅『かみゆうべつ温泉チューリップの湯』4:00→4:40湧別港5:00→5:20湧別川河口海岸6:00→6:30中湧別鉄道資料館6:50→7:30計呂地交通公園8:30→9:20佐呂間町交通公園9:45→12:00網走鉄道記念館12:25→13:30北浜駅13:50→15:00止別駅15:05→19:00網走鉄道記念館

次いで、サロマ湖沿いに車を走らせ『湧別町計呂地交通公園』を訪れました。途中、線路跡を見ましたが、既に雑草や林の中に埋もれていました。


湧別町計呂地交通公園は、中湧別と同様に、計呂地駅をそのまま残してありました。
撮影していると、管理人さんが出勤されてきましたので、朝のご挨拶をすると、元駅舎の資料室を空けてくだしまして、丁寧なご説明をいただきました。

展示したあったパネル『湧網線のあゆみ』を見ますと、中湧別と、網走の両端駅から延伸が始まり、昭和10年最初の開業から、18年後のの昭和28年に89.6キロが、ようやく全線開業しましたが、昭和62年に廃線となっています。34年間の短命で終わっています。

廃駅当初は、何の資料がなかったそうです。地元の方や駅員さんが、それまで集めていた資料を提供されて、展示ができるようになったそうですが、補修も必要で、町の予算もあって、いつまで続けられるか心配しておられました。


▲ 保存展示車両 C58139+スハ45-6+オハ62-91

C58
の運転台は、通常施錠されていて、保存状態は、極めて良く、このまま走らせても良いようにも思えました。また、注目したのは、オハ62-91です。昭和29年に鋼体化された車両は、TR11の台車を履き、見ごたえがありました。スハ45の方は、宿泊できるように車内は、改装されていました。一泊300円は、格安です。宿泊は、駅長の家でも可能で、こちらは500円です。

オハ62と言えば、気動車不足の北海道にあって、苦肉の策として登場した、オハ62にディーゼルエンジンを付けた珍車、キハ40(初代)を思い浮かべます。現在、『加悦SL広場』に、静態保存されていますが、非力で、狩勝峠を上るのに、9600を補機にして走りました。そんな時に、乗りたかったと思いました。

機関車には、屋根が付けられた機関車には、11月からは、シートで覆い、冬に備えるそうです。管理人もおられ、大事に補修管理されている印象を持ちました。
次の訪問地は、『佐呂間町交通公園』です。国道を右折して向かいました

読書感想文:「十五号車の男」黒羽英二著

新聞で読んだ書評に惹かれて図書館から借りてきたのがこの本。著者は早稲田大学出身の方で1931年生まれだから今年で78才と言うことになる。当会会員の有栖川有栖氏と同じく鉄道を使ったミステリーと新聞にあったので意気込んで読んだがミステリーとしてはもう一つだが取り上げている鉄道がユニーク、というよりマニアックである。たまたま我が家へ立ち寄った乙訓の長老や今年より大作家先生になる予定のF先生にもご覧に入れたが驚いておられた。作品は短編集である。ではご紹介する。なお、黒羽氏は自分で廃線跡探検趣味だと書いているとおりかなりマニアックで私は知らないものばかりであるから知っている方が有れば簡単に紹介していただければ幸いである。

「月の光」

江戸川乱歩の代表作「押し絵と旅する男」を彷彿とさせる設定の作品だ。乗り合わせた見知らぬ男が語る妖しい思い出話だが場所が「C県の炭と醤油で有名なN町からK浜の漁港A町まで全長39.2kmのレール幅60cmのN軽便鉄道」機関車は「1号機関車より古く、S鉄道が購入し巡り巡ってこのN鉄道へ来たもの」だそうである。さてこの鉄道はどこだろうか?この機関車は?

「十五号車の男」

平塚から横浜までの通勤電車内での席争いの話。つまらないので略。

「幽霊軽便鉄道」

主人公は廃線跡探検趣味の高校教師。ホンダライフに乗って旅に出る。回った廃線跡が出ている。曰く、東野鉄道、昭和11年廃止の塩原電車、沼尻鉄道、昭和46年に廃止の福島電鉄、高畠鉄道、新戸軌道、磐城炭坑軌道、磐城海岸軌道、好間軌道だそうな。本当にあるのか想像のものなのか分からない。舞台は好間軌道の神野木近くの老津温泉で幽霊に会うというもの。

「カンダンケルボヘ」

主人公の父親の思い出を探しにシンガポールへ行き、戦争中に昭南島、昭南市と言われたシンガポールを歩き回る話。略

「古い電車」

一人暮らしの老人が廃墟となった遊園地に残っている古い電車、子供の頃乗った思い出と現実の間を行きつ戻りつしながら独り語りする。「不動尊から宗吾霊堂5.1kmを20分かかって走った成宗電気軌道の電車で、1372mm軌間・下すぼまりのセピア色、ダブルルーフ、八つ窓、鉄製丸ハンドルブレーキ、オープンデッキ、定員客席16名、・・・」とある。

「母里」

もりと読むらしい。これを聞いてどこの廃線跡かと言うことが分かるのは少ないのではないか。広瀬鉄道跡を調べていて見つけたオハグロトンボに子供の頃の母親の思い出がよみがえる。伯陽電鉄→山陰中央鉄道→法勝寺電鉄を探検していて小学校に保存されている302号車に感激している。阿賀駅から母里までの支線を終点まで歩く。

「子生」

これもこなじとよむらしい。鹿島鉄道の廃止直前に鉾田近くにいる同級生を訪ねていくというもの。その同級生と車で廃線跡を巡るがその線が鹿島軌道。沿線の旭村に子生はある。

「成田」

先ほども出た成宗電気軌道についての思い出。作者自身が乗ったらしくかなり詳しい。今もトンネルが残っているとか。

最後に創作ノートというのがついており、それぞれの鉄道についての歴史と時刻表と路線図が掲載されている。

田口鉄道、谷地軌道、鹿島軌道、法勝寺鉄道、鹿島参宮鉄道、成宗電気軌道(成田電気軌道、成田鉄道)、千葉県営鉄道

本当に実在する鉄道なのか、車両なのかを含めて長老、大兄、大老など諸賢のご解説を待っております。

2009年 北の大地へ Part4 上湧別町鉄道資料館

第5日目 10月26日

道の駅『かみゆうべつ温泉チューリップの湯』4:00→4:40湧別港5:00→5:20湧別川河口海岸6:00→6:30→上湧別鉄道資料館
6:50→7:30湧別町計呂地交通公園8:30→9:20佐呂間町交通公園9:45→12:00網走市鉄道記念館12:25→13:30北浜駅13:50→15:00止別駅15:05→19:00網走鉄道記念館

昨夜は、風が強かったのですが、車内温度6度で、何とか熟睡できました。オホーツクの朝は早い。約40年前に宿泊した国鉄の寮で、3:30に朝日を見て、びっくりしました。4:00、今日朝は、何としてもオホーツク海に上る朝日を見たい、撮りたいと早起きしました。道の駅『かみゆうべつ温泉チューリップの湯』から。湧別港までは、直ぐです。

朝の湧別港では、漁船が出港準備をしていました。
朝日を見える場所は、どこが良いのか、分りませんので、海岸沿いに車を走らせました。
ようやく、湧別川を越える辺りで、撮影に邪魔だった防波堤が消え、砂浜が見えました。外気温は、2度。晴れた朝方は、気温が下がってきます。あかね雲が広がって、朝日を上がるのを知らせています。

三脚を砂浜に用意して、じっと待ちます。その頃から、ぶんしゅう7号だけだった堤防の道には、車が1台1台と止まって、竿を持った釣人が、砂浜に下りてきました。旬の秋アジ(鮭)を求めて、ここは格好の魚場だったのです。


5:55、オホーツク海からの朝日が上がるショーの始まりです。寒さも忘れて、うっとりと幻想的光景に見入りました。これで、フェリーで見そこなった、朝日のリベンジは、果たせました。

納得して、来た道を戻り、『かみゆうべつ温泉チューリップの湯』に隣接する湧別鉄道資料館の見学です。途中でコンビニに立ち寄り、朝食の購入をしました。かつて近くにあった湧別駅を見たいと、コンビニの店長に聞きましたが、もう跡形もなく、別の建物が建っているそうです。訪れるのが、遅すぎたようです。
思えば、SL淘汰によるブームが過熱し始めると、今まで珍しい趣味を持っていますねと、熱烈歓迎された機関区や駅構内への立ち入りは禁止され、迷惑顔をされるようになるとともに、鉄道への情熱は薄れて、カメラは、子供達を写すだけとなりました。

情熱が復活したのは、中国です。鉄道は、国防上の機密とみなされ、誰も写そう、写せずの中での反発からか、自然と、目覚めが始まりました。
かといって、熱心な鉄ちゃんでもありません。専門的な鉄道に関する知識は、希薄です。こうやって、気ままに思うがままに、国内外を問わず、あえて予定をガチガチに組まず、気楽に鉄道に乗ったり、撮影したり、温泉に入ったり、地方のB級グルメを食しながら、時には地元の人と話し込んだりして、ぶらぶらと、一人旅をする事が、好きなだけです。決め付けは、最も嫌いますので、いつまでも、旅する自由人でいたいと思っています。



1989年、名寄本線廃線に伴い、廃駅となった中湧別駅に鉄道資料館ができました。


1969年(昭和44年)当時の道内時刻表です。

上湧別鉄道資料館に戻りました。ここは、かつて、名寄本線から網走への湧網線が分岐した駅でした。1日あたり42本ものDCが発着し、急行『天都』、『オホーツク』もありました。その他、9600型が牽引する貨物列車の発着もあって、中湧別駅は、この地区の交通の要所でした。

残念ながら、今は鉄道がなくなりましたが、綺麗に保存されている駅を見て、ほっとしました。
そして、次の目的地『湧別町計呂地交通公園』へと、向かいました。 Part5 へ続く

 

今年もEVEへ 鉄道同好会へ

掲示板読者の皆さまには長い間ご無沙汰しておりますが、第二の人生、元気にやっております。「晴れたら取材撮影、雨が降ったら原稿書き」と鉄道版“晴耕雨読”の毎日です。

現役会員からも活発な便りが届きました。「青信号」も充実の最新号が完成、恒例のEVEも着々と準備中とのこと、久保会長から連絡がありました。

EVEは次のように開催されます。土曜日も含まれますので、ぜひ見学にお越しいただきますよう、ご案内いたします。

鉄道同好会EVE展示

11月26日(木)~28日(土)10:00~17:00
同志社大学今出川キャンパス寧静館401号室にて
内容:Nゲージ展示、研究展示、青信号販売etc

11/8に行なわれたカミングデーの様子。今年クローバー会の集まりはなかったが、代わりにEVEへ行ってみるかも。

2009年 北の大地へ Part3 丸瀬布森林鉄道

第4日目 10月25日

札幌10:30(道中自動車道)→比布Jct(旭川紋別自動車道)→13:00丸瀬布(R1070)→13:15森林公園いこいの森20:30(R330)→21:20JR遠軽駅22:00(R242)→22:20道の駅;かみゆうべつ温泉チュリップの湯

出発前に『日本鉄道旅行地図帳』の北海道編を購入して、船内で見ていました。道内の鉄道延長キロは、最盛期の3分の1と激減し、大正時代に戻っています。この本には、廃止された路線上に、建設されたSL保存館、記念館や資料館の場所が、記載されていました。

約40年前に撮影に励んだ路線は、今は殆どありません。どうなっているのだろうか? 実際に行って、見てみたい衝動にかられていました。今回の旅は、そういった所を回って見るのも、いいかなと、思っていました。
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2009年 北の大地へ Part2 SLニセコ号

第3日目 10月24日

余市6:40(1928D)→7:50倶知安8:02(2929D)→9:16小樽9:45(1934D)→10:08余市

着いた時は、それほど寒さを感じませんでしたが、夜間、何度も寒さで起きました。かつて、オートキャンプを始めた時に、通販で買った薄いテントが、寒さを防げず、震えながら、寝れぬ夜を過ごした事を、思い浮かべました。
昨夜からの雨はあがったようですが、車内温度は、3度です。3シーズン用の寝袋で十分だろうと、寒冷地用は用意してありません。しかし、ホカロンだけでは、追い付きません。北海道の寒さをなめていました。でも、自宅では、昼間、まだ半袖のTシャツでも十分でした。これほど、温度差があるとは、意外でした。

薄明るくなった道の駅『スペーシア・アップよいち』の駐車場を見ると、あちこちに本格的なキャンピングカーや、乗用車が泊まっています。乗用車は、寒さのせいか、1台1台と、出発して行きますので、私も洗面後に車を動かし、JR余市駅に向かい、カセットコンロでお湯を沸かして、コーヒーを入れて、暖まりました。
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